デンマーク・ロイヤル・バレエ団: コペンハーゲン取材アーカイブ

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9年ぶりに日本公演開幕までいよいよあと5日となりました。岩城京子さんのコペンハーゲン取材、最終回はディアナ・クニ。16日の「ナポリ」にティム・マティアキスとともに主演します。

●ディアナ・クニ インタビュー

 右も左も、きれいに着飾ったフランス人形のような女の子ばかり。7歳のディアナ・クニはここデンマークのバレエ学校にはじめて足を踏み入れた瞬間から、まずこの純絹のレースと花々の薫香に包まれた舞踊世界に唖然とした。それまで自分が生きてきた家庭環境とは大違い。母は元体操選手、父は元アマチュアのサッカー選手。アートというより明らかに体育会系の両親のもとに育てられた壮健な少女にとっては、はじめて目にする豪奢なバレエ世界は、異次元以外のなにものでもなかった。
「私はいまでも、どちらかというとサッカーを見て大騒ぎするのが好きなタイプ。だから規律がかっちり四角四面で、生徒もみな礼儀正しくて、ちいちゃなかわいいバレリーナとして振るまわなければならなかった学校生活は、たまに奔放な私には窮屈に感じられることもあった。けどひとたび舞台に立てば、これらの問題はいっぺんに吹き飛んだ。舞台上で踊れることがあまりにも楽しくて、そうした些細な悩みは帳消しになった」
09-05.07iwaki01.jpg 特に、南イタリアの太陽に祝福された歓喜のディヴェルティスマンが繰り広げられる『ナポリ』第3幕のような、舞台上から自然発生的に陽性のエネルギーが放出してくるような場面に出逢うと、その場に立ち会えている自分にとろけるような至福感を覚えるという。だから彼女自身も、『ドン・キホーテ』のキトリ、『ラ・シルフィード』のエフィー、バランシンの『シンフォニー・イン・C』、フォーサイスの『イン・ザ・ミドル・サムワット・エレヴェイテッド』といった強靱で発散的で陽性のエネルギーが要求される役柄を踊ることを得意とする。
「精神的にも身体的にもストロングな役を踊ることが私は好き。素早いステップやジャンプが多用されるパートは、自分の得意とするところだと言える。でも実はそうした嗜好性が、最近になって少しずつ変わりつつある。『ナポリ』でいうなら勝気で華やかな第1幕と3幕のテレシーナを踊ることより、第2幕のゆったりとしたアダージオを踊ることが楽しめるようになってきている」
 それはなぜかとこちらが問えば......、おそらく「ありのままの自分に自信が持てるようになってきたから」と意味深長な答え。92年にカンパニーに入団し、ソリストに昇進したのが00年。その間の8年間は「他者に自分ができることを認めさせること」にやたらと躍起になっていたけれど、近年ソリストとしてのキャリアを積むにつれ「人の意見は気にせず、自分のベストを尽くそうと思えるようになってきた。だからこそ自分の不得意分野にも平常心で目がむけられるようになってきた」と語る。他者尺度ではなく自己尺度で、いちバレリーナとしての自分を客観視する。その作業には自分の欠点を正面から受け止めなければならない辛さも伴うが、現在のディアナは「それを受け止めることで、よりダンサーとしての完全性が高まるから、いまでは課題の多い毎日が楽しい」と健やかに笑う。
 人間としてもダンサーとしても成熟期を迎え肩の力がすとんと抜けたディアナ。「とにかく今は、踊るこのできる毎日を、天からの贈りものだと思って楽しく過ごしていきたい」と他意なく語る。汗ばんだ盛夏の肌に心地よい一陣のそよ風のように、溌剌さのなかに柔らかな熟成をはらむ現在の彼女の踊りは、きっと観客に風通しのよい清々しさを届けるはずだ。


岩城京子(演劇・舞踊ライター)
photo:David Amzallag

岩城京子さんのコペンハーゲン取材、第7弾はトマス・ルンド。芸術監督ヒュッベから「トマスは、彼が本物のスターであることを、これまで何度も彼のキャリアを通じて証明してきました。劇場とバレエにどっぷりと浸かってきた人間です。そして彼の存在そのものが芸術なのです」と絶賛される、デンマーク・ロイヤル・バレエ団を代表するプリンシパルです。

