――今回はマッツ・エック振付「カルメン」(92年初演、05年ギエム初演)を、初めて日本で踊られます。エック版「カルメン」では動物的なほど野性味溢れるカルメンが登場します。本バージョンの魅力を教えてください。
「私の考えでは、エック版がいちばんメリメの原作に近い。今までの多くのバレエや映画では、カルメンは男性視点から描かれてきました。白いドレスを着て、バラをくわえて、グラマーな胸をしたカルメンが登場する。マッツの作品は、そのような表層的装飾をなにひとつまとっていない、むき出しの野生のカルメンです。彼女は社会に属さず、規定されたルールに則らず、動物的な直感に従って生きている。そしてだからこそ、活き活きと存在する。素晴らしいカルメンだと思います」
――ホセの死から始まる本作は、物語をうまく運び伝えることが目的ではありません。既知の最終地点に至る、役柄の心理描写をどう表現するかが重視されているように思います。エック氏と、創作過程でどのような対話をされましたか。
「マッツとの稽古は『カルメン』に限らず、『ウェット・ウーマン』であれ、『スモーク』であれいつもそうですが、まず作品の「本質」を掴むことから始まります。自分がどこに辿りつきたいのか、そしてなぜそこに行きたいのか。それさえ掴めれば他のあらゆることは後からついてきます。場面ごと、ステップごとの、細かい質問が無数に浮かんでくることはありません。マッツの作品はとても正直です。それはマッツ自身が、私が言うところの「社会的伝染病」、つまり社会を「こう見なければ」という固定観念に侵されていないからだと思います。彼の視点は、とても誠実で純粋なのです」
――東京バレエ団はエックの振付に初めて挑みます。何かアドバイスはありますか。
「繰り返しになりますが、マッツの作品では表層的な身振りや形を体得しようと務めても意味がありません。まっすぐ、本質に向かうべきです。そしてその本質を掴んだら、それ以上の何かを加える必要はない。なぜならその本質を表現するためだけに、やるべきことは有り余るほどあるからです」
――昨晩(2013年6月28日)、パリ8区のシャンゼリゼ劇場で『聖なる怪物たち』を観劇しました。本作ではあなたとアクラム・カーン、二人のたぐいまれなダンサーが、実に無邪気に楽しそうに、子供時代について語りながら踊る。最終的に印象に残るのは、劇中語られる「émerveillè」(あまりの美しさに息をのむ、感情の動き)という概念の二人による身体を使った発露です。
「この作品では人生そのものについて語りたいと思いました。哲学的な概念を伝えるのではなく。なにか自分たちの人生で身近な感覚を伝えたいと感じました。それである日アクラムとの会話のなかで、私は自分がシドニー五輪の開会式に居合わせたことを話しはじめたんです。どれだけ自分が子供のように興奮したか。あれだけ巨大なスタジアムにいる人全員が、ポジティブなエネルギーを放出している。それはまさに「émerveillè」な感情だった。その感覚が、作品のメインテーマのひとつとなりました。表立っては確かに、私たちは哲学的な話をしているように思えないかもしれません。でも人生で本当に大切なことは、同じく舞台上で語られるスヌーピーの漫画と同様、詩的なユーモアと共に学ばれていくのだと思います。誰もわかっていないのに、わかったふりをしなければいけないような抽象的物事からは学ぶことはありません」
――本作で、あなたは二人の振付家と仕事をされています。ひとりはアクラム・カーン、そしてもうひとりは最初のソロを振付けたクラウド・ゲイト舞踊団の林懐民(リン・フアイミン)です。以前、林懐民氏に取材したとき、彼はあなたが絶対的な自信を持ったディーバではなく、疑いを持った人間だから仕事をしたいと語られていました。
「そのとおりです。私のなかには、一見、矛盾する性格が宿っています。とても強靭な一面と、とても弱く、脆く、引っ込み思案で、感情的で、子供っぽい一面です。ただこれら感情は対の関係にあります。後者を守るために、私は強くなる必要がある。林懐民はこの両面性を見抜いていましたので、仕事がしやすかったです。ただ私は『聖なる怪物たち』の稽古期間中、なんども自分に失望しました。そして自分に失望するのは、あまり楽しい経験ではない。午前は林懐民、午後はアクラムというまったく異なる身体言語、それこそ「対極的」と言っていいほど異なる身体の使い方を要求する振付家と仕事をすることは、私にとって実に大きなチャレンジでした」
―― 最後の質問です。今回の来日は、2011年に被災地での公演を含む日本ツアーを実施して以来、2年ぶりとなります。近年あなたは、動物愛護団体や自然保護団体などの活動にも積極的に携わられていますが、いま日本の現状に対して、なにか伝えたいメッセージはありますか。
「あるロシアの政治家が「自分たちは最善策を考えた。それで今までどおりにすることにした」と語っていてがっかりした覚えがあります。政治家は世界を変えてくれません。もちろん芸術も世界は変えられません。でもダンスや、映画や、ドキュメンタリーや、演劇は「さあ、今私たちはどうすべきか?」と観客に問いかけることはできます。そうして観客一人ひとりに、どうにかして私の想いが届くことができたら、これほど嬉しいことはありません」
(インタビュー/岩城京子 演劇・舞踊ライター)
会場:東京文化会館
2013年
11月14日(木)7:00p.m./
11月15日(金)7:00p.m.
11月16日(土)3:00p.m./
11月17日(日)3:00p.m.
【予定される演目】
「カルメン」
振付:マッツ・エック
音楽:ジョルジュ・ビゼー/ロディオン・シチェドリン
「エチュード」
振付:ハラルド・ランダー
音楽:カール・チェルニー、クヌドーゲ・リーサゲル
【主な出演】
「カルメン」 カルメン:シルヴィ・ギエム /
ホセ:マッシモ・ムッル 東京バレエ団
「エチュード」 東京バレエ団
入場料[税込]
S=¥17,000 A=¥15,000 B=¥13,000 C=¥9,000 D=¥6,000 E=¥4,000
会場:ゆうぽうとホール
2013年
11月28日(木)7:00p.m. /
11月29日(金)7:00p.m.
11月30日(土)3:00p.m. /
12月1日(日)3:00p.m.
【主な出演】
シルヴィ・ギエム、アクラム・カーン
入場料[税込]
S=¥15,000 A=¥13,000 B=¥9,000 C=¥6,000 D=¥4,000