「これはただものではない!」ヴェルディが生きていたら「これぞ、マクベス夫人!」と絶賛しただろう リュドミラ・モナスティルスカ
ヴェルディはマクベス夫人を歌う歌手に、「美しく歌わないで、くぐもった凄みのある声」を望んだというのは有名な話だけれど、これも一種の反語かもしれない。ヴェルディが意図したのは、意志の強さが滲み出る特別な声とドラマチックな表現力ではないだろうか。そんなヴェルディが、もし今も生きていたら「これぞ、マクベス夫人!」と絶賛しただろう、すばらしい歌手が出現した。その名はリュドミラ・モナスティルスカ。ちょっと舌を噛みそうな名前だが、このところニュースの中心となっているウクライナ、キエフの出身だ。
彼女の声を初めて聴いたのは2011年6月に英国ロイヤル・オペラで上演された『マクベス』の映像で、今回来日するのと同じキャストの舞台。幕が開いて間もなく、留守を護るマクベス夫人役の歌手が、夫からの手紙を読んで野望を燃やすアリアを歌い始めた。それを聴いて、「これはただものではない!」と驚嘆した。恐ろしげにカッと目をむき、その声は凄みと迫力に満ちていた。続くカヴァレッタ「目を覚ませ、地獄の精霊たち」では、ドラマチックな曲に、なんと至難の鮮やかなアジリタ技法まで加えた超絶技巧を披露したのだ。慌てて名前を確かめると、それがモナスティルスカだった。
彼女は1996年ウクライナ国立歌劇場に『エフゲニー・オネーギン』のタチアーナでデビューしているから、決して新人ではない。国際的に注目されたのが2010年と遅く、ベルリン・ドイツ・オペラの『トスカ』だった。翌年には英国ロイヤル・オペラに『マクベス』でデビューが決まっていたのだが、その公演の数カ月前に急遽代役で『アイーダ』に出演して大成功を収めたのだ。豊潤で厚みのあるパワフルな声で、低音から高音まで音域が非常に広い。さらに澄んだ高音もきれいに響かせることができるので、3幕のロマンツァ「おお、わたしの故郷よ」は絶賛されたという。
『マクベス』は1幕、2幕、4幕とマクベス夫人の聴かせどころのアリアがあるが、モナスティルスカの真骨頂は第2幕。まず冒頭で「日の光が薄らいで」と心の闇を述懐するアリアを歌うが、ここでは美しい超高音とソット・ヴォーチェを披露する。続く宴会の場では、お得意のコロラトゥーラ技法を駆使して軽やかなスタッカートで「乾杯の歌」を歌う。この場面のスリリングな歌唱は驚嘆するほかない。おまけに堂々の風格で、気弱でインテリ風思索型のマクベスを叱咤激励する気丈な夫人を演じ切った。
英国ロイヤル・オペラでの『アイーダ』と『マクベス』の大成功により、彼女のキャリアは急上昇。メトロポリタン歌劇場とスカラ座に『アイーダ』でデビューし、『ナブッコ』のアビガイッレを両歌劇場で歌った。いまやスピント系ソプラノの役を一手に引き受け、とくにヴェルディ・ソプラノとして、『仮面舞踏会』のアメーリアや『運命の力」のレオノーラ、『アッティラ』のオダベッラなどの役も歌っている。モナスティルスカのキャリアでいま最も注目を集めているのが、この3月末から4月にかけてザルツブルク・イースター音楽祭『カヴァレリア・ルスティカーナ』でサントッツアを歌うことだ。相手役はヨナス・カウフマン、指揮はクリスティアン・ティーレマンという第一級の顔ぶれだ。いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのリュドミラ・モナスティルスカ。9月に英国ロイヤル・オペラと来日するときには、世界のトップ・プリマドンナの一人になっているかも知れない。しかし素顔に戻れば、キエフの自宅で二人の子供を育てる肝っ玉お母さんだという。
(石戸谷結子・音楽評論家)
◆ リュドミラ・モナスティルスカQ&A 英国ロイヤル・オペラをはじめ、ベルリン、METでも大活躍のリュドミラ・モナスティルスカ。昨年末から年明け1月には英国ロイヤル・オペラで新演出の『仮面舞踏会』でアメーリアを演じ、大成功を収めました。日本公演『マクベス』について、書面インタビューに答えてくれました。
——あなたにとっての英国ロイヤル・オペラとは?