●トマス・ルンド インタビュー

 物心つくころにはすでに、親戚一同を居間に集め、彼らのまえで演技や踊りを披露して「客を湧かせていた」と笑うのはカンパニーを代表するベテランプリンシパルのひとりトマス・ルンド。幼くして知らずのうちに周囲の人間と「感情をシェアすること」に至上の喜びを感じるようになっていた感受性豊かな少年は、ぼんやりと将来を見据え「なにか人前に立つ仕事がしたい」と次第に舞台に心を傾けるようになっていく。そして当時通っていたボールルーム・ダンスの教師に「体型が向いているから試してみれば」と薦められるままに、ここコペンハーゲンのバレエ学校に足を踏み入れる。以後、彼は「自分の居場所に疑いを持つことなく」まっすぐにこの劇場のなかで生きてきた。
09-04.28iwaki01.jpg 骨格のしっかりとした男らしい身体美に恵まれたトマスは、その濁りのない清潔なテクニックで、早くからカンパニー内で注目を集める。『くるみ割り人形』の王子役や『ラ・シルフィード』のジェイムスといった気品溢れるプリンシパル・ロールに抜擢されたのは二十代のこと。だが元来、自分が目立つことよりも、他人を喜ばせることに人並以上の喜びを覚えるタチなため、気づけば舞台中央に平凡な王子役として立つよりも、端にいてもより面白い役で舞台に貢献したいと願うようになっていく。そして『真夏の夜の夢』のパックや『ロミオとジュリエット』のマキューシオといった道化的な役柄にも果敢に挑んでいく。
「だからどちらかといえば、僕は正統派な王子というよりドゥミ・キャラクテールに近いのかもしれません。もちろん王子役を演じることも可能ですけど、それだけをずっと踊れと言われたらどうしても飽きてしまう。僕は......、たとえば今回日本で上演する『ナポリ』のジェンナロのように、陽気で、等身大で、ふだんの自分を生かして観客を喜ばせることのできる飾り気のない役柄を演じるのが好きなんです。それになにも王子に扮して空高く優雅なダブル・トゥールを披露することだけが、男性ダンサーの使命ではないですからね(笑)。僕は以前80歳の誕生日にコッペリウスを踊ったキャラクター・アーティストと共演したことがあるのですけど、彼は彼にしかできない踊りで観客を存分に沸かせていた。僕もいずれそういうダンサーになれればと思います」
 とはいえ、それは遠い未来のこと。今現在35歳の彼は、バランシンからフォーサイスからブルノンヴィルまで、その軸のぶれないしなやかなテクニックで、すべてを一陣の春風のように軽やかに踊りこなしてみせる。なかでも『ナポリ』や『ラ・シルフィード』といった作品への評価は地元でも高く、今ではバレエ団屈指のブルノンヴィル・ダンサーとして名をはせている。
「僕の意見では、ブルノンヴィル作品では『脚がリズムで腕がメロディ』。このふたつをうまい具合にあわせて、一曲の華麗な舞を奏でていくんです。もちろん、途中で音楽が途切れてしまうことがあってはなりません。だから大きなジャンプでいつ着地して、その直後の短いフレーズにどれだけの数のバッテリーを詰めるか、途中に妙な間が空いてしまわないように、すべてを事前に計算しておく必要があります。またさらにブルノンヴィルを踊るダンサーは『この踊りなら私にもできそう』と観客に思わせるほど平易に踊って見せなくてはなりません。これはとても難しいことですけど、成功すると、観客は自分たちもパーティーの一部に参加できたような高揚感を持って劇場を後にすることができます。日本のお客さんにも、そのような気持ちをお届けできれば嬉しいですね」
 『ナポリ』第一幕----まるで観客に大きな花束を授けるかのごとき華やかなジュテで舞台に登場するトマス。日本の観客がその花束の馨しさにむせて至福の心地よさのなか、劇場を後にすることを願いたい。


岩城京子(演劇・舞踊ライター)
photo:David Amzallag

 デンマーク・ロイヤル・バレエ団、9年ぶりの日本公演初日まで、いよいよ20日を切りました。日本側でも着々と公演準備が進んでいますが、デンマークからは今日とても立派な日本ツアー手帳(?)が届きました。
 このツアー手帳には、来日するダンサー、スタッフのリスト、スケジュールから、日本における注意事項やショッピング情報まで、ガイドブックさながらの充実した内容が掲載されています。
 例えば、「日本の水道水はきれいです。少し塩素のにおいがしますが、問題なく飲めます」、「薬屋さんは、街のあちこちにあります。」、「洋服は春先のもので。傘も忘れず」などなど、初めて日本を訪れるメンバーが困らないように、さまざまな事柄について丁寧に解説してあるのです。

