バイエルン国立歌劇場総裁 ニコラウス・バッハラーに聞く!②



いよいよ、6年ぶりとなる日本公演の開幕も近づいてきました!
本拠地ミュンヘンでは98%という、ヨーロッパの他都市と比べても高い観客動員率を誇るバイエルン国立歌劇場。
ニコラウス・バッハラー総裁に、作品や観客へのアプローチ、上演作品の見どころなど、興味深いお話を伺いました。

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--大観光都市と比べても98%は驚くべき集客率ですが、その秘訣はなんだとお考えですか?

 ひとつは、最高水準のオペラを上演してきたという長い伝統。そしてもうひとつは、歌手や指揮者を含めた最高の陣容によって、とても現代的なアプローチをとっている点と言えるでしょう。
 実際に、バイエルン国立歌劇場の観客はすべての年齢層にわたっており、素晴らしい"ミックス"になっています。そして、この観客と特別な絆を築けていていると感じます。彼らは特定の歌手、特定の演目を観に来るのではなく、自分たちの生活の一部になっているから、繰り返し劇場に足を運んでくれているのです。
 マーラーは"伝統とは火を守ることで、灰を崇拝することではない"という言葉を残しましたが、まさにその通りです。ユニークな点は、我々の活動が、ミュンヘン市民の生活の一部になっているのだということでしょう。ミュンヘンは決して大きな都市ではありませんが、劇場はロンドンやパリと同規模です。けれども、彼らのおかげで、いつも劇場は大入りなのです。


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--2008年から総裁を務めていらっしゃいますが、ご自分が変革されたことというと?

 自分が何かを変えたというより、人生というのは発展していくものです。同じように、芸術も少しずつ前に進んでいきます。芸術は感情であり、何かを伝えたい、という欲求です。間違ったアプローチがあるとしたら、芸術というものをただのイベントや飾りものだととらえることでしょう。芸術とは、人間性であり、エトスであり、モラルであり、社会にまつわるものです。何を社会に回帰するのかであって、現実逃避のためにあるのではないのです。
 例えば今回上演する『タンホイザー』は、人間のアイデンティティについての作品です。ワーグナーには哲学的なアプローチがあります。すべてのことが意味をもっていて、我々はその意味についてよく考えねばなりません。美しさのためだけではないのです。そして、それは現在を生きる人々に結びつかなくてはいけないのです。人々はそれが自分の問題とリンクしたときに、心を動かされるのです。


劇場において大事なのは観客です。そして、観客はモーツァルトの時代からやってくるのではないのです


--先ほど"現代的(コンテンポラリー)なアプローチ"、と仰っていましたが、具体的にはどういうことでしょうか。

 これは、何をするかという問題ではなく、むしろ必然と考えています。なぜなら我々は現代に生きているからです。
 劇場は博物館とは違います。(劇場でお見せするのは)いま現在、舞台上でおこっていることなのです。
 望むと望まざるとに関わらず、我々がモーツァルトやモンテヴェルディといったオペラを観に行くとしたら、21世紀の人間としてアプローチします。それを、モーツァルトの時代のやりかたで上演しようというのは、私にとっては完全に無駄で、ばかばかしいことのように思えるのです。

 劇場において大事なのは観客です。そして、観客はモーツァルトの時代からやってくるのではないのです。馬車に乗る代わりに、電気を使い、現代的な思考を持っています。家ではコンピューターを使っています。ですから、『ドン・ジョヴァンニ』や『魔笛』の持っている本質的な意味をとらえて、今日の人々に何を語るべきか考え直さなくてはいけないのです。
 私の考えでは、現代化を避けるということは、単純に不可能なことだと思うのです。なぜなら、その結果、例え美しい舞台ができたとしても、それは空虚なもの...何かの"額縁"に過ぎないからです。
 クラシックか、コンテンポラリーか、という選択肢はないのです。クラシック音楽を奏でたとしても、あなたは現代にいるのですから。時代から転げ落ちることはできないでしょう?