モナスティルスカ:どこよりも特別な場所です。私のキャリアのスタートとなった場所ですから!
——『マクベス』のマクベス夫人役を最初に演じたときの印象は?
モナスティルスカ:2011年5月か6月、コヴェント・ガーデン(英国ロイヤル・オペラ)でのこと。シェイクスピアの故郷であるイギリスで、シェイクスピア作品の登場人物を演じる、それも私にとってはこの劇場へのデビューで! この「一致」に驚きと興奮を感じました。
——マクベス夫人役を演じるうえで、最も大切に考えていることは?
モナスティルスカ:この役には、技術、音楽、演技の難しい要素が絡み合っています。彼女のキャラクターを捉えるという点でも、強くもあり、また同時に弱くもある人間であることが難しさともなるのです。
——フィリダ・ロイド演出の魅力は?
モナスティルスカ:演出も美術も、無駄なものがそぎ落とされていて、厳格さや禁欲的なところさえ感じられます。が、それによって音楽によるドラマが全面に押し出されていることが魅力だと、私は思っています。
——幼いころからオペラ歌手になりたかった?
モナスティルスカ:いいえ、夢見たことはありませんでした。私はただ歌いたかったのです。
——歌手として日常生活で気をつけていることは?
モナスティルスカ:マイナス思考にならないようにしています。
——今後、新たに歌いたいレパートリーは?
モナスティルスカ:『ドン・カルロ』『イル・トロヴァトーレ』『エルナーニ』などです。
——日本についての印象は?
モナスティルスカ:とても独特で、ほかにはない特色を持っている国だと思っています。
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:フィリダ・ロイド
【公演日】
2015年
9月12日(土)3:00p.m
9月15日(火)3:00p.m
9月18日(金)6:30p.m.
9月21日(月・祝)1:30p.m.
会場:東京文化会館
【予定される主な配役】
マクベス : サイモン・キーンリサイド
マクベス夫人 : リュドミラ・モナスティルスカ
バンクォー : ライモンド・アチェト
マクダフ : ディミトリ・ピッタス
【入場料(税込み)】
S=¥55,000 A=¥48,000 B=¥41,000 C=¥33,000
D=¥26,000 E=¥19,000 F=¥12,000
エコノミー券=¥10,000 学生券=¥8,000
*E,F券はイープラス、チケットぴあ、ローソンチケット、CNプレイガイドで3月14日(土)より受付。
*エコノミー席はイープラスのみで、学生席はNBS WEBチケットのみで8月7日(金)より受付。
※2演目 [S,A,B券]セット券、受付開始 3月7日(土)10 : 00a.m.
※一斉前売開始 3月8日(土)10 : 00a.m.
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:カスパー・ホルテン
【公演日】
2015年
9月13日(日)3:00p.m
9月17日(木)6:30p.m.
9月20日(日)1:30p.m.
会場:NHKホール
【予定される主な配役】
ドン・ジョヴァンニ : イルデブランド・ダルカンジェロ
レポレロ : アレックス・エスポージト
ドン・オッターヴィオ : ローランド・ヴィラゾン
ドンナ・エルヴィーラ : ジョイス・ディドナート
ドンナ・アンナ : アルビナ・シャギムラトヴァ
ツェルリーナ : ユリア・レージネヴァ
マゼット : マシュー・ローズ
【入場料(税込み)】
S=¥55,000 A=¥48,000 B=¥41,000 C=¥33,000
D=¥26,000 E=¥19,000 F=¥12,000
エコノミー券=¥10,000 学生券=¥8,000
*E,F券はイープラス、チケットぴあ、ローソンチケット、CNプレイガイドで3月14日(土)より受付。
*エコノミー席はイープラスのみで、学生席はNBS WEBチケットのみで8月7日(金)より受付。
※2演目 [S,A,B券]セット券、 受付開始 3月7日(土)10 : 00a.m.
※一斉前売開始 3月8日(土)10 : 00a.m.