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 この立派な手帳を手に来日するメンバーは約140名。その中のひとり、「ナポリ」で主演するティナ・ホイルンドのインタビューをお届けします。

●ティナ・ホイルンド インタビュー

 ひらひらしたよそ行きのワンピースを着せられ、痛さで目尻が吊り上がるほど髪を梳かされ、たいして興味も湧かぬ芝居に両親に連れて行かれたティナ・ホイルンド。当時5歳。少女は「あーあ」と生あくびを噛み殺しながら、舞台の大半をぼんやり眺めていた。だがもうすぐ芝居が大団円を迎え、ようやく劇場という名の牢獄から開放されると思った終幕間際の数分。彼女はとつぜん電気ショックを受けたかのように客席で跳ねおきる。目に飛びこんできたのは、自分と同年代の子供たちが陽気に舞い踊る小さなバレエ場面。「一目でこれが私のやりたいことだとわかった」少女は、天啓にうたれたかのごとき確信を持って翌日から「バレエを習わせて欲しい」と渋る母親を口説きはじめる。習わせて、ダメ、習わせて、ダメ。ようやく母親からイエスの答が帰ってきたのは説得開始後、一年後。少女は6歳にして「完全に自分の意志で」バレエの世界へ足を踏み入れた。
09-04.25iwaki01.jpg「だからいざバレエを習いはじめて、途中でいろいろと大変な出来事に遭遇して、まわりの人間に『そんなに大変なら他のことをやったらどう?』と心配されたときもあったけれど、私はいつもこう答えてきた。『心配しなくていいわ、これは私が自己決断で選んだ人生だから』って。間違いなく私は、かなり幼いときから強い意志を持って生きてきた」
 この強靱な個人規範はその後も揺らぐことなく、彼女はスター街道をまっすぐ迷うことなく進んできた。だが当人はスターになりたいと思ったことは「一度もない」と言いきる。5歳でバレエという芸術表現に惚れ込んでしまったそのときから、彼女は、名声や権力といった利己主義にかぶれることなく、ただただ無償の畏愛をこの芸術に注ぎこんできたのだ。
「なぜならバレエという芸術表現は、私一人よりもずっと偉大だから。私なんてバレエの歴史からみたら、たった5分ほどの芥子粒のような存在でしかないから。だから私は子供のときから、この素晴らしいアート−フォームに、小さくともなんらかのかたちで貢献できれば、それに勝る喜びはないと思ってきた。それに......これは確実な真理だと思うのだけど、ダンサーが舞台上で『私を見て!』というエゴイスティックな意識を持つほど、観客は逆に引いてしまうもの。ダンサーは誰であれ舞台上では、ある種の謙虚さを持つべき」
 この言葉どおり、彼女は舞台に過剰な自己主張を持ち込まないよう務める。ただ『ドン・キホーテ』のキトリ、『ジゼル』のミルタ、あるいは今回日本で披露する『ナポリ』のテレジーナ、といった得意とする役柄をいくつかならべてみると、彼女が舞台上で自分らしくいられる役柄が、どのようなタイプのものかは自然とわかってくる。凛々しく、堂々と、主張のある女性。砂糖菓子色のチュチュを着たお姫様よりも、彼女はこうした役柄を愛するのだろう。
「確かに、私は強い役を振られることが多い。そしてそれはおそらく、私自身かなり強い人間だから。特にテレジーナに関しては、自分の素の性格を利用するかたちで役柄に挑めているように思う。たとえば彼女は非常に地に足がついた思考の持ち主で、気性が激しくて、何より強い意志を持って恋人を愛する。自分の愛への信念を貫くために、戦いぬく強さを持っている。私自身、彼女のこの生き方には心から共感する。だからこそ10年以上踊りつづけてきても飽きることがないのだと思う」 人生を賭してバレエへの一途な愛を追求してきたティナ・ホイルンド。その誠実なプロフェッショナリズムに、人は心を打たれるはずだ。


岩城京子(演劇・舞踊ライター)
photo:David Amzallag

ちょっと間が空いてしまいましたが、岩城京子さんのコペンハーゲン取材第4弾は、「ナポリ」ジェンナーロ役のティム・マティアキス。興味深いエピソード満載のインタビュー、どうぞご一読ください!



