2012年9月 一覧
【ウィーン国立歌劇場】 コンサートマスター フォルクハルト・シュトイデ インタビュー ~『サロメ』の演奏は、大嵐の中飛行機を着陸させるようなもの~
ウィーン国立歌劇場日本公演もいよいよ目前となりました。
開幕を飾る『サロメ』は、" オーケストラのオペラ"と呼ばれることもあるほど、管弦楽が重要な作品です。音楽総監督フランツ・ウェルザー=メストは「まず、オーケストラありき、でこの作品を選んだ」と語りました。
それもそのはず、ウィーン国立歌劇場管弦楽団で演奏するのは、世界に冠たるウィーン・フィルなのですから。
日本公演開幕を前に、『サロメ』でコンサートマスターを務めるフォルクハルト・シュトイデさんに、緊急電話インタビューを行いました。
「私たちのオーケストラには、R. シュトラウスが好きだったサウンドが
知識と経験によって受け継がれ、息づいているのです」
――ウィーン国立歌劇場では、名だたる名指揮者たちが『サロメ』を振ってきました。たとえば、ヘルベルト・フォン・カラヤンは、ウィーンを去った後も多くの録音をしましたが、こと、『サロメ』に関しては、ウィーン・フィル以外とは演奏されなかったそうです。いわば世界最高の演奏を認められた『サロメ』演奏です。オーケストラのもつ最大の"威力" はどんなところにあると思われますか?
シュトイデ:まず、『サロメ』のようなオペラを常にレパートリーとして演奏できるオーケストラは、たしかに少ないと思います。私たちは『サロメ』を含む年間約50 本の作品をレパートリーとしています。ですから、『サロメ』のようにオーケストラにとって難しいオペラでもすぐに演奏できるのです。2 ~ 3 年上演機会が無く、最初からやり直してリハーサルするのは大変だと思います。
次に、なぜ私たちのオーケストラがこの作品をうまく演奏できるかという理由としては、オペラがオーケストラの中に生き続けているからだと思います。R. シュトラウスは、ウィーン・フィルが好きだったと思いますし、私たちのサウンドを敬愛していました。自ら指揮もしています。このように作曲家が、あるオーケストラをとても近く感じていたということは、その間には、きっと目に見えない絆、そして人間的な絆もあると思うのです。オーケストラの団員は、学んだことを必ず次の世代に伝えていきますから、その当時どう演奏されたかが、全部でなくとも継承され続けていきます。もちろん、オーケストラ自身も変わっていきますし、サウンドも変わっていきますが、その当時の記憶や特別なことは、残り伝わっていくものがあるのです。たとえば私たちの楽譜のなかには作曲された時代からのものもあり、そこには当時の楽団員による書き込みがあります。単に古い昔の楽譜というのではなく、その作品がまだ生き生きと息づいているのです。そのような楽譜を開くと作曲家の息吹が感じられます。楽譜の書庫に行き様々なオペラの楽譜を手にすると、私たちはオペラハウスのオーケストラとして多くのオペラをレパートリーとしてこれまでに演奏してきたことが良く分かります。楽譜だけでなく、その作品演奏の知識もまた、受け継がれているのです。
私は「ウィーン・フィルの伝統」「伝統」とあまりに言われすぎるので、「知識と経験が次の世代に受け継がれる」という言い方をしたいと思いますが、これは、とても家庭的で、家族の中で受け継いでいくような感じなのです。大好きでよく演奏していた曲についての知識や、それを偉大な指揮者のもとで演奏した時の思い出などと共に次の世代に伝えていくのです。そうすると、とても特別な、興味深い演奏へと繋がっていくのです。R. シュトラウスの作品は、彼の人間性や感情の表現だと思います。彼の作品には、その気持ちが天才的に表現されています。ですから彼が好きだったオーケストラで、そのサウンドで演奏することは、きっと作曲家の気持ちに近いものが表現できると思うのです。
――コンサートマスターとして、また個人的に、「サロメ」演奏について特に重要に考えていらっしゃることはありますか。
シュトイデ:R. シュトラウスのオペラは特別で、バランスをとることが大変に重要です。とても濃厚なオーケストレーションで多くの楽器が演奏しますが、同時に舞台上で歌う歌手の歌詞が大切なのです。