 モーツァルトが作品を作っていた時、彼の音楽はまさにその時代をあらわすものでした。モーツァルトは当時のポップ・スターのような存在だったのです。彼の時代において、彼は非常に「現代的」でした
 『魔笛』はそんな彼の人生そのもののようです。彼はフリーメイソンの一員でした。そして、社会の倫理や色々なことを描いています。我々はこういった点をとらえ、作品自体が虚ろなものにならないようにしなくてはいけません。
 もちろん、作曲家の精神や意図していることを考える時は、題材である名作を台無しにするようなことはできません。『魔笛』の設定を火星にはできないでしょう?
 やらなくてはいけないのは、今日に通じるポイントを探しあてることです。どういったことが現在も重要なのか、まだ解き明かされていない事柄はなにか...。私の仕事は、意味を保ちつつ、18世紀と今日を繋げるコネクションを探すことなのです。


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『魔笛』において最も重要なテーマは、イニシエーションのプロセスなのです


--『魔笛』のお話がでましたが、今回日本で上演されるエヴァーディング版は1978年初演の"決定版"と称されるレパートリー、対してタンホイザーは4か月前に初演したばかりの最新作です。また、歌劇場に最も縁の深いモーツァルトとワーグナーの作品ですが、この2本の見どころをそれぞれお聞かせいただけますか?

 もちろん、見どころはプロダクションすべて、と思っていただけるといいですね!(笑)例えば、一人の歌手が見どころ、というようなことは、我々のコンセプトではないのです。劇場の全体像をお見せしなくては。

 当歌劇場が誇るエヴァーディング版の『魔笛』は長い間上演され続けていますが、今なお、とても"生きた"プロダクションなのです。本当に美しい作品ですので、是非お楽しみいただきたいです。
 『魔笛』という作品では、無邪気な純粋さが、まるで子供のような考え方、自然、それから精神世界と共に、18世紀らしい精神のもとに描かれています。しかしながら、この作品において最も重要なテーマは、イニシエーションのプロセスなのです。2人の若者が自分たちの人生の扉を開いていく。これが『魔笛』の主題なのです。

 そして、今回一緒に『タンホイザー』をご披露できるのを大変うれしく思っているのは、二作品とも同様の主題を持っているからです。『タンホイザー』もまた、一人の人間が自身を見つめる "旅"を描いています。もちろん、今回のタンホイザーでは、ペトレンコとカステルッチのコラボレーションを素晴らしいキャストでお贈りできるのも見どころです。


まるで家に帰ってきたような気持ちにさせてくれる、日本を訪れるのが大好きです


 日本はヨーロッパのオペラに対して、もっとも進んだ国だと思います。この2作品は、特に観客がオペラについて高い見識を持っていらっしゃる国でご披露するのに、もっともふさわしいと思っています。
 ミュンヘンでの公演が多くありますし、オペラのツアーとなると本当に大所帯になりますので、引っ越し公演はなかなか実現しづらいのです。香港、そして今度アメリカに行く予定もありますが、訪れる場所は多くはありません。そのなかで、日本公演は我々にとって長い伝統となっています。
 歌劇場一同、まるで家に帰ってきたような気持にさせてくれる、日本を訪れるのが大好きです。
 前回、2011年のツアーは(東日本大震災の後で)難しい時期の来日となりましたが、この経験は実に心の琴線に触れるものでした。私たちは、いい時だけに訪れるのではなく、日本の皆さまが困難に直面されている時に日本を訪れる、ということが大事だと思ったのです。そして、日本の皆さまに、我々の感謝の気持ちと、絆をお見せしたい、と。
 ですから、多くのカンパニーが日本公演をキャンセルしたあの時期に、絶対に日本に行かなくてはならない、と考えていました。

 今回の来日では、すっかり落ち着きを取り戻された日本を訪れることを、心より楽しみにしております。
 我々の舞台が、日本の皆さまのご期待に沿えることを願っています。


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