●ティム・マティアキス インタビュー

 質問をひとつぽんと投げる。......と、予想だにしなかった沈黙。そして数秒間の黙考ののち、知性と経験からじっくりと考察を重ねた実のある哲学を返してくる。
「より広く視野を持つことにで、より深くこの職業を掘り下げていける」
「心の疲弊は身体の疲弊を招く。だから心にこそ休息のときが必要」
 勤勉実直なスウェーデン人と、熱血漢で分析癖のあるギリシャ人の血。その双方を両親から半々に受け継いだティム・マティアキスは、見事にこの水と油ほどに対極的な性質を自分のなかで共存させている。スカンジナビア人そのものといえるやんわり柔和な物腰で話を進めたかと思えば、たぎる熱意でロジックを極めるギリシャ人の一徹さを垣間見せる。彼自身「いつでも両親双方の血が僕のなかに流れていることを意識させられます。特に物事をとことんまで考え抜こうとする分析癖が出てくるたびに、哲学論議を戦わせていたギリシャの祖先のことを考えずにはいられません」と笑う。
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 二つの祖国それぞれでバレエの第一歩を習得したのち、16歳でスウェーデン王立バレエ学校に入学。3年後には同バレエ団に入団し、ソリストとして活躍する。だが「より広い世界を見たい」と思い立った彼は、20代半ばで、英国ロイヤルバレエ団への移籍を決意。そのときの想い出を聞けば「人生の最良のときであり最悪のとき」との返答。世界屈指のバレエ団で、至福(ギエムなどの芸術家と同じ稽古場にいて学べる素晴らしさ)と苦悩(物価高のロンドンでは朝10時から夜11時まで毎日働いてもアパートひとつ借りられない!) の激動の日々を過ごしたという。ただ英国での生活が3年ほどたったある日「いくらバレエが好きでも、このままでは生活が立ちゆかなくなる」と客観的な自己分析を施し、より経済的保障がなされ、時間的にも余裕のある、ここデンマークにて04年から踊りはじめる。この決断は功を奏し、いまではバレエダンサーという職業の可能性に対し「日々喜びを感じて」過ごしているという。
09-04.21iwaki02.jpg「バレエダンサーという職業のすべてを一日で知ることは不可能。とても複雑な職業です。でもだからこそ心を開いてさえいれば、どこまでも探求していくことができる。ムーヴメントを、芸術性を、舞台上の時間の使い方を、観客の誰も気づかないような小さなディテールを、どこまでもどこまでも追求していける。そしてそれが今はとても楽しい」
 ただ少しばかり皮肉なことに......、この沈思黙考型な性格に反し彼は今までその俊敏な身体性を買われ、『白鳥の湖』の道化、『ラ・バヤデール』のブロンズ・アイドル、といったテクニック重視の役柄を多くあてがわれてきた。
「だから僕の魂と身体は、別々の言語を話すんですよ(笑)」
 と、自分でそのアンヴィバレントな性質を茶化してみせる。だが今後は、この魂と身体のすりあわせ作業を進めて、より「演技重視で柔和な役がら」を多く踊りたいと話す。そんな彼が近年踊ることを楽しみにしているのが日本で披露する『ナポリ』のジェンナロ。ジャンプやターンのエネルギー放射で観客を圧倒するのではなく「観客をぐっと自分の内に招き入れるような踊りを構築したい」と意気込む。
「この役は僕にとって巨大な挑戦。特に1幕後半から2幕にかけての、喪失感を表現するのが難しい。僕らの多くは、自分の視線が宿る最愛の人のために日々呼吸して生きていく。だからその愛する人が突然いなくなってしまったら、僕らの心は空白になる。その圧倒的な喪失感。空虚感。それをどう、感情に呑み込まれすぎることなく表現するか。とても難しい。でも、こうすれば虚無感や喪失感を表現できるという方程式はバレエにはない。自分なりの答を誠実に見つけていきたい」
 会話をひとつも疎かにすることなく、丁寧に言葉を紡いで質問に答えるティム。きっと日本の舞台でも、この彼の熟考型の性格が反映された、周到にパの一つ一つが磨き上げられたダンスが披露されるはずだ。


岩城京子(演劇・舞踊ライター)
photo:David Amzallag

岩城京子さんのコペンハーゲン取材第4弾は、今回の日本公演でもっとも注目を集めているといえる。セバスティアン・クロボーのインタビュー。弱冠19歳でロミオ役に抜擢されたバレエ団の新星です。芸術監督のヒュッベはセバスティアンについて「セバスティアンはすばらしい謙虚さを身につけており、一番の長所はスタジオで役柄に取り組むときや観客の前で踊る時に、自らの心を素直に開くところです」と紹介しています。岩城さんのインタビューからは、写真から受ける印象とはちょっと違う、骨太なセバスティアンの素顔が垣間見えます。


