英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団 2015年日本公演 シェイクスピアの国が誇る バレエの巨匠、ピーター・ライトによる 衝撃的演出が胸を打つ! 『白鳥の湖』

 ライト版『白鳥の湖』全体に漂うゴシックな雰囲気を決定づけているのが、プロローグでの国王の葬列の場面。他のバージョンにおいては、宮廷に国王がいない理由がはっきりしないものの、ライト版では、独自の葬列場面が挿入されることによって、国王の崩御が最近起こったばかりの出来事であり、王妃だけでなく宮廷全体が喪に服していることがわかる。
 国王の死によって、今まで自由気ままに生きてきたジークフリート王子は、愛してもいない相手と結婚し、すぐにも王位を継承しなければならないという大きなプレッシャーにさらされる。この、王子に突如強いられた運命が、彼の行動一つ一つの明確な動機付けとなって、王子がなぜ1幕から沈み込んでいるのか、なぜ悪魔に捕われた悲劇の白鳥姫に心惹かれ、最後には愛する彼女とともに命を捨てる決断をしたのかといった心理を浮き彫りにし、一面的になりがちな王子役を、観客が深く共感できる生身のキャラクターへと生まれ変わらせたのである。

photo:Bill Cooper
 ライト版『白鳥の湖』には、他のバージョンに出てくる家庭教師役や道化役は出てこない。代わりに登場してドラマの触媒的役割を果たすのが、ジークフリート王子の友人ベンノの存在だ。宮廷で唯一王子の心を理解する人物であり、ふさぎ込んだ王子を元気づけようと、パーティーを企画したり高級娼婦を連れて来たりする。
 ハムレットの親友ホレーシオを彷彿とさせるベンノは、ドラマティックなラストシーンにも登場する。オデットと王子が湖に身を投げた後、他のバージョンでは二人が天国で結ばれ、愛の勝利を高らかに謳うフィナーレになることが多いが、ライト版では、湖のほとりに打ち上げられた王子の身体を抱え上げて嘆くベンノの姿が、愛し合う二人の尊い命が失われたことは悲劇以外の何物でもないことを示す。

photo:Bill Cooper
 ビントリー芸術監督と主演ダンサーたちが、ライト版『白鳥の湖』のお気に入りの場面として口を揃えて挙げたのが、第4幕のオデットと王子のパ・ド・ドゥだ。プティパとイワーノフによる原典の振付にはない踊りではあるが、ビントリー監督が「原典版より遥かに優れている」と高く評価するこのパ・ド・ドゥでは、ジークフリート王子に裏切られ、人間の姿に戻る望みを絶たれたオデットが、それでもなお王子を許し、二人が愛を確認し合う過程が丁寧に描かれている。有名な2幕のパ・ド・ドゥにも匹敵するこの美しい場面が挿入されているからこそ、悲劇的な結末が一層胸を打つものとなるのである。



振付家:ピーター・ライト Peter Wright

ロンドン生まれ。1977年から95年までサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団(90年より英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団、BRB)芸術監督を務めた(95年より名誉芸術監督)。『眠れる森の美女』『コッペリア』『白鳥の湖』などの古典作品の改訂で世界的な評価を獲得している。


サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団(現BRB)でキャリアをスタートし、プリンシパルとして活躍した吉田都さん。今回、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団2015年日本公演のアンバサダーに就任いただき、「大好きな作品」というピーター・ライト版『白鳥の湖』の魅力についてご紹介いただきました。

 「サー・ピーターご自身は、“トラディショナル”とおっしゃっていましたが、他とは違う、彼ならではの解釈が随所に見られます。もっとも特徴的なのは、冒頭の父王の葬列の場面。ここから作品全体のトーン、雰囲気が決定づけられていると思います。また、王子の友人、ベンノの存在がとても大きく、二人の友情が全幕を通して伝わってくる。サー・ピーターも“これは王子のストーリーでもある”とおっしゃいますが、このように、王子がどんな状況にあり、その心理はどうだったか、オデットの出会いでどうなったかということが、とても細やかに描かれ、わかりやすく伝わってきます。私がオデットという役柄、ストーリーにすんなりと入っていくことができたのは、そういったことも影響していたでしょう」
 自身のいろいろな思い出と繋がっている作品だとも。「一番最初に主役をいただいたのが、このピーター・ライト版の『白鳥の湖』でしたから。私はまだ20歳くらいの若手で、プリンシパルの代役として、2週間の稽古で舞台に立ちました。本作の振付の一部を手がけたガリーナ・サムソワさんが、つきっきりで教えてくださったのを覚えています。これ以降、サー・ピーターはいろんな作品で私に主役を踊らせてくれました。私の原点ともいえる作品ですね」
 主役に抜擢される前は、白鳥たち──四羽の白鳥や3幕のチャルダッシュなども踊っていただけに、「全体の流れや周りの状況がよくわかっていた。だから、より演じやすく感じたのかも知れません。あのラストシーンは自分で踊っていても衝撃的だと思っていましたし、4幕の王子とのパ・ド・ドゥも、大好きでした。とても英国的で独創的な『白鳥の湖』ですから、ぜひ皆さんにも観ていただきたいですね」


