特集 ミラノ・スカラ座バレエ団 「ドン・キホーテ」 開幕直前! 現地レポート&ダンサー・インタビュー

ミラノ・スカラ座といえば世界にその名を轟かすオペラの殿堂だが、そのバレエ団もまた、1778年に現在の歌劇場の開場と同時に設立された由緒あるカンパニーである。19世紀にはマリー・タリオーニ、ファニー・エルスラーら稀代の舞姫、20世紀後半には生え抜きのカルラ・フラッチや時代の寵児だったルドルフ・ヌレエフらがたびたびその舞台に立った他、付属のバレエ学校からは、後に『白鳥の湖』の初演者となるピエリーナ・レニャーニらを輩出した。
現在でもロベルト・ボッレ、スヴェトラーナ・ザハロワ、レオニード・サラファーノフら華やかなゲストの名前がプログラムを彩るが、その妙技に酔うだけでなく若手の成長を見守ることが、現地の観客の気質だとか。
そのことを象徴するように、2015/16年のシーズンを締めくくったアレクセイ・ラトマンスキーによるプティパ/イワーノフ復刻版『白鳥の湖』は、団員ばかり三組の主演キャストを揃え、じつにみごとな出来栄えだった。そもそもの強みである豊かで自発的な個々の表現力に加え、古い時代の舞踊や衣裳のスタイルがよく再現され、この名作が生まれた時代にタイムスリップしたかのよう。
赤、白、金を基調とする観客席には華美とは無縁の風格があり、見渡すほどに美しい。もしかしたらレニャーニの魂もこのどこかに舞い降りて、満足気に舞台を見つめているのではないか――ふとそんな夢想に捕らわれるほど、歴史の重みと現在の充実を実感する舞台だった。

ニコレッタ・マンニ

 2013年にミラノ・スカラ座バレエに入団し、翌年にはプリンシパルに昇進。ニコレッタ・マンニは、すでに現在の同団の顔といってもよい存在だ。最近はロベルト・ボッレやレオニード・サラファーノフら有名ゲストとの共演も多く、今年6月には、ローラン・プティ振付『ノートルダム・ド・パリ』の主役として東京に招かれたばかりだ。

── バレエを始めたきっかけは?

マンニ:母がバレエ教室を開いていたので、2歳のときに自然に始めました。母に付いて行って、初めは遊んでいるような感覚でしたが、次第にバレエに恋してしまったんです。母は私を無理やりダンサーにしようとはしませんでしたが、私自身がスカラ座バレエ学校に入りたいというと、応援してくれました。

── スカラ座バレエ学校を卒業後は、まずベルリン国立バレエ団に入団されました。

マンニ:卒業の時私は17歳でしたが、イタリアでは18歳にならないとバレエ団に入れないのです。それで国外のオーディションに目を向け、最初に受けたベルリンに合格。当時芸術監督だったウラジーミル・マラーホフから契約をもらい、3年半在籍しました。2011年の来日公演にも、マラーホフ版『シンデレラ』とエイフマン振付『チャイコフスキー』のコール・ドとして参加したんですよ。

── 今回は、『ドン・キホーテ』で同い年のクラウディオ・コヴィエッロと共演します。

マンニ:若手にどんどんチャンスを与えてくれるのがスカラ座のいいところですが、クラウディオとはこの作品を習いだした時期も一緒、他にもヌレエフ版『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』で組んでいるし、共に成長してきたという気持ちがあります。
 ヒロインのキトリは自分に近い性格で、好きな役です。第1幕はパワーに溢れ、第2幕はロマンティックに、そして第3幕は幸せな結婚式でしかもテクニックを全開にしてと、様々な面を出せるのも楽しいですね。お父さんやガマーシュ、キホーテなどバジル以外にも周囲の役との演技のやりとりが多いのも気に入っています。色彩豊かでお客様にとっても楽しいバレエだと思うので、日本のみなさんの前で初めてこれを踊れるのを幸せに思っています。

 キトリの他にも強いキャラクターの役、特に『白鳥の湖』のオディールが好きだったが、7月にラトマンスキー版を主演して「オデットのことも大好きになった」というマンニ。言葉の端々に充実ぶりを感じさせる新進のスターの、輝くような舞台を期待したい。

クラウディオ・コヴィエッロ

 前回2013年の来日公演では『ロミオとジュリエット』に主演した、イタリア人プリンシパルのクラウディオ・コヴィエッロ。その若くエレガントなロミオを、覚えている方も多いだろう。本拠地でのシーズンを終えた直後の彼に、お話を伺った。

── バレエを始めたきっかけを教えてください。

コヴィエッロ:5歳のとき、夏休みのアクティビティとして始めました。バレエといっても音楽に合わせて身体を動かすようなものでしたが、活発な子供だった僕には向いていたんですね。夏休みが終わると、両親がバレエ学校を探してくれました。初めは古典バレエの何たるかも良く分かっていなくて、唯一知っていたのが、当時すでに大スターだったロベルト・ボッレ。その完璧な身体美を見ては、いつかは自分もこんなダンサーになりたいと感じていました。

── 今回踊られる、ヌレエフ版『ドン・キホーテ』の魅力は?