●セバスティアン・クロボー インタビュー

09-04.04iwaki01.jpg 日本の感覚でいえば、まだ大学を出たての22歳。しかも父親が元バレエ団の芸術監督であり、母親が現バレエミストレスときたら「どれだけ甘やかされたドラ息子が現れるのだろう...」と妙にうがった考えを持ってしまう。だが取材室にさらりと現れたセバスティアン・クロボーは、白亜の宮殿で首まで贅沢に浸かり育てられたボンボンというより、鞄ひとつで世界を駆けまわるタフな旅人の匂いがする。彼にそう告げるとハハと軽く一笑いしたあと「まあ、子供のころから両親について世界中を旅してきましたから。その分析はあながち間違いじゃない。僕は旅人(笑)」という答え。実に気取りがない。
 「ハンドボール選手かテニスプレイヤーになりたかった」というスポーツ大好きな少年期を過ごしたのち、13歳で初めて「家のなかにあたりまえのようにあったバレエ」に目を向けたセバスティアン。血は争えないのか、たった6年後には振付家ジョン・ノイマイヤーに抜擢されて今回日本でも披露する『ロミオとジュリエット』の主役を務める。当時はまだコールドの一員で19歳。さぞかし緊張したのではと問えば「緊張もしましたが、それ以上に楽しめました。それにそもそも人生は挑戦を受け入れることですから」と力強くまっすぐに即答。リスクを怖れず自力で道を切り拓いて来た人間でなければ言葉にできない、成熟した哲学が垣間見える。

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 そんな彼も今年1月にようやくソリストに昇進。前述のロミオをはじめ『オネーギン』のレンスキーなど数々の大役を早くもこなしている。
「ロマンティック、ポエティック、それに 何よりドラマティック!」。
 それが今の彼が愛する役柄の多くに、当てはまる共通点だという。
「僕にとっては子供のころから演技をすることはとても自然なことでした。だから他のバレエ団で、一に踊りで、二にマイム、といった意識が見てとれる舞台に出くわすとどうしても悲しくなる。僕にとっては踊りとマイム、あるいは踊りと演技は切っても切り離せないもの。というよりむしろ僕らプロのダンサーは、誰もがある一定水準の踊りをこなすことができるわけですから。演技の力量で、はじめて大きな差が出ると言える。どれだけパーソナルな想いを、その役柄に投影できるかで踊りの精度が変わってくるわけです。もちろんテクニックも疎かにしてはいけませんけど、どれほどテクニックが凄くても人は感心するだけで感動はしません」
 では、日本で上演するロミオに関してどんな演技を考えているのかと問えば、その後10分、役柄に取り憑かれたかのように演技分析をとうとうと繰り広げていく。
「まずロミオはとても若い。そして恋愛経験はあるけど、本物の愛に関してはまだ経験が浅い。ジュリエットが初めての本物の愛。両親とは少し疎遠。だから親に依存しているというより、それなりに自分の人生の手綱を握っている。けれどティボルトほどは成熟していない。そのティボルトを殺してしまうシーンは僕が大好きなシーンのひとつ。あそこから、彼の世界が崩れ始める。友達が殺され、殺人に手を染め、義理の母が発狂し、街から追放されてしまう。あそこで彼は自殺すら考えたはず。でも同時に彼にはジュリエットがいるから、死ぬことができない。たったの4日間で、彼は男の子から本物の男に成長するんです。それはもうものすごい感情の嵐......ってごめんなさい、なんだか話している自分が熱くなってきちゃいました(笑)」
 なるほど、彼が自他ともに認めるドラマティック・ダンサーであることに納得。のほほんと暢気なお坊ちゃんと高をくくっていると火傷をする、熱く激しい情動が彼の心にたぎっている。


岩城京子(演劇・舞踊ライター)
photo:David Amzallag

岩城京子さんのコペンハーゲン取材vol.3は、ジュリエットを演じる、クリスティーナ・ミシャネックのインタビュー。
彼女の魅力を芸術監督のニコライ・ヒュッベは「クリスティーナの踊りは美的感覚に溢れており、彼女の舞台という一瞬にかける強い表現はとても貴重な体験となるでしょう。彼女はすばらしい演技力と愛らしい叙情性を備えています」と語っていますが、このインタビューからもそんな彼女の個性が窺えます。