ジェンナ・ロバーツ(プリンシパル)

「ドラマティックで、物語に相応しい最高のエンディングだと思います」

 ビントリー芸術監督に「誰もが描く理想のバレリーナ像」と言わしめる、オーストラリア人プリンシパル、ジェンナ・ロバーツ。奨学金を得て15歳で英国ロイヤル・バレエ学校に入学し、ビントリー芸術監督直々の誘いで2003年にBRBに入団。完璧なプロポーションに確かな技術を併せ持つロバーツは、着実に努力を重ねて成熟したアーティストへと成長し、2011年にプリンシパルに昇進した。
 入団早々次々と大役にキャスティングされたロバーツだが、中でも出演のわずか10日前に『白鳥の湖』の主役に大抜擢されたことは特に思い出深いという。「当時の私はまだとても若くて経験もなく、短いリハーサル期間だったので、本当に大変でした。でも、終演後にピーター・ライト卿が会いに来てくださって……。目に涙を浮かべていらっしゃいました」
「『白鳥の湖』は私にとってとても大切な作品。長年演じてきて、自分なりのキャラクターを作り上げてきました。初めて踊った時に比べて人生経験もある今、余裕が出て来たと感じています」
「私は叙情的なダンサーと呼ばれることが多く、実際白鳥の方が素の自分に近いと感じますが、だからこそ正反対の黒鳥を踊るのはとても楽しいですね」と語るロバーツが、踊っていて一番好きなのは4幕だという。「ライト版の4幕はパ・ド・ドゥもコール・ド・バレエも本当に美しい。ドラマティックで、物語に相応しい最高のエンディングだと思います」
 王子役の英国ロイヤル・バレエ団のマシュー・ゴールディングとは旧知の友人同士。「マシューは、バレエ学校時代、パ・ド・ドゥ・クラスでのパートナーだったんです! 一緒に踊るのは12年ぶりなので、本当に楽しみです」

マシュー・ゴールディング(英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル)

「成長した今の自分の踊りを、日本の皆さんにお見せできることが本当に嬉しい」

 昨年オランダ国立バレエ団から英国ロイヤル・バレエ団に移籍したばかりのカナダ人プリンシパル、マシュー・ゴールディング。伸びやかなジャンプや切れの良いテクニックは勿論、英国ロイヤル・バレエ団入団早々『マノン』、『オネーギン』等の複雑な心理描写が要求される役でデビューして新境地を開き、目の肥えたロンドンの観客の注目を集めている。
 そんなゴールディングが初めて『白鳥の湖』の王子役を踊ったのは、2011年震災直後の日本で行われた東京バレエ団の公演。周囲の心配をよそに、「人々が苦しんでいる時にこそ、幸せを届けたい」との一心で、4月の『ラ・バヤデール』客演に続いて、6月にも来日をキャンセルしたゲストダンサーに代わって日本へ飛び、上野水香の相手役を務めた。「震災後の日本で、水香と踊った僕にとって初めての『白鳥の湖』は、とても特別な時間でした。あの時から成長した今の自分の踊りを、日本の皆さんにお見せできることが本当に嬉しいです」
「自分探しをしている王子は、自らのすべてを捧げられる愛を知って初めて、自分自身という人間を見つけたのだと思います」と王子役を解釈するゴールディング。繊細な役だからこそ、一緒に踊るバレリーナとの関係が大きく影響すると言う。
 「今回ジェンナと踊れるのは、本当に幸運です。初めて『白鳥の湖』を踊った東京で、BRBのプリンシパルになったロイヤル・バレエ学校時代の同級生と、英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとして『白鳥の湖』を踊るのですから、運命を感じますね。2011年の日本デビューは、僕にとっての贈り物。あの経験があったからこそ今の自分のキャリアがあります。だからこそ、恩返しのつもりで踊りたいと思っています」

セリーヌ・ギッテンズ(ソリスト)

