シルヴィ・ギエム 〈ライフ・イン・プログレス〉 シルヴィ・ギエム インタビュー 成長し続けることで初めて人生には意味がある最後のツアーでも、今を生きる振付家たちと新しい作品を創作しようと決めたのです Photo:Gilles Tapie

photo:Bill Cooper

「ヒア・アンド・アフター」

 19歳でのパリ・オペラ座バレエ団史上最年少エトワール昇格、英国ロイヤル・バレエ団への電撃移籍、そして近年の振付家との創作など、シルヴィ・ギエムは常に前例のない道程を前に前にと突き進んできた。そんな生きざまを象徴するかのように、〈ライフ・イン・プログレス〉と題されたギエム最後の舞台公演。5月のロンドン公演中に、ギエム本人から、最後となるツアーへの思いを聞いてきた。
 「私の人生、それは学びと発見の連続です」。まっすぐと、迷いのない目で言い切るギエム。最後のツアーにあたって、過去の代表作ばかりのプログラムにすることは全く考えなかったという。「過ぎ去ったことを振り返るのは無意味です。ライフ・イン・プログレス――成長し続けることで初めて人生には意味があるという姿勢を貫き、リスクを承知で、最後のツアーでも今を生きる振付家たちと新しい作品を創作しようと決めたのです」
 ラッセル・マリファント振付による新作「ヒア・アンド・アフター」は、ギエムにとっても初の挑戦となる女性同士のパ・ド・ドゥ。最後まで新しいことに挑戦したいとギエムからマリファントに提案した。膝を手術したばかりのマリファントに代わって彼がイメージする動きを身体で示したり、イタリア人ダンサー、モンタナーリのために英語の指示をイタリア語に通訳したりと「一人三役で大忙しだった」と創作過程を振り返る。流動的でありながら連続写真のように一瞬一瞬が鮮明な印象を放つ、静と動のコントラストが際立って美しいマリファントの真骨頂ともいえる作品だが、マイケル・ハルスによるほの暗い照明の中で、もう一人のダンサーの気配を感じながらユニゾンで踊るのには、ソロとは全く別の集中力を要するという。
 ギエムによれば、マリファントが叙情に満ちたポエティックな振付家だとしたら、アクラム・カーンは全く正反対の、炎のようなエネルギーの持ち主。カーンによる新作「テクネ」は、ギエム自身の関心である環境問題から着想を得て振付けられた。「私にとって、この作品は“失われたコミュニケーション”がテーマ。地球を、自然を壊してきた私たちが失ってしまったものは、取り返しがつかないほど大きいのです」と地球の未来を憂うギエムが、植物とも動物とも人間ともつかない生き物と化し、枯れた木の周りで踊る。3月の初演から、今も公演の度に少しずつ変化し続けているという、まさに進行形の作品だ。

photo:Bill Cooper

「バイ」

 一方、プログラムの最後はこれしかないと決めていたのが、2011年震災後の日本でも上演されたマッツ・エック振付の「バイ」だ。その年、まだ引退時期は決めていなかったものの「最後にもう一度一緒に作品を作りたい」とエックに電話すると、すぐさま一人の女性の物語をモチーフにした作品のアイデアを提案してきた。「彼は、私が探究心旺盛で挑戦好きなことや、私の中の子どものように無垢で繊細な部分のことを、全部理解してくれています。そうした要素を取り入れたこの作品は、マッツ・エックによる、私という人間の一つの解釈なのです」
 ギエムが自身のダンサーとしての物語を終えようとする今、その決断に迷いは一切ない。「私は今この瞬間していることを最大限に楽しみたいし、もうやりたくないと思うまで続けたくはありません。これはある女が一つのストーリーを去っていく物語ですが、だんだんと現実と重なってきて、踊っていてもこみ上げてくるものがあります」
 孤高の存在と呼ばれたギエムの生き方、そしてその強さがどこからきているのだろうかと問うと、それは“直感”と“恐れ”だという意外な答えが返ってきた。先入観にとらわれない鋭い直感、そしてダンサーとしての限られた時間の中で間違った決断により貴重な時間を失ってしまうことへの恐れが、ぶれることなく彼女をここまで導いてきた。「私にとって大切なのは、自分で選択すること、そしてその選択に責任を持つこと。舞台は特別な場所、特別な瞬間です。だからこそ、他人からかつての経験だけを理由にこうしなさいと指示されても、それを妥協してそのまま鵜呑みにするようなことは出来ません。自分の目で見て、自分自身の力で探求し、自分なりのやり方を見つけたいのです」
 これまで43度来日した日本も、そんなギエムの心の琴線に触れた場所の一つであり、不思議な縁を感じずにはいられないという。生まれて初めて飛行機に乗って外国の観客の前で踊ったという日本で、あたかもこうなることが運命だったかのように、ダンサーとして最後の踊りをみせることになった。そして全国公演*では、ギエムが愛してやまない「ボレロ」も踊る。
「この作品を最後に踊る場所、それは日本以外にありえません。色々なことが始まった日本で、『ボレロ』に、お客様に、舞台に、沢山のことに“さよなら”をする――とても筋が通っているでしょう?」
 〈ライフ・イン・プログレス〉ツアーのメイン・イメージになっているのは、バレエを始める以前の、5歳頃のギエム本人の写真だ。「これからの自分の人生に何が起こるか、想像もつかなかった頃です。今私に必要なのは、新しい人生のスタート――それも、この写真の中の小さな私のように、まっさらな状態のスタートが必要なのです」

*本文中の全国公演は、〈シルヴィ・ギエム・ファイナル〉として、12月9日(水)〜12月30日(水)に開催。

ギエム、ローレンス・オリヴィエ賞特別賞受賞

イギリスの名優ローレンス・オリヴィエの名を冠する「ローレンス・オリヴィエ賞」は、ロンドン演劇界で最も権威のある賞として知られています。ロンドンでその年に上演された優れた演劇やミュージカル、オペラ、ダンスなどの部門があります。39回目となる今年、去る4月、ロンドンのロイヤル・オペラハウスで2015年の受賞者・受賞作の発表および授賞式が開催され、シルヴィ・ギエムは特別賞を受賞しました。100年に一人の天才と呼ばれ、活躍してきた彼女の素晴らしいキャリアを祝すものとなりました。


シルヴィ・ギエム
〈ライフ・イン・プログレス〉

【公演日】

2015年
12月17日(木)7:00p.m.
12月18日(金)7:00p.m.
12月19日(土)2:00p.m.
12月20日(日)2:00p.m.

会場:東京文化会館

【予定される主な配役】

アクラム・カーン振付「テクネ」
ラッセル・マリファント振付「ヒア・アンド・アフター」
マッツ・エック振付「バイ」(「アジュー」改題)
ウィリアム・フォーサイス振付
「イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド」(東京バレエ団)
イリ・キリアン振付「ドリームタイム」(東京バレエ団)
出演:シルヴィ・ギエム、エマニュエラ・モンタナーリ(ヒア・アンド・アフター)、東京バレエ団
*音楽は特別録音による音源を使用します。

【入場料[税込]】

S=¥19,000 A=¥17,000 B=¥15,000 C=¥10,000 D=¥8,000 E=¥6,000