●クリスティーナ・ミシャネック インタビュー

09-03.27iwaki01.jpg 薔薇色がかったミルク色の肌に、天使のような柔らかな表情をのせて、ころころと子供のようによく笑う24歳のクリスティーナ・ミシャネック。たっぷりとした栗色の睫毛におおわれた瞳をまっすぐこちらに向け「私は本当に幸せな少女だった。バレリーナになる前はお姫様になりたいと思っていたぐらい」と彼女が囁くと、その愛らしい願いがそれほど非現実的なことには思えなくなる。世界中の光を独り占めしてまどろんでいるかのように、彼女のまわりには幸せな薫香が漂っているのだ。聞けば昨年、同じくダンサーである最愛の人と結婚したばかりだとか。しかも同時期に彼女は、バレエ団内でソリストに昇格も果たしている。幸せの風で心が満帆になるのもうなずける。
「しかも昨年には、私の最も愛する役柄のひとつ『ラ・シルフィード』の主役を初めて踊ることができた。もちろん一度踊っただけでは、シルフィードのような難しい役柄を完璧に踊りこなすことはできないけれど。ブルノンヴィルの物語バレエが大好きな私にとっては、とても素晴らしい体験だった」
 羽根のように軽く舞うシルフィードは、確かに彼女の霞のような雰囲気によく似合う。しかも彼女は芸術監督が「ものすごい集中力の持ち主」と絶賛するように、ひとたび舞台にあがると、日々の世俗的な匂いをすべて取りはらって、完璧な夢物語を観客に届けてみせる。クリスティーナ自身「いったん役柄に没頭すると、普段はできないようなテクニックさえこなしているのよ」と笑う。
「今度、日本で踊るジュリエットにしてもそう。彼女はいま恋に落ちていて、魔法がかった時を過ごしているわけだから、そりゃもちろん空に浮かぶような素晴らしいバランスをこなせるのよ。でも舞台からおりてリハーサル室で『はい、じゃあポアントに立ってバランス!』と言われると、私は途端にできなくなる(笑)。なぜなのかは分からないのだけど、本当にそうなの。不思議でしょう。だからどうやら私がうまく踊るためには、舞台に流れている空気に染まることが大切みたい」

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 では、ノイマイヤー版の『ロミオとジュリエット』に流れている空気はどんなものかと問うと「愛、そして憎しみと政治」が漂っているという答え。
「1幕では、ロミオとジュリエットの世界は完璧。この世界にはお互いふたりしかいなくて、その他には何も必要がない。目の前にいるロミオを見ると、彼の目を通して自分を見ているのか、彼自身を見ているのか分からなくなる。それぐらい、ふたりはひとり。けれど2幕になると、代々続く家同士の憎しみと政治闘争がふたりの純愛を侵しはじめる。外界が彼らの愛に干渉しはじめる。つまりノイマイヤーはここで愛を必要以上に美化せずに、現実の空気感もきちんと入れ込んだ。だからこそ、とてもリアルで人間的な物語に仕上がっている、すばらしいバレエなのだと思う」
 ジュリエットを踊り終えたあとは「あまりにも役柄に没頭しすぎて、体中が痣だらけになっていることもある」と愛らしく笑うクリスティーナ。無垢で、お転婆で、純心で、一途な、とてもジュリエットらしいジュリエットに出逢えそうだ。


岩城京子(演劇・舞踊ライター)
photo:David Amzallag

お待たせしました!
岩城京子さんがコペンハーゲンで取材してきてくださった、ダンサーたちのインタビュー連絡がいよいよスタートします!
初回は、「ロミオとジュリエット」に主演するウルリック・ビヤケァー。「ロミオとジュリエット」の舞台写真を見たときに、"ポートレートよりずっと美しい青年なのでは・・・"と密かに思っていたのですが、今回インタビュー写真が届いたときにそれを確信しました。そして、岩城さんの原稿を読んで、彼の舞台がますます楽しみになったのでした。