この美しい詩的な歌詞がオーケストラに掻き消されて聴こえないのは大変に残念なことですから。でもオーケストラピットで演奏していると、R. シュトラウスのオペラの音楽はシンフォニーのように素晴らしく、オーケストラとしてブレーキが利かなくなりそうなほどなのです。まさに交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」を演奏する時のように演奏したくなるのですが、それは抑えなければなりません。それが、コンサートマスターとしての役目の一つでもあります。どうしても音が大きくなりがちなときに、同僚を押さえる方向に持っていくようにも努力しています。楽譜に書いてあるフォルテ、ピアノだけではなく、演出により歌手が舞台の後ろの方で歌わなければならない場合は、楽譜がフォルテになっていても、歌手の声が聴こえる大きさにしなければならないのです。そういう強弱は楽譜には書いてありませんから、舞台上の歌手の声を聴きながら、よいバランスを探って演奏することが大切です。
「オペラ『サロメ』の演奏は、例えて言えば、
大嵐のなかに飛行機を着陸させるようなもの。
強力な体制で最高の演奏に臨みます」
―― "香りたつような" という表現がぴったりの豊かな響きは聴衆に陶酔感を与えることになりますが、演奏していらっしゃる方たちも、『サロメ』の演奏中に他のオペラとは異なる感覚を持つことはあるのでしょうか。
シュトイデ:このオペラはとても官能的で魅惑的ですよね。特にサロメの踊りのシーンはエロチックな音楽です。豊かで、非常に深くインテンシブな感情に満ち溢れ、メロディーが雰囲気をかもし出すところだけでなく、パーカッションが入るところなどのリズムも、本当に魅惑的なオペラです。
A私は、『サロメ』は、緊張感溢れる映画のようだと思っています。この作品が書かれた当時の人たちは、現在の私たちが映画館で"すごい映画" を見るような感覚をもったのではないでしょうか? ストーリーの最後は、死人の首が運ばれて、それにサロメは接吻するのですから、何と恐ろしい話でしょう。これは恐ろしくぞっとする映画のよう。特にサロメがヨカナーンの首に接吻するところでは、鳥肌が立つほど! 恐ろしい話ですが、その音楽がすごくて、ゆっくり、ゆっくりと恐ろしさが忍び寄ってくるのです。単にあっと驚くのではなく、徐々に忍び寄る恐ろしさ、その音楽には、演奏するたびに特別の感情を持ちます。
――『サロメ』は1幕のなかに濃縮したドラマと音楽が詰まった作品です。演奏に際して、今回の日本公演のほかの2作品と異なる点は?
シュトイデ:『サロメ』は、オーケストラへの要求度が最も高いオペラです。もちろんモーツァルトが簡単というわけではありません。モーツァルトは微妙に難しいですが、大切なのは演奏スタイルとサウンドです。モーツァルトの演奏自体も、この50 年で変わってきてはいますが、ウィーン・フィルは、やはり他のオーケストラとは違うモーツァルトを演奏していると思います。しかし『サロメ』は、例えていうなら、大嵐の中に飛行機を着陸させるようなものなのです。オーケストラの最大の力を出して、演奏しなければなりません。今回の日本公演では、コンサートマスターは私一人なので、『サロメ』には、リタイヤーしているヴェルナー・ヒンクさんにも手伝ってもらうことになりました。彼は経験豊かな私たちの誇るコンサートマスターでしたし、日本が大好きですし、強力な体制で最高の『サロメ』をお聴かせできると思います。
「ウェルザー=メストの指揮で演奏すると、
躍動していくような音が出せるのです」
――コンサートマスターの立場から、マエストロ ウェルザー=メストのR.シュトラウス作品における音楽づくりの魅力や特徴はどのようなところにあると感じていらっしゃいますか。
シュトイデ:『サロメ』以外のR. シュトラウスのオペラ『アラベラ』や『影のない女』も、マエストロの指揮で演奏しています。とても良いですよ。特に彼の指揮は、常に落ち着きがあり、決して硬くならないのです。指揮者によってはR. シュトラウスを指揮すると、手も身体もこわばらせてしまうことがあったり、または演奏中に何か問題が起こると、指
揮の動きが止まってしまう場合もよくあるのですが、彼の場合はそうしたことはまったくない。力を込めすぎて指揮されると、オーケストラも変に硬くなってしまうのですが、彼の指揮は、オーケストラからとても良いR. シュトラウスのサウンドを引き出します。彼の指揮で演奏すると、躍動していくような音が出せるのです。素晴らしい指揮のテクニ
