財団法人 日本舞台芸術振興会 HOME最新情報NBS公演一覧チケットの予約チケットの予約
 




 
 1998年10月、ベジャール・バレエ団によってイタリアのトリノ・ダンスフェスティバルのオープニングに初演されたモーリス・ベジャールの新作は、観客や批評家たちを少なからず驚かせました。20世紀の舞踊界にさまざまな革新をもたらした現代バレエの巨匠ベジャールが、よりによって、誰もが知るチャイコフスキーの名曲にのせたクラシック・バレエの代表作「くるみ割り人形」を題材に取り上げたからです。
周知の通り「くるみ割り人形」は、少女クララのクリスマスの夜の不思議な体験を描く夢あふれるファンタジー。同時に、やがて来る大人の現実世界に適応してゆくための思春期のイニシエーションのドラマとして読み解かれる名作です。
 いっぽうベジャール版「くるみ割り人形」の主人公は少年ビム。彼は振付家ベジャールそのものであり(ビムは幼年時代のベジャールの呼び名)、生まれ育ったマルセイユでの7歳の頃の体験がベジャール自身のナレーションによって観客に語りかけられます。

思い出すなあ! クリスマス。マルセイユ、ツリー、馬、プレゼント。
それに、13個のデザート。その中でいちばん好きだったのは、くるみ!
特に、くるみを割るのが好きだった。
父は、小さな脳みそみたいな、くるみの中身をみせてくれた。
思い出すなあ、おかあさん。
あれはぼくが七つのとき、ある晩、おかあさんがこう言った。
「ママはね、長い長い旅に出るの。いい子でいるって、約束してね」
思い出すなあ、クリスマス!
 舞台で繰り広げられるのは、ベジャールの少年時代の体験をもとにした摩訶不思議な出来事の連鎖です。妹と演じた「ファウスト」のお芝居ごっこ、コミックでおなじみの猫のフェリックス、ボーイスカウト修行、ミュージックホールで見た天使や妖精のような光り輝く生き物、闘牛、中国人のように自転車に乗る人々、街角に響くシャンソン…。
 ごく個人的な思い出のひとコマずつが振付家の想像力とユーモアによって飛翔し、予想もつかない場面となってつぎつぎ展開されてゆきます。本作品は、巧みな演出で定評のあるベジャール作品の中でも、子どもから大人まで楽しめる、群をぬくエンターテインメントといえるでしょう。
思い出すなあ。ぼくは子供の頃、いつもこう言ってた。
「大きくなったらぼくはママと結婚するんだ!」
ぼくが7歳のとき、母は長い旅に出た。そしてしばらくして、
ぼくはバレエと結婚した。


 しかし、この作品で何よりも強い印象をもって再現されるのは「長い旅に出てしまった美しい」“母”への想いと、その後の彼の人生のすべてとなった舞台芸術への憧憬です。物語はクリスマスの夜、亡くなったはずの“母”が現れてビムにプレゼントを贈る場面で始まります。その後も“母”は、写真の中の懐かしい姿や神秘的な衣裳、少女のようなドレスなどたびたび姿を変えて登場し、ビムと親密なパ・ド・ドゥを踊り、また象徴的なヴィーナス像となって燦然と舞台に存在します。いっぽうマリウス・プティパあるいはメフィストの象徴である“M…”は、あるときは父親、あるときはバレエ教師となってビムを舞台芸術の世界へと導いていきます。
 “母”を“王子”に、“M…”を“ドロッセルマイヤー”に当てはめて読むと、この作品はまさに古典「くるみ割り人形」のベジャール版。やがて20世紀を代表する振付家へと成長する、ひとりの少年の多感な思春期が、共感を呼ぶ普遍的な物語として繰り広げられると同時に、そこに偉大な芸術家の創造の源泉を読み解くこともできるのです。
 
Photo : Kiyonori Hasegawa
 
このページのTOPへ
 
   サイトマップ   |   お問い合せ   |   NBSについて

Copyright 2006 by 財団法人日本舞台芸術振興会