8月の世界バレエフェスティバルでは、プティパからクランコ、ノイマイヤーといったおなじみの振付家、さらにゲッケ、ガリリ、ビゴンゼッティら、まさに現在進行形の振付家の作品が華を競った。ダンサーと観客がそろって豊かな内容を楽しむ様子はじつに心躍るものだったが、そのなかで「ブレルとバルバラ」「パルジファル」を観たとき、懐かしさと新鮮な感動の半ばする特別の思いを味わった人は多かったのではなかろうか。 
 20世紀のバレエに革命を起こしたベジャール、初来日公演は1967年だが、その作品が閃光のように日本を席巻したのは80年代のことだった。「エロス・タナトス」「魔笛」「ザ・カブキ」…。次々に舞台に乗る作品の官能と爆発力は、バレエ、イコール女性的で優雅なもの、という先入観を粉砕する。ジョルジュ・ドン、ミッシェル・ガスカール、ジル・ロマンら、ベジャールの世界を体現する男性ダンサーたちの眩さももちろん観客を熱くさせたが、ベジャールは作品を通して、私たちにこう訴えたのだ。バレエとはもっとずっと根源的なもので、個々の魂に直接、激しく訴えかけるものなのだ、と。
 この時期を経て、観客の視界は飛躍的に広がった。バランシンやプティを改めて味わい、キリアン、バウシュ、フォーサイスに目を見張る。ベジャールの衝撃なくして、現在の日本の観客が持っている、多岐にわたるスタイルへのいきいきした興味と、受け止める感性の柔軟さが、果たして育ったろうかと思えてくる。その死から早くも5年が経とうとしているが、これから行われる3つの公演は、ベジャールがもたらしたものを改めて思い、その作品の魅力を再発見する、またとない機会になりそうだ。 
 12月の「くるみ割り人形」(98)は、60年を超えるベジャールの創作歴の後期を飾る自伝的な作品。チャイコフスキーの音楽とベジャール独特のコラージュ手法が出会い、幼い日に失った母への限りない憧憬を歌い上げる。それはまた、振付家ベジャールの原点に、この母の存在が深い海のように横たわっていることの親密な告白なのだ。東京バレエ団の繊細で透明度の高い踊りが、ベジャールの愛と哀しみを美しく表現する。
 2013年1月の〈ベジャール・ガラ〉は、壮年期から後期にかけてのベジャールの力強い息吹が伝わるプログラム。「中国の不思議な役人」(92)は、バルトークの音楽の激しさと不死身の「役人」の不気味さ、男性が演じる「娘」の強烈な存在感などが一体となり、めくるめく暗い官能に満ちた世界を繰り広げる。パルチザンのリーダーを主役にした「火の鳥」(70)は、プロパガンダを突き抜けた普遍的な死と再生のバレエとして、作品それ自体が尽きない命を得た。入れ替わり立ち現れるダンスの悦楽が、波のように観る者の心を揺する「ギリシャの踊り」(80)、女性たちの踊りや視線の先に魅力的なプレイボーイの姿が幻のように立ち上がり、おかしくも哀しい結末を迎える「ドン・ジョヴァンニ」(80)。こちらもアンサンブルの美しさに加え、木村和夫、後藤晴雄、上野水香、吉岡美佳らをはじめとするダンサーたちの磨かれた踊りが見ものだ。
 そして、3月のモーリス・ベジャール・バレエ団日本公演。不滅の金字塔「ボレロ」(60)、芸術監督ジル・ロマンの最新作「シンコペ」ももちろん興味深いが、ひときわ注目されるのが、ロマンによるブラッシュアップを経て再演される幻の、あるいは伝説のという形容がふさわしい2作品だ。85年に日本で披露された「ディオニソス」(84)は、ハジダキスの音楽と横尾忠則の背景画に加え、現代ギリシャの居酒屋に集まる水夫やジゴロ、マダムたちの物憂げなダンスが、なんとも艶めいて印象的だった。それらはやがて、炎のような赤い衣裳を身につけたバッカスの熱狂的な踊りに呑み込まれてゆく。「ディオニソス組曲」として蘇る、色彩とダンスの響宴に期待したい。
 また81年、日本を代表するバレリーナ森下洋子を中心に振付けられた「ライト」は、多くのファンの切望にも拘らず、未だ日本では全幕上演されていない。フランソワ・レシャンバック監督のドキュメンタリー映画「アダージェット/モーリス・ベジャールの時間」に収められた森下とドンのパ・ド・ドゥを観て、ようやく自らを納得させた人も多いはずだ。振付はそのまま、ロマンの手で再度編まれた作品は、30年の時の向こうからどんな姿を現すのか。
 常に死と再生を胸に、創作を続けたベジャール。その作品は何度観ても新しく、観る人の心を揺り動かし、新たな世界に目を向けさせる力を失ってはいない。振付家が去ったのちも古びるどころか、むしろバレエのいまとその先を知るために、何度でもここに還るべきなのだと、直感はささやく。おそらく今後も劇場の内外から、ベジャールを求める声はやむことを知らないだろう。