●ウルリック・ビヤケァー インタビュー

09-03.20iwaki02.jpgプロコフィエフの奏でる至愛の音色があたたかな真昼の稽古場に流れる。ロミオに扮するは弱冠24歳のウルリック・ビヤケァー。芸術監督ニコライ・ヒュッベが「素晴らしく清潔で細やかなテクニックの持ち主」と絶賛するとおり、一瞬も表情が失せることのない手先足先で音楽をつむぎ、かの有名な寝室のパ・ド・ドゥを舞う。「姉の付き添いでオーディションに行ったら自分が受かってしまった」という天のいたずらから、6歳でデンマーク・ロイヤル・バレエ学校に入学して以後18年。彼はコペンハーゲンにある劇場を一度も離れたことがない。だが「十代のときは好奇心から友達数人と連れだって夏ごとに、パリ・オペラ座バレエ学校や、ロイヤル・バレエ・スクール、ニューヨークのSAB(スクール・オブ・アメリカン・バレエ)などに短期レッスンを受けにいった」と語るように、よく見ると彼の踊りでは様々なスタイルの長所が渾然一体となっている。
 また尊敬するダンサーとしてマニュエル・ルグリやアリーナ・コジョカルの名をあげるように、彼は「テクニックと知力と音楽性を融合させること」こそが優れたダンサーの条件だと語る。
「もう少し説明を加えるなら、良いダンサーがより良いダンサーになるためには"ダンスしつづけること"が大切----。なにを馬鹿みたいに当たり前のことを、と思うかもしれないけれど。知性を生かしつつ、音楽と楽しく戯れながら、ダンスしつづけることのできる踊り手は本当に一握りしかいない。たいがいの踊り手は美しいポーズを完璧にこなすことばかりに躍起になって、音楽と戯れてダンスする、という感覚を忘れてしまう。でもよく訓練されたテクニックで美しいポーズをこなせることは、バレエダンサーとしての最低条件。問題はそこから先、どう自分らしい踊りを作っていけるかでダンサーの質は決まる」

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 自分らしい踊りを作るためには「客観性」が大切だ、とも彼は続ける。
「ダンスという行為は、とてもパーソナルな感情から生まれる。だからこそ誰もが、自分の信念に基づいて踊るべき。そうしなければ観客に踊りの心が届かない。けれどそれと同時に、2000人の観客を納得させるだけの客観的な分析力も必要。僕は自分の長所も短所も、とてもクリアに見ているつもり」
 それでは日本で踊るロミオについて「あなたならではのパーソナルな役柄分析を教えてください」と問うと、とても興味深いアナライズが返ってきた。『ロミオとジュリエット』といえば禁断の愛の代名詞。だが彼はこれを「自由な愛」だと逆説的に発言する。
「ロミオのなかにはつねに"自由"への渇望がある。だから彼は、貴族的で厳格でキャピレットそのものといえるロザラインとは不幸せな恋しか味わえず、自由な魂そのものであるジュリエットに一目惚れしてしまう。彼にとってはジュリエットこそが、自由への扉なんです。けれど彼はティボルトを殺すことで、みずからその自由な愛を壊してしまう。そして大きな悲しみに晒される。けどそれと同時に、彼ははじめてジュリエットと一夜を過ごし幸福感も味わう。だからあの寝室のパ・ド・ドゥでは、悲しみと喜び、別れと絆、本当に一言では言い表せない美しい感情が紡がれているんです」
 再び稽古場−−。目の前で、寝室のパ・ド・ドゥが踊られる。最後の別れ際、今生の別れを告げるかのように、彼はえもいわれぬ熱を秘めた口吻をジュリエットに授ける。ブラボー、あまりの熱演に稽古場から声があがる。東京の劇場でも、このとても大胆な年若きロミオに喝采が送られることを期待したい。


岩城京子(演劇・舞踊ライター)
photo:David Amzallag

2/28の記事でもお知らせしたように、演劇・舞踊ライターの岩城京子さんが先日コペンハーゲンを訪問。2日間にわたって、日本公演で主演する8人のダンサー全員の取材をしてきてくださいました。
ダンサーのインタビューを中心に岩城京子さんのコペンハーゲン取材記事を連載してまいりますが、初回はデンマーク・ロイヤル・バレエ団の本拠地である"デンマーク王立歌劇場探訪記"を岩城さんが撮影してきてくださった写真とともにお届けします。


●デンマーク王立歌劇場探訪記

劇場正面を仰げばデンマークを代表する詩人二人の銅像が威風堂々と鎮座し、劇場横の小道に足をむければ<オーギュスト・ブルノンヴィル・パサージュ>という路名が誇らしげに掲げられている。伝統と、歴史と、芸術の殿堂。デンマーク・ロイヤル・バレエ団の拠点であり、同時にロイヤル・オペラ、ロイヤル・オーケストラ、ナショナル・ドラマの本拠地でもある御年261歳の王立デンマーク劇場は、建物内に足を踏み入れるまえから訪問者をやや緊張でこわばらせる。
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ぎぎぎぎぎと古めかしい音を立てて開く、古代迷宮への誘いのような楽屋口の重厚な青銅扉。その扉の先には、いまだロココ調の豪奢な衣服をまとった貴族が暮らしているのでは。と、その門構えからバカげた妄想さえ抱いてしまう。実際のところはもちろん、扉の向こうにはラップトップを駆使して敏速に仕事をこなす現代人の毎日が。ただ通常のオフィスと大きく異なるのは、各部屋に住まう色彩豊かな住人たち。オペラ歌手、オーケストラ奏者、バレエダンサー、バレエ学校の生徒たち、コスチュームデザイナー、技術部の職人、マネージメント部の人々と、劇場文化に関わるすべての人間が、アリアの歌声とポアントの靴音と衣装を縫うミシン音が愉快に響きあうなか、一個の大家族のようにひとつ屋根の下で働いている。