マンニ:まずは、バジル役のキャラクターです。他の劇的なバレエの主役とも、素のままの自分とも違うので、なりきるのはチャレンジでもあり、楽しみでもあります。もちろん、ヌレエフの振付は男性の踊りの数が多いし、普通は右回りだけのところに左右両方の回転があったりと、技術的にも難しい。でも作品の本当の見どころは、この振付だからこそ醸し出せる独特のチャーミングさと、場面ごとのムードの変化だと思います。特に最後のグラン・パ・ド・ドゥでは、結婚する二人の心の高まりを伝えたいですね。

── パートナーは、同じくイタリア人プリンシパルのニコレッタ・マンニです。

コヴィエッロ:彼女と踊るのは、とても気持ちがいいですよ。僕たちは同い年だし、同僚というだけでなく友人としても気持ちの通じる相手。特に今回のキトリは、パワフルで技術も強い彼女に似合いの役で、踊る喜びが僕にも伝わってきます。

── 前回公演の際の日本の印象は?

コヴィエッロ:憧れだったロミオ役でデビューした特別なツアーでしたが、そのこと以外に、ひとつ忘れがたい思い出があります。僕はいつもお守りにブレスレットをしているのですが、開演直前にそれを外し、袖にいたスタッフの方に預けてそのままに…‥なくしたものと諦めていましたが、ある日スカラ座宛に東京から一通の封筒が届き、中からそのブレスレットが出てきたんです。これには本当に感動しました。その日本で再びみなさんのために踊れる日を、心待ちにしています。

 スカラ座にいると全てが美に包まれており、特にリハーサルの舞台から誰もいない客席を見渡すたびに歴史の重みを実感するというコヴィエッロ。イタリア的な陽気さの横溢する『ドン・キホーテ』の中心に立つ彼の姿が、今から楽しみだ。

マリア・コチェコトワ

 古典では正統派のテクニックで劇場を沸かせ、現代作品では捻りの効いた表現で観客を瞠目させる。ロシアに生まれ、米国を拠点に活躍するマリア・コチェトコワは、盤石の技術とモダンな表現を武器に、現代社会を颯爽と駆け抜けるバレリーナだ。その彼女が9月に東京で踊るのは、十八番とも言える『ドン・キホーテ』。来日公演について、またファッションや芸術等についてお話を伺った。

── 2009年の世界バレエフェスティバルではキトリ役を踊り、センセーショナルな成功を収められました。『ドン・キホーテ』は得意な作品では?

コチェコトコワ:キトリは大好きな役で、もう何年も踊っているの。今まで6つ異なる『ドン・キホーテ』を踊ったことがあるのよ。最初の頃に比べると、今はもっと舞台上でリラックスして、明確なイメージを持って踊ることができるわ。

── 9月に東京で踊られるは華やかで見所満載のヌレエフ版です。

マンニ:ヌレエフ版を踊るのは初めてなので本当に楽しみ。様式の点でも技術的な面でも私が踊ってきた版と違うから、そういった意味ではチャレンジね。スカラ座バレエ団との共演は今回が初めて、イワン(・ワシーリエフ)と踊るのも久しぶり。新しいことに挑戦できるからわくわくしているのよ。アーティストとして成長できるような新しいチャンスは、いつも東京が与えてくれるの!

── バレエの外では、ハーパーズ・バザーやヴォーグ等の有名ファッション誌にも登場するなど、コチェトコワさんはファッショニスタとしても世界的に有名です。

マンニ:深く考えた結果ではなくて、自然な流れなの。バレエはとても厳格な世界だから、どこかで自由にしたいと思ったのかもしれないわ。洋服はそれを着ている人の人柄を語るから。私はまだ知名度のない才能ある若手デザイナーが好き。例えばメゾンキツネやジュリアンデイヴィッドは、関係者とも親しいの。

── 同時に現代アートや映画、音楽など、幅広い芸術に関心をお持ちですね。

コチェコトコワ:アーティストはみんな、芸術全般で何が起きているのか興味を持って当然よ。だって全てはつながっているのだから。舞台上では何も隠せないの。知性も、自分が誰であるかも。だから自分の内に表現すべきものを持っているのは重要。私はギャラリーへ行ったりすることでインスピレーションを得ているの。

── 最先端のファッションやアートがお好きとのこと。ならば東京はコチェトコワさんにとって刺激的な街なのでは?

