5月20日のこの夜ーアメリカン・バレエ・シアター(ABT)が本拠地ニューヨークで開催中の定例スプリング・シーズン2週目ー、 ジョン・クランコ振付『オネーギン』の幕がおりるや、メトロポリタン歌劇場は喝采に包まれた。ヒロイン役のタチヤーナを演じたディアナ・ヴィシニョーワがオネーギン役のマルセロ・ゴメスとともにカーテンコールに応じると、観客は次々と立ち上がり、熱烈なスタンディング・オベーションを浴びせた。
 2005年以来、プリンシパルとしてABTに名を連ねているマリインスキー・バレエのヴィシニョーワを幾度となく見てきたニューヨーカーにとっても、この夜の彼女の熱演は特別なものだったに違いない。現地でこの公演を見た筆者も、今夏、彼女が東京で行う公演の副題〈あなたが知らない、進化した、華麗なヴィシニョーワ〉さながらに、彼女の表現者としてのさらなる奥深さに触れた思いに心を打たれていた。
 第1幕、世間知らずの少女タチヤーナを演じるヴィシニョーワが、なんとも可愛らしい。オネーギンに魅了されていく初々しい表情は、微笑ましいほど。あるいは第3幕、グレーミン公爵夫人となったタチヤーナの姿。緋色のドレスを身につけて夫に寄り添う彼女は、あくまで控えめな人妻だ。昨夏の世界バレエフェスティバルで演じた現代物や古典作品での演技がそうであったように、東京で彼女の舞台を見る毎に、その研ぎ澄まされた緊迫感に圧倒されてきたが、一転して穏やかに人を愛し、幸せにひたるタチヤーナの姿に、思わず目を見張った。
 タチヤーナが女性として成熟していくプロセスを経たがゆえ、全編のクライマックスがさらに哀切に満ちたものとなったことも忘れがたい。タチヤーナの前に若き日の自分を拒絶したオネーギンが現れて彼女への愛を告白する、あの幕切れのデュエットである。  夫への断ちがたい愛情と再燃するオネーギンへの想いの間で揺れ動くタチヤーナの心の動きを、ヴィシニョーワは余すことなく体現した。身のこなしの美しさ。抑制された表情の雄弁さ。身体を極限まで突き動かすクランコ振付に真っ向から挑む勇敢さ。宙を舞うヴィシニョーワの全身から、万感が溢れ出た。
 オネーギン役を演じた、マルセロ・ゴメスがまた秀逸。揺るぎないパートナーとしてヴィシニョーワを献身的に支え、彼女と響き合っただけでなく、厭世的な青年として過ごした日々の虚しさをも漂わせた。
 ヴィシニョーワとゴメスの新たな頂点を目にする幸運に恵まれた、という感慨にふけった次第である。


ディアナ・ヴィシニョーワ-華麗なる世界

会場:ゆうぽうとホール

Aプロ
2013年
8月17日(土) 3:00p.m./ 8月18日(日) 3:00p.m.

Bプロ
2013年
8月21日(水) 7:00p.m./ 8月22日(木) 7:00p.m.

【予定される主な配役】
ディアナ・ヴィシニョーワ(マリインスキー・バレエ)

ティアゴ・ボァディン(ハンブルク・バレエ)
エレーヌ・ブシェ(ハンブルク・バレエ)
アシュレイ・ボーダー(ニューヨーク・シティ・バレエ)
ホアキン・デ・ルース(ニューヨーク・シティ・バレエ)
マルセロ・ゴメス(アメリカン・バレエ・シアター)
マチアス・エイマン(パリ・オペラ座バレエ団)
デヴィッド・ホールバーグ(ボリショイ・バレエ/アメリカン・バレエ・シアター)
メラニー・ユレル(パリ・オペラ座バレエ団)
ルイジ・ボニーノ Bプロのみ
イーゴリ・コルプ(マリインスキー・バレエ) Bプロのみ
上野水香(東京バレエ団) Bプロのみ

ピアノ演奏:アレクセイ・ゴリボル(「ダイアローグ」「椿姫」)

共演:東京バレエ団

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