ックの持ち主だと思います。また、指揮者によっては"寸分たがわずこうあるべき"、と決め付けてかかってくることもありますが、彼の場合は"上から強制する"という指揮ではありません。私たちにパルス( 脈拍) を与えてくれるのです。指揮者ですから、もちろんオーケストラや歌手をリードするのですが、彼はとても繊細で、しかも私たちの自由裁量に任せてくれる部分もあり、それがオーケストラから良いサウンドを引き出すのに貢献していると思います。大きな音量のところでも、指揮者の圧力で押し出されるのではなく、とても自然に、大きな音がでて、それが良いサウンドになります。
――最後に、日本のファンへのメッセージを。
シュトイデ:日本の皆さまのクラシック音楽に対する造詣の深さ、その愛情の深さを、こころから尊敬しています。世界の反対側に、こんなにたくさんの音楽を愛する人たちがいることは、感激です! 多くの音楽ファンのいる日本に行けること、そしてそこでオペラを演奏できることは大いなる喜びです。皆さまに喜んで頂けるよう最高の演奏をお約束します。
NBSニュースvol.308より転載
(電話インタビュー:松田暁子)
舞台写真:WienerStaatsoper/Michael Poehn
ウィーン国立歌劇場「フィガロの結婚」 スザンナ役変更のお知らせ
ウィーン国立歌劇場日本公演「フィガロの結婚」のスザンナ役を、当初、アニタ・ハルティッヒと発表いたしましたが、ウィーン国立歌劇場側の都合により、10月20日、23日の2公演にシルヴィア・シュヴァルツが、10月28日の公演にアニタ・ハルティッヒが出演することになりました。なにとぞご了承ください。
「フィガロの結婚」スザンナ:
◎シルヴィア・シュヴァルツ 10月20日(土)3:00p.m.、10月23日(火)5:00p.m.
◎アニタ・ハルティッヒ 10月28日(日)3:00p.m
シルヴィア・シュヴァルツ
スペイン人の両親のもと、ロンドンで生まれた。声楽はマドリードの音楽学校で学び、その後ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学に学び、卒業後ミラノ・スカラ座で『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナでデビューした。
2005年にベルリン国立歌劇場のメンバーとなり、同劇場で『フィガロの結婚』のスザンナ、『魔笛』のパミーナ、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナ、『ばらの騎士』のソフィー、『ファルスタッフ』のナンネッタ、『仮面舞踏会』のオスカルなどを歌って評価を高め、ミュンヘン、ボリショイ、フィレンツェ、パリほかへと活躍の場を広げた。2007年の同歌劇場日本公演でも、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナを演じ、好評を得た。
2010/11年シーズンよりウィーン国立歌劇場のメンバー。これまでに『フィガロの結婚』のスザンナ、『ファルスタッフ』のナンネッタ、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナなどを歌っている。2012/13年シーズンには、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナ、『愛の妙薬』のアディーナ、『ばらの騎士』のゾフィー、『魔笛』のパミーナでの出演が予定されている。
ウィーン国立歌劇場 明日9/8(土) 10時より第2次発売!
4年ぶりとなるウィーン国立歌劇場日本公演の開幕まで1か月となりました。
明日9月8日(土)10時より、第2次発売の受付を開始いたします。
第2次発売は、各前売所からの回収分等、そしてカンパニー用に確保しておりました席を一部開放して、NBSチケットセンター(電話予約)とイープラスのみで受付します。一斉前売でご希望のチケットが入手できなかった方は、この機会にいま一度お問合せください。
ウィーン国立歌劇場第2次発売 申込先
●NBSチケットセンター[電話受付] 03-3791-8888
●e+(イープラス)[パソコン&携帯] http://eplus.jp/wso/
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☆「サロメ」 グン=ブリット・バークミン(サロメ) インタビュー →こちら
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