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[フィレンツェ]『トスカ』現地レポート

[フィレンツェ]『トスカ』現地レポート

この『トスカ』には、プッチーニのこだわりを実現させた
本物のイタリアがある!


187-518.JPG オペラ『トスカ』といえば世界中の劇場がこぞってとり上げる人気演目である。劇的なサルドゥの戯曲にインスピレーションを得たプッチーニが、『ボエーム』の成功を受けて、いとも簡単に描いたオペラと思われがちであるがそうではない。時の大手プロデューサーとも言うべき出版家、ジュリオ・リコルディがジャコーザ、そしてイッリカという脚本のエキスパートをプッチーニに取りもち、サルドゥを絡めた五つ巴の大激論の末に仕上がったのがこのオペラの台本である。僅か半日ほどの間に起こったエピソードを題材に扱い、史実を伝えるべく写実性には優れているものの、オペラとしての叙情性に乏しく、また、登場人物のほとんどが理不尽な死に方をしなければならないことなども紆余曲折の理由ではあったが、それでも作曲家の信念と協力者たちの献身的な仕事がついに結実する。幕の振り分けを徹底させて進行には緩急を施し、臨場感を煽るために最上のオーケストレーションでメリハリをつける。ヴェリズモ(真実主義)や新ウィーン楽派躍進の時代とあって少なからずその影響を受けたプッチーニがこれまでとは異なる作風を描きだすことになる。
 聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会、ファルネーゼ宮殿、聖アンジェロ城。それぞれの幕で舞台となる建造物は、ローマを蛇行するテヴェレ川一帯に集まっている。それらを直線で結ぶとほぼ二等辺三角形になり、その鋭い頂角が聖アンジェロ城である。半日のドラマとなると完全な時間配分が史実の裏づけとなるわけであるが、全3幕を歩いて移動したところで2キロ足らず30分にも満たないところなど、広いローマとはいえ、実際に残る建物とその足跡に1800年、その当時の情景が浮かび上がる。

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 プッチーニをはじめとした創作者たちのこだわりと熱い思いを、そしてローマというとてつもなく大きい街のほんの片隅でおこった出来事を、演出家、マリオ・ポンティッジャはフィレンツェの舞台に再現している。
 ポンティッジャは予備知識なくしても舞台上の動きを目と耳で追うことにより話の流れを理解できるようにと、観客の立ち位置からオペラを構成することができる数少ないイタリアの伝統職人である。その特性は登場人物の動きひとつにまでこだわり、始動するタイミングから一連の動き、歩くルートはもちろん人との交錯、所作まで綿密に計算されている。その時代を生きる人々の考え方まで舞台の上に反映されるのである。演出家のそのような舞台構築において欠かせないのが優れたスタッフ。美術と衣裳を担当するフランチェスコ・ジートの「トリックアート」はまさに現代のイタリアでさえ忘れかけている伝統芸術のひとつである。"だまし絵"とも言われるその技法は、色彩や容あるものの大きさを絵の中に操作しながら客席からの遠近感に麻痺を与えるもので、実際以上の立体感を醸しだすものである。教会のクーポラや、宮殿のタペストリーなどにその職人芸は施されており、「これはローマ?」と勘違いするほどの出来栄えなのである。

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 もうひとつの見どころは間違いなく選りすぐりのアーティストたちであろう。熟練のルッジェーロ・ライモンディのスカルピアしかり、天をも貫くイタリアンテノール、カヴァラドッシをうたう、マルコ・ベルティ。そして、フィレンツェの劇場が日本公演に抜擢したのはタイトルを演じる若きソプラノ、アディーナ・ニテスクである。トスカという難役はだれにでも演じきれるものではない。過去の歌手たちとの比較というよりも、サルドゥやプッチーニの描いたトスカへの挑戦になる。演技に定評のあるニテスクだけに来日がいまから楽しみである。
 近年、欧州より日本を訪ねる歌劇場はあとを絶たない。よい経験を 積んできた我われ日本人の視覚や聴覚のレベルはかなり上がってきており、正当な評価が下せるようになってきた。そのような時であるからこそ、是非、このフィレンツェ歌劇場の『トスカ』をお試しいただきたい。プッチーニのこだわりがありスタッフの知恵がそこに生きて、ズビーン・メータのカリスマが炸裂するのだ。本物のイタリアが日本にやってくる。

(堂満尚樹 在イタリア 音楽ジャーナリスト)


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photo:G. Luca Moggi/New Press Photo/Teatro del Maggio Musicale Fiorentino

2011年1月14日 14:34 公演関連情報

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