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筆者取材時は、ちょうどお昼どき。時差惚けさましのエスプレッソをもらおうと冬の太陽がおだやかに差し込む1階カンティーン(食堂)を訪れると、ちょうど午前の日課稽古が終わったダンサーたちが食後の歓談にふけっている。「あそこのシーンのリフトはさ......、あのマイムのときの腕使いはさ......」。漏れ聞こえてくる会話は、まさにプロのダンサーならでは。
さてカフェを飲んで一息ついたあと、いざ、1階から最上階の5階までをまわる劇場内ツアーに踏み出す。まずは施設内に点在する、大小さまざまなリハーサル室を覗かせてもらうことに。案内人がいなければ迷子になる複雑なラビリンスのような階段を上がり下がり、過去数十年に渡る公演ポスターや、巨匠ブルノンヴィルや劇詩人ホルベアの肖像画が貼られる廊下を歩きつづけ、ようやくメインリハーサル室に辿りつく。なかを覗くと、開幕を間近に控えた『B for Balanchine』の稽古中。稽古場前のフリースペースでは、出番を待つダンサーたちや、打ち合わせを終えたスタッフたちが、天窓からふりそそぐ朗らかな太陽光を浴びながら飾らない会話を楽しんでいる。置かれている家具がちぐはぐなのはご愛嬌。「舞台美術として以前用いたものを、リサイクルして使っている」のだとか。

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次に訪れた中稽古場では、バレエ団の専属ピアニストが自主稽古中。モダンな北欧デザインのペンダントランプが下がり、壁には、またしても御大ブルノンヴィルの胸像。取材したダンサーたちが口々に「ここにいるとデンマークバレエの歴史が自然と見に沁みこんでくる」と言っていたけれど。確かに、毎日こんな環境で暮らしていたら知らずのうちに歴史を自分の一部として吸収していくだろう。

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そもそもここのダンサーたちは、6歳の生徒時分から70歳の熟練キャラクター・アーティストになるまで、純国産培養のエリート芸術家として、生涯同じ建物内で生きつづけられる。この施設内にはバレエ団設備の他に、世界で唯一、バレエ学校と国立小学校と学生寮が併設されているからだ。そこで、子供たちによるカラフルな自作絵が飾られる渡り廊下を通りぬけ、学業施設が集中するという区画に案内してもらう。たんぽぽ色やバラ色に塗られた壁が愛らしいエントランス。小ぶりな廊下の書棚には、大小様々な本が並べられる。

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通りかかった教室では、算数の授業が進行中。みなあまり算数は好きではないのか、アジア人の記者が覗きに来たのを見つけると授業をほっぽらかして近づいてくる。ちなみにこの学校施設で学ぶのは6歳から16歳までの男女。国語、算数、歴史といった基礎科目のほか、バレエ史、ピラティス、解剖学といった将来の職業に直接結びつく特殊科目までみっちり学ぶ。
とはいえ学内には、一分一秒ムダにすまいと息詰まるような空気は流れていない。むしろその逆で、気風はのんびり。遊び部屋、パソコン部屋、などというものまで用意され、街が一望できる屋外テラスにはバスケットボールリングも設置されている。授業料はすべて国費でまかなわれ、無料。こうして国内随一のダンスエリートたちは、恵まれた環境で、文武両道の最上級の教育を授かり育てられていくのだ。

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夕刻。授業を終えた生徒たちが、バレエ団の稽古風景を覗きにくる。その眼差しはとても真剣。こうして未来のバレリーナたちが現在のトップダンサーを憧れの目で仰ぎ見て、そのトップダンサーたちの稽古場の壁にはブルノンヴィルの肖像画が飾られる。過去、現在、未来----。ひとつの家族の血筋が絶えることなく脈々と続くように、ここでは歴史の根と未来の芸術家たちの果実が無理なく一本の幹でつながっている。この白亜の殿堂でのおだやかな毎日の連続が、デンマーク・ロイヤル・バレエ団の豊かな歴史を今日も織りなしつづけている。


岩城京子(演劇・舞踊ライター)

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