東京バレエ団「オネーギン」

2010年5月、東京バレエ団初演『オネーギン』を観た際の感銘は忘れられない。田舎の夢見がちな少女タチヤーナと都会の社交界に厭きた青年オネーギンの恋の流転を通し浮かびあがる人生の機微や哀感。登場人物の感情の起伏とチャイコフスキーの珠玉の音楽が分かち難く結びついたドラマに激しく胸揺さぶられた。

19世紀ロシアの詩人・作家プーシキンの韻文小説に基づきジョン・クランコが振付けた『オネーギン』(1965年初演)は言わずと知れたドラマティック・バレエの名作。東京バレエ団が日本のカンパニーとして初めて上演したのは画期的な出来事だった。それから2年を経て待望の再演を迎える。

初演時にはクランコ作品のメッカ、シュツットガルト・バレエ団の芸術監督リード・アンダーソンらを迎え入念な振付指導が行われた。その際トライアルによって選ばれた主役三組が競演したが再演に際しても魅力的な配役が組まれている。

初日にタチヤーナを踊るのは前回に続く吉岡美佳。清楚可憐、繊細な表現力を持ち味とする吉岡に読書好きで夢想家の少女役が、よく似合う。洗練された貴公子然としたたたずまいに愁いの陰を秘めたオネーギンに恋するのは、さもありなんと思わせる。後年公爵夫人となってからは悠然たる気品に満ち、再会したオネーギンに求愛された際には、心揺れ動きながらも最後は決然と拒絶する芯の強さを見せつけた。少女から大人の女性へと変貌を遂げていくさまを迫力十分に演じ切る。今回より深まった演技をみせてくれるだろう。

吉岡と組むのがシュツットガルト・バレエ団からのゲスト、エヴァン・マッキーである。190㎝の長身を誇り美丈夫にして偉丈夫なマッキーは、いま、もっとも熱い注目を集める踊り手のひとり。昨年末パリ・オペラ座バレエ団が『オネーギン』を上演した際、オレリー・デュポンと組む予定だったニコラ・ル・リッシュが怪我で降板したのに伴い、急きょオネーギン役として客演し話題をさらった。本年6月のシュツットガルト・バレエ団来日公演『白鳥の湖』に主演し日本でも好評を博したばかりだ。"クランコ作品の醍醐味は、踊ることと演じることの融合にある"(NBSニュースvol.305より) と語るマッキーと吉岡の化学変化を楽しみにしたい。

また、吉岡とマッキーの主演日にはレンスキー役にシュツットガルト・バレエ団のマライン・ラドメーカーが客演する。2008年の同バレエ団来日公演時、純粋さと気位の高さゆえ破滅を招く詩人像は鮮烈だった。彼の参加を得て一層充実した舞台になるだろう。

初演時に大絶賛を浴びた斎藤友佳理と木村和夫のペアも見逃せない。

かつて斎藤は終幕のパ・ド・ドゥを踊るべく初演者のマリシア・ハイデとリチャード・クラガン直々の指導を受けた。けれども、諸事情から本番直前に上演許可が下りないという悲運に見舞われる。その後大怪我や出産から度々復帰し宿願の全幕公演に挑んだ演技は万感こもるものだった。オネーギンと夢のなかで踊る「鏡のパ・ド・ドゥ」では、高々としたリフトに奔放に身を任せ、初恋の喜びを全身から発する。そのいじらしいこと! いっぽう、終幕では公爵夫人らしい落ち着きと、しっとりした美しさを醸しだす。オネーギンの求愛を拒否する際の凛然とした立ち居振る舞いに圧倒されるとともに、ほのかに寂寥感にじませる幕切れに人生のほろ苦さを感じずにはいられなかった。

斎藤の迫真の演技が話題を集めたが木村の好演も見逃せない。ニヒルな青年像やタチヤーナの初恋をけんもほろろに拒絶する冷血漢ぶりが板に付いている。終幕の「手紙のパ・ド・ドゥ」では、狂おしいまでに斎藤のタチヤーナに迫り葛藤を表した。難度の高いリフトでも斎藤と音楽性が一致し危うげない。至高のパートナーシップの再現を期待したい。

アンサンブルの緻密さにも定評あるところ。初演時、田舎の人々やサンクトペテルブルクの貴族たち等を踊った群舞の隅々までがクランコ振付を理解し、丁寧に踊り演じていた。

東京バレエ団が総力を挙げて取り組むドラマティック・バレエの最高峰に心ゆくまで浸りたい。



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