「自然な演技でリアルな舞台を目指しています」

 シルヴィ・ギエムやポリーナ・セミオノワを彷彿とさせる驚くべき身体能力と、エキゾチックな容貌が魅力のバレエ団期待の大器、ギッテンズ。父親の出身地トリニダードに生まれ、「乳母車に乗っていた頃から爪先を伸ばしたりしていた」という逸話が残る生来のダンサーは、ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンス(RAD)検定試験のバレエ教師であるトルコ人の母親のもとで4歳からRAD検定試験の勉強を始めた。9歳でカナダに移住した後も研鑽を積ね、2005年アデリン・ジェニー国際バレエコンクールでゴールドメダルと観客賞を受賞。幼少時から学んだブリティッシュ・スタイルを極めるべく、2006年にBRBに入団した。
 ビントリー芸術監督も、ギッテンズの希有な才能には目を見張るものがあると語る。「セリーヌは本当にパワフル。アラベスクやアラスゴンドがあまりにも高いので、他のダンサーと踊る時は足を下げるよう注意しなければなりませんでした!」  まだソリストながら次々と大役に抜擢され、2012年には、英国バレエ史上初めて『白鳥の湖』に主演した黒人ダンサーとして一躍話題の人になったギッテンズ。「主役をいただいた時は、それが歴史を変えるなんて思ってもみなかったので、知った時はパートナーのタイロンも私も興奮しました」
 子供の頃から、母親がオデットを踊った時の写真を見て憧れ、その背中を追って来たというギッテンズの『白鳥の湖』への思い入れは人一倍だ。「大きな影響を受けたのは、イヴリン・ハートです。彼女の黒鳥はとても繊細。私も、オディールは魔法で操られているだけであって、白鳥と黒鳥をむしろ一人の人物と捉えています。瞬間瞬間のリアクションを大切に、自然な演技でリアルな舞台を目指しています」

タイロン・シングルトン(プリンシパル)

「自分自身の不安が、王位継承を前にした王子の不安とそのまま重なった」

 ノーブルでエレガント、それでいて舞台上で強い存在感を放つタイロン・シングルトンは、英国南部サリー州出身。ロイヤル・バレエ学校ロウワー・スクール(中等部)に学び、その後アーツ・エデュケーショナル・スクール在学中にコンクールでビントリー芸術監督の目に留まり、BRBに入団した。ジャズやタップなど他ジャンルのダンスも得意とするシングルトンは、様々なスタイルの作品を踊れるBRBのレパートリーの豊富さを魅力に感じたという。「デヴィッドはダンサーを芸術的に伸ばしてくれます。キャラクターを作り上げていくことに関して、現在彼以上の振付家はいないんじゃないでしょうか」
 昨シーズンにプリンシパルに昇進したばかりの28歳。『白鳥の湖』に主演したのはわずか21歳の時だった。「ライト版『白鳥の湖』の王子役は、とても複雑ですが、好きな役の一つです。テクニックは完全にクラシックなのに、とても感情的。演じていて一番好きなのは1幕の、なぜ王子が悲しんでいるのかという、キャラクターを見せていく過程ですね。王子の双肩には、とてつもないプレッシャーがのしかかっていますが、彼はなんと言ってもまだ若いんです。初めて踊った時は、王子役をきちんとこなせるだろうかという自分自身の不安が、王位継承を前にした王子の不安とそのまま重なりました。今はより自信も付き、成熟したと感じます」
 共演を重ねるセリーヌ・ギッテンズとのパートナーシップも強固になるばかりだ。「お互い信頼し合えるセリーヌとは、テクニックのことは考えず、役を演じることに没頭できます」


2015年日本公演
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
「シンデレラ」「白鳥の湖」

会場:東京文化会館

「白鳥の湖」

2015年
4月25日(土)2:00p.m. [オデット/オディール:ジェンナ・ロバーツ  ジークフリート王子:マシュー・ゴールディング]
4月26日(日)2:00p.m. [オデット/オディール:セリーヌ・ギッテンズ  ジークフリート王子:タイロン・シングルトン]
4月27日(月)6:30p.m. [オデット/オディール:ジェンナ・ロバーツ  ジークフリート王子:マシュー・ゴールディング]

「シンデレラ」

2015年
5月1日(金)6:30p.m. [シンデレラ:エリシャ・ウィリス  王子:イアン・マッケイ]
5月2日(土)2:00p.m. [シンデレラ:平田桃子  王子:ジョセフ・ケイリー]
5月3日(日・祝)2:00p.m. [シンデレラ:エリシャ・ウィリス  王子:イアン・マッケイ]

指揮:フィリップ・エリス(「白鳥の湖」)、ポール・マーフィー(「シンデレラ」)
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

【入場料[税込]】

S=¥18,000 A=¥16,000 B=¥14,000 C=¥11,000 D=¥8,000 E=¥5,000
エコノミー券=¥4,000 学生券=¥3,000

*エコノミー券はイープラスのみで、学生券はNBS WEBチケッットのみで2015年3月20日(金)より発売。25歳までの学生が対象。公演当日、学生証必携。
★ペア割引(S,A,B席)あり
★親子ペア割引(S,A,B席)あり。1月30日(金)より発売。


【そのほかの公演】

「白鳥の湖」

5月6日(水・休)
愛知県芸術劇場大ホール [TEL 052-241-8118]

「シンデレラ」

5月9日(土)
兵庫県立芸術文化センター [TEL 0798-68-0255]