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シルヴィ・ギエム・オン・ステージ


 シルヴィ・ギエムは、常に新たな世界を探究している。ますます多様化していくギエムのキャリアを彩る人物の一人こそ、ラッセル・マリファントだ。この振付家の挑戦は、ギエムのダンサーとしての力量を大きく広げたのである。

 イギリスを拠点として活動しているマリファントは、日本でこそ知られていないかもしれないが、すでにヨーロッパならびにアジアの数カ国でツアーを行っており、彼の作品に現れる躍動感に溢れる強い身体は、観客に深い印象を与えている。そしてイギリスのダンス界でも、そのほとんどが実験的な作品のための小さなスペースで上演されているのにも関わらず、彼の作品は高い評価を受けている。昨年11月、ロイヤル・バレエのミックスプログラムで初演されたマリファントの「ブロークン・フォール」は、まさにダンス界に新風を吹き込んだ。この作品は、普段は保守的なロイヤル・オペラハウスの観客たちから熱狂的な喝采を奪い去り、さらには栄えあるローレンス・オリビエ賞の2004年度最優秀新作ダンス賞を受賞したのである。

 実は、この「ブロークン・フォール」の制作をマリファントに依頼したのは、マリファントとマイケル・ナン、そしてウィリアム・トレヴィットとの仕事を望んでいたギエム自身だった。このナンとトレヴィットとは、ロイヤル・バレエを退団したのちにKバレエ・カンパニーで踊り、そして彼ら自身のカンパニー、バレエ・ボーイズを立ち上げた二人のダンサーであることは、日本の皆さんもご存じだろう。

 ギエムがマリファントをパートナーに選んだことはたしかに意外なことだった。しかしさらに大きな驚きは、「ブロークン・フォール」の幕が開き、世界的なプリマである彼女が、裸足でショートパンツに身を包み両膝にサポーターをして、少女時代に新体操選手をしていたという彼女のバックグラウンドを思い出させるようなダンスを踊りはじめたときだった。そこには静かな抑制と親密な美しさがあると同時に、まるで豹のようなエネルギーがあり、そして時には大胆さが炸裂する。舞台上にいる3人のダンサーのなかでも、ギエムは彼女の身体と魂とを危険にさらしすらしている。そこでギエムは男性の頭上高々とリフトされたかと思いきや地面に真っ逆さまに落下し、ぎりぎりのタイミングで駆けつけたパートナーの一人に助けられるのだから。これはなにより、この3人のダンサーが分かち合っている信頼を物語るものである。ギエムは輝かしいテクニックを持つのみならず、その踊りに名状しがたいパワーを付け加えることのできるダンサーである。そしてこれこそがおそらく、マリファント作品のなんとも不思議で神秘的なパワーが、ギエムに非常によく似合う理由の一つなのだ。

 マリファントは、カナダに生まれイギリスで成長し、ロイヤル・バレエ学校を卒業した後、サドラーズ・ウェルズ(現バーミンガム)・ロイヤル・バレエに入団した。8年間のサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ時代では、19世紀および20世紀の古典などの比較的伝統的なレパートリーに出演し、とりわけ目を惹くわけではないがスタイリッシュで個性的なダンサーとして認められた。そして1988年同団を退いた後、ロイド・ニューソンとDV8フィジカル・シアター、マイケル・クラーク・アンド・カンパニー、ローリー・ブース、そしてローズマリー・ブッチャーといった数多くのフリーの振付家のもとで踊り始めた。

 この新しい経験は、明らかに彼のクリエイティブな本性を刺激したようである。マリファントは、ブラジルのカポエラ、中国の太極拳、インドのヨガ、リリースやコンタクト・インプロビゼーションといったアメリカ生まれのテクニックを含めた、さまざまな「型」を通してダンスのムーブメントへの理解を広げていく。これらの新しい知識を得て、マリファントは卓抜したダンサーとなった。彼の動きは流れるような動物的優美さを帯び、地面に倒れるときにはゴム製の骨が入っているのではないかと思わせるような身体を作りあげ、内面的には禅的な内省を身につけた。これらは彼の振付作品の特徴ともなっている。

 振付家として、マリファントは20ほどの作品をすでに制作している。自分自身に振り付けたソロ作品「進化するパラダイム」(1991年)以降、彼はデュオの振付家として注目を集め評価されてきた。彼の作品では常に音楽と照明の組み合わせに注意が払われており、実際に、マリファントと照明デザイナーのマイケル・ハルスとのコンビは、この世のものとは思えないような不思議なムードを出現させるとの評判を得ている。マリファントの作品のほとんどは彼自身の小さなカンパニーによって上演されてきたが、ナンとトレヴィットのために制作された作品のために、マリファントは次第にバレエ・ボーイズの振付家として認知されはじめている。

 今、ギエムとバレエ・ボーイズは、マリファントのフルナイト公演のために準備を整えているところである。これは9月・10月にロンドンの名高いサドラーズ・ウェルズ劇場、そして11月・12月に日本でも上演される予定である。これらの公演では、「トーション(ねじれ)」(デュオ)、「Two」(ソロ)、そして3人が踊る「ブロークン・フォール」という、エキサイティングな3作品が上演されるだろう。

「トーション」でのナンとトレヴィトは、完全に同等なペアであることを実現させた。スピードと体重をダイナミックに切り替え、一方から他方へとトスされているかのような瞬発力をもって重力に身を委ねる彼らは、デュオを踊る二人のダンサーのスタイルやパーソナリティが、セクシャルな匂いを廃しながらもこの上なく親密に通い合うさまを見せている。「Two」は、マリファントが妻であるロイヤル・バレエの元ダンサー、ダナ・フォーラスに振付けた作品だが、現在ギエムのために変更が加えられているところである。ゆっくりとして孤独、物思いに耽るようでありながら、スウィングやビートによってこの上なくなめらかに動く複雑な機械のような印象を与えるこの作品は、静止ポジションをほぼ排除することで、次に起こるであろうことの予想を見事に裏切っていく。そして最後に「ブロークン・フォール」。3人のダンサーがニュアンスに富みつつ刺激的なダンスを展開する。そしてラスト数分間、ギエムがニジンスキー版「春の祭典」のクライマックスを思わせるソロを踊る。だが生け贄に選ばれた乙女とは反対に、ギエムは自らが死を運命づけられていないことを知った人間の強さをもって踊るのだ。ついにギエムの魂と身体とが一つになったとき、ダンスは死から逃れ去る。そして観客は、多様化していくギエムの踊りに一層の生命が吹き込まれたことを確信するのである。

※ バレエ・ボーイズ Ballet Boyz‥ナンとトレヴィットが出演するテレビ番組の題名で、グループの通称にもなっている。正式グループ名は“ジョージ・パイパー・ダンセズ”
〜NBSニュース Vol.211(2004.9)より転載〜







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