(新藤弘子 舞踊評論家)
*( )内は世界初演年。

<モーリス・ベジャール没後5年 記念シリーズ1>
東京バレエ団
ベジャールの「くるみ割り人形」(全2幕)

ベジャール自身の母への思慕とバレエへの憧憬を語った感動の物語

会場:東京文化会館

12月15日(土)3:00p.m.
12月16日(日)3:00p.m.

入場料[税込]

S=¥10,000 A=¥8,000 B=¥6,000
C=¥5,000 D=¥4,000 E=¥3,000

★ペア割引券(S,A席)あり
*エコノミー券/学生券は11月17日(土)より受付
エコノミー券=¥2,000(イープラスのみ)
学生券=¥1,500(NBS WEBチケットのみ)


<モーリス・ベジャール没後5年 記念シリーズ2>
東京バレエ団
ベジャール・ガラ

東京バレエ団ならでは実現できる傑作選!
「中国の不思議な役人」
「火の鳥」/「ギリシャの踊り」
「ドン・ジョヴァンニ」

会場:東京文化会館

2013年
1月19日(土)3:00p.m.
1月20日(日)3:00p.m.

入場料[税込]

S=¥10,000 A=¥8,000 B=¥6,000
C=¥5,000 D=¥4,000 E=¥3,000

★ペア割引券(S,A席)あり
*エコノミー券/学生券は12月15日(土)より受付
エコノミー券=¥1,500(イープラスのみ)
学生券=¥1,000(NBS WEBチケットのみ)


<モーリス・ベジャール没後5年 記念シリーズ3>
モーリス・ベジャール・バレエ団 2013年日本公演

受け継いだ巨匠の魂を次代へ!
<Aプロ>「ボレロ」「ディオニソス組曲」「シンコペ」
<Bプロ>「ライト」全幕

10月27日(土)10:00a.m. 一斉発売開始

会場:東京文化会館

<Aプロ>
2013年
3月1日(金) 7:00p.m.
3月2日(土) 3:00p.m.
3月3日(日) 3:00p.m.
3月4日(月) 7:00p.m.
3月5日(火) 7:00p.m.

<Bプロ>
2013年
3月8日(金) 7:00p.m.
3月9日(土) 3:00p.m.
3月10日(日) 3:00p.m.

入場料[税込]

S=¥16,000 A=¥14,000 B=¥12,000
C=¥9,000 D=¥7,000 E=¥5,000

◆Aプロ、Bプロ2演目セット券(S,A,B席)あり
★ペア割引券(S,A,B席)あり
*エコノミー券/学生券は2013年2月1日(金)より受付
エコノミー券=¥3,000(イープラスのみ)
学生券=¥2,000(NBS WEBチケットのみ)


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