私はいつも、前を向いて進んできました。
知らなかったことを発見し、
リスクをとって新しいことに挑戦し、学び続けてきました。
だからこそ、ダンサーとして最後の舞台までその姿勢を貫き、
私が尊敬する今を生きる振付家との新作に挑戦することにしたのです。
ライフ・イン・プログレス―私は後ろを振り返ることなく、
前に進んでいきます。

「テクネ」Photo:Bill Cooper

シルヴィ・ギエムはつねに驚きをもって語られるバレリーナだ。それが彼女がまだパリ・オペラ座バレエ学校の最上級生だったときの初々しい『二羽の鳩』だろうと、燦然たる『グラン・パ・クラシック』だろうと、『白鳥の湖』等の古典、あるいは『ロミオとジュリエット』のような劇的なバレエ、さらにはベジャールの『ボレロ』や、もっと最近のコンテンポラリー作品だろうと変わらない。一度でもその舞台に接した人であれば、ほとんど彼女が踊りだすか踊りださないかのうちに走った戦慄に近い感覚を、忘れることなどありえないはずだ。

驚きをもたらすのは、まずはその圧倒的な身体能力。「6時のポーズ」と呼ばれるあの、片方の脚を垂直にさし上げて微動だにしないバランスや、細身の身体が舞台空間に掘りあげる鋭い輪郭。トウシューズを履かない最近のレパートリーでも、その安定感と自在さ、そこから生まれる威厳は少しも変わらない。

技術的な側面に息を呑んだら、次に待っているのはその表現の深味だ。1980年代半ばにパリ・オペラ座バレエの新星として登場しギエムは、やがてロンドンに本拠地を移し、英国流の物語バレエに正面から取り組む。そのアプローチは徹底したリアリズムとも呼べるもので、ときにバレエの様式性や振付家自身とも衝突しながら、あたかもバレエ嫌いがバレエの欠点をあげつらうかのような視点で問題点を洗い出し、五感を総動員して演じ、また観られるかのようなヒロイン像へと変えていった。ギエム以降、女性ダンサーの開脚は極端に大きくなったとも言われるが、その脚の表現の密度や真の優美さにおいて、彼女に匹敵するバレリーナは今なお稀だ。

私達日本の観客がほんとうに幸運だと思うのは、彼女がほぼ毎年のように来日し、そのレパートリーの大部分を踊っていることだ。頻繁には凱旋しなかったパリよりも、彼女が同等に心血を傾けたベジャールらの現代作品に熱心でなかったロンドンよりも、私達は彼女の全貌(に近いもの)を観てきたのだ。

そのギエムが50歳を迎える今年の末に、引退する。パリ、ロンドン、東京の三都市との当初の予定から追加また追加で、文字通りのワールド・ツアーとなった演目に今回のための新作が並ぶのは、「ライフ・イン・プログレス(進化し続ける人生)」という公演タイトルそのままの、彼女の心身の強靭さや情熱を体現するかのようだ。

待ち詫びる一方で、だがその日は永遠に来てほしくないとも思う。“ギエムがいなかったバレエ界”を想像するのが不可能で無意味なのと同じくらい、“ギエムがいなくなった後のバレエ界”を想像するのは難しいのだから。

History of Guillem
1977 パリ・オペラ座バレエ学校入学
1981 パリ・オペラ座バレエ学校日本公演で初来日
1981 パリ・オペラ座バレエ団入団
1983 ヴァルナ国際バレエ・コンクール金賞受賞
1984 パリ・オペラ座史上最年少でエトワールに昇進
1985 「白鳥の湖」で東京バレエ団と初共演(パートナーはルドルフ・ヌレエフ)
1986 パリ・オペラ座バレエ団日本公演に初めて参加
1988 世界バレエフェスティバル(第5回)に初めて出演
1989 英国ロイヤル・バレエ団に移籍
1990 クリスチャン・ラクロワのイベントで東京バレエ団と「ボレロ」。翌年も同作で東京バレエ団と共演
1992 英国ロイヤル・バレエ団日本公演に初めて参加
1993 東京バレエ団〈ベジャール・ガラ〉に客演。その後、ベジャール作品で東京バレエ団と全国縦断公演
1995 〈シルヴィ・ギエム・オン・ステージ〉と銘打った初の全国ツアー。ベジャール作品が中心
1998 フィンランド・バレエ団に「ジゼル」を演出
2003 〈奇跡の饗演〉。ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団の演奏で、東京バレエ団と「ボレロ」
同年、〈三つの愛の物語〉と題して日本公演
2004 〈シルヴィ・ギエム・オン・ステージ〉でオリビエ賞受賞のマリファントの「ブロークン・フォール」を披露
2008 東京バレエ団第23次海外公演客演。ヴェルサイユ宮の庭園で「ボレロ」
2009 アクラム・カーンと「聖なる怪物たち」日本公演
2010 〈マニュエル・ルグリの新しき世界〉 で、パリ・オペラ座バレエ団時代以来、久々にルグリと共演
2011 東日本大震災復興支援チャリティ・ガラ〈HOPE JAPAN〉を企画、その後全国でHOPE JAPAN ツアー
同年日本で、演出家ロベール・ルパージュ、振付家ラッセル・マリファントとともに「エオンナガタ」
2014 東京バレエ団創立50周年記念ガラに出演。その直前にダンサー引退を発表
2015 3月、自身の最後のツアー〈ライフ・イン・プログレス〉をイタリアで開始
「シシィ」
「白鳥の湖」
「ラシーヌ・キュービック」
「眠れる森の美女」
「ルナ」
「PUSH」
「マノン」
「田園の出来事」

Photos:Kiyonori Hasegawa

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