シルヴィ・ギエム主演で11月に東京バレエ団で初演される『カルメン』のトライアウト(配役決め)のために、7月初旬、振付家のマッツ・エックが、妻でありカルメン役を初演したアナ・ラグーナとともに来日。精力的にリハーサルをこなしたエックに、作品やリハーサルの成果について聞きました。

――『ジゼル』の標題役を精神病院に収容された女性として描き、『白鳥の湖』のオデットに野生の動物のような獰猛さを加味するなど、 エックさんは古典的な作品を大胆に改訂し、観客を驚かせてきました。

「古典バレエの女性の描き方に、いささか食傷気味でしたから(笑)。 母にしろ妻にしろ、 私が実生活で接してきた女性達は、古典バレエのヒロインの類型に当てはまらない。カルメンも然り、です」

――エック版『カルメン』には、どのような驚きがあるのでしょうか。

「カルメンは、幾つもの顔を持った女性です。貧しい。社会から爪はじきにされている。それでも、彼女は自分の境遇に立ち向かって、生き抜いている。タバコ工場で働いて生計を立てる労働者であり、あばずれで、おまけに泥棒だ。愛する相手も自分で選択する。私に言わせると、彼女の生き方は、男のそれなんですよ。一方のドン・ホセは、より女性的な生き方を望んでいる。妻に指環をはめさせ、幸せな家庭に落ちつきたい。二人は、相容れない人生を目指しているのです」

――音楽はロディオン・シチェドリンが編曲した『カルメン組曲』ですが、マイヤ・プリセツカヤが踊ったアロンソ版とは構成が違います。

「メリメの小説を起点にした構成なので、死刑の執行を待つドン・ホセの回想として、物語を位置づけています。瞬間的に場面を切り換え、時系列を変化させ、一見、物語とは無関係な場面を挿入することもあります。映画の手法を連想する人もいるでしょう」

――エック版『カルメン』の初演は、1992年。主役はエックさんのミューズであるアナ・ラグーナさんでしたが、以降、様々なバレエ団で様々なバレリーナによって踊り継がれています。

「アナは、私のクリエーションに不可欠なパートナーです。ただし、私は彼女のために『カルメン』を作ったのではない。アナは、カルメンという役を創造するための、いわば道具の役割を果たした。アナと私が共に試行錯誤をし、作品が完成した後は、アナの演じ方に他のダンサーをはめ込むことはしません」

――シルヴィ・ギエムが初めて日本の舞台で同作を踊ります。シルヴィ=カルメンの特徴とは?

「それは舞台を見た観客の皆さんの判断に委ねましょう。私から言えるのは、彼女が非常に謙虚で挑戦を恐れないアーティストだ、ということです。カルメンを演じるために全身全霊を尽くし、この役に新たな可能性をもたらしてくれました」

―― エックさんが彼女に振付けた『アジュー』は〈シルヴィ・ギエム・オン・ステージ2011〉で上演され、観客に大きなインパクトを残しました。

「いま、自分はキャリアの分岐点にあるのかもしれない、とシルヴィが口にしたひと言が、この作品の発端です。自分が築きあげてきたものから離れ、新たな一歩を踏み出す。そんなイメージがあの作品のなかに入っています。私自身、自分のキャリアに終止符を打つ事を意識しています。世界中の何処にいっても、新作への期待がついてまわる。その真っただ中で創作をし続けることは、喜びでもあり、苦しみでもありますからね」

――今回の『カルメン』は、日本のバレエ団が初めて上演するエック作品です。東京バレエ団の印象は?

「積極的に自分を表現し、チャレンジを楽しんでいる。とても好感を持ちました。もちろん、彼らはまだ私のボキャブラリーに不慣れです。つまり、バレエとは全く異なるやり方で自分の身体を使いこなさなくてはならない。沈みこむような重々しい動き。重心を低くしたかと思うと、スムーズに次のムーヴメントを続ける。バレエではほとんど動かさない胴体も激しく振り動かします」

―― 配役を決める際の決め手は?

「配役を決めるトライアウトは、実はとても残酷なものです。限られた時間のなかでダンサーの能力を見極めなくてはならない。 ボディを通した質疑応答をしながら、そのダンサーが振付と音楽を自分のものにして、私が求めるクオリティを体現できると確信を持てた時に、その役を託します。東京バレエ団のダンサー達がどのような『カルメン』を生み出すのか、私自身、とても楽しみです」


シルヴィ・ギエム オン・ステージ2013
シルヴィ・ギエムの「カルメン」

会場:東京文化会館

2013年
11月14日(木)7:00p.m./ 11月15日(金)7:00p.m.
11月16日(土)3:00p.m./ 11月17日(日)3:00p.m.

【予定される演目】
「カルメン」
振付:マッツ・エック
音楽:ジョルジュ・ビゼー/ロディオン・シチェドリン
「エチュード」
振付:ハラルド・ランダー
音楽:カール・チェルニー、クヌドーゲ・リーサゲル

【主な出演】
「カルメン」 カルメン:シルヴィ・ギエム / ホセ:マッシモ・ムッル 東京バレエ団
「エチュード」 東京バレエ団

入場料[税込]
S=¥17,000 A=¥15,000 B=¥13,000 C=¥9,000 D=¥6,000 E=¥4,000

NBSについて | プライバシー・ポリシー | お問い合わせ