コチェコトコワ:そうなの! 人も食べ物も文化も大好き。東京では次々と新しいことが生まれていて、限られた滞在時間ですべてを知るのは不可能ね。もしタイミングさえ合えば、実際に何年か住んでみたいと思うわ。公演で訪れる世界の他の場所に対しては、一度もこんなふうに感じたことはないの。東京だけなのよ。

 バレエだけでなく幅広い芸術に接して、表現者として日々進化を続けるコチェトコワ。9月の東京公演では彼女の新たなキトリ像が見られるに違いない。バレエファン必見の舞台になりそうだ。

レオニード・サラファーノフ

 夏の〈バレエの王子さま〉公演で、アーティストとしてのさまざまな経験に基づく、風格を増した舞台を披露してくれたレオニード・サラファーノフ。ミハイロフスキー劇場バレエに所属しながら世界中で活躍しており、ことにミラノ・スカラ座バレエ団には若い時から定期的に客演、カンパニーにもレパートリーにも親しんでいる。その彼が9月のスカラ座バレエ団公演への意気込みや見どころを語ってくれた。

──ヌレエフ版『ドン・キホーテ』のバジルを踊る醍醐味についておしえてください。

サラファーノフ:マリインスキー劇場やミハイロフスキー劇場、ボリショイ劇場でも『ドン・キホーテ』は上演されていますが、それらよりもさらに技術的に難しいのがヌレエフ版です。特に1幕の登場場面が難しいのですが、その後も続いてたくさんの踊りがあります。おかげでこの作品を踊るときはいつも肉体的に最高のコンディションを得ることが出来て、スタミナもつきます。自分にとっては毎回が挑戦ですが、もっとも好きなプロダクションです。

──ヌレエフ版『ドン・キホーテ』の演出全体についていえば、どんなところがお好きですか?

サラファーノフ:ヌレエフ版は最初から最後までとても好きです。たとえばジョン・ランチベリーが編曲した音楽ですね。音色豊かなオーケストラ編成が特徴的で、古典的というよりはフォークロアに近い感じと言ったら良いでしょうか。スペインの民俗曲にとても似ているんです。それから舞台上に存在するたくさんのディテールも気に入っています。出演者数も非常に多いですし、何よりも踊り、踊り、踊りの連続です。テクニックや超絶技巧の極致です。

──以前と今を比べて、バジル役に取り組む際の違いがありますか。

サラファーノフ:全般的な違いがあります。9年が経ちましたからね。私の生活は完全に変わりましたし、私の踊りも変わりました。経験からくる自信や落ち着きを得て、舞台上で起こっていることに対して自覚的になりました。それに加えてパートナリングですね。今は誰とでも組める自信があります。経験を積んだからでしょうね。それぞれのバレリーナに合うやり方はみんな違うんです。相手の身体のバランスを自分の腕だけでなく身体の内側から感じて、彼女と共に呼吸する感覚です。それからおそらくナチョ・ドゥアトの作品を踊ったことも大きいでしょう。相手の動きを後頭部のみでも感じることが求められます。そこで得た経験を今では古典作品を踊る時にも活かしています。

──あなたはスカラ座バレエ団に何度も客演しています。あなたにとってスカラ座とは?

サラファーノフ:私はこの劇場に育てられたと言っても過言ではありません。自分にとって初めてのゲスト契約を結んだのもスカラ座ですし、たくさんの経験を積ませていただきました。バレエ団のレベルもマハール・ワジーエフ監督のおかげで非常に上がりました。世界のトップのバレエ団と比べても遜色はありません。このバレエ団と共に成長することが出来て幸運でした。

──この3月にスカラ座バレエ団の新鋭プリマ、ニコレッタ・マンニと『ドン・キホーテ』を共演しました。

サラファーノフ:彼女とは数回踊りました。彼女は若いですが、すでにイタリア・バレエを代表するバレリーナだと言えると思います。訓練することを愛する、本当のプロフェッショナルです。

──お子さんが3人いらっしゃいますね。末っ子のアレクサンドル君は昨年末にお生まれになったばかりです。

サラファーノフ:以前は仕事だけの日々だったのですが、今は何よりも大事なのが家族です。家族が支えてくれているという確信があるので、舞台上でも以前より自信を持って踊ることができています。夜遅くに帰宅した時の、遠くから聞こえてくる小さな裸足の足音と「パパが帰ってきた!」という声は何物にも代えがたいです。

──自由な時間には何をなさっていますか?

サラファーノフ:おむつを替えています(笑)

ミラノ・スカラ座バレエ団
「ドン・キホーテ」全3幕

【公演日】

2016年
9月22日(祝・木)2:00p.m.
9月23日(金)6:30p.m.
9月24日(土)1:30p.m.
9月24日(土)6:00p.m.
9月25日(日)1:30p.m.

演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
会場:東京文化会館

【予定される主な出演】

キトリ:
エリサ・バデネス(9/22、9/24夜)
マリア・コチェトコワ(9/23、9/25)
ニコレッタ・マンニ(9/24昼)

バジル:
レオニード・サラファーノフ(9/22、9/24夜)
イワン・ワシーリエフ(9/23、9/25)
クラウディオ・コヴィエッロ(9/24昼)

【入場料[税込]】

S=¥19,000 A=¥17,000 B=¥15,000 C=¥12,000 D=¥9,000 E=¥6,000
エコノミー券=¥4,000 学生券=¥3,000

*エコノミー券はイープラスのみで、学生券はNBS WEBチケットのみで8月7日(金)より発売。
★ペア割引(S,A,B席)あり
★親子ペア券(S,A,B席)あり

*表記のキャストは2016年8月22日現在の予定です。カンパニーの都合等により変更になる場合があります。
《キトリ変更のお知らせ》

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