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VOLKSOPER wien オペレッタ「こうもり」 オペレッタ「ボッカチオ」 オペラ「マルタ」 イントロダクション
公演概要 NEWS

 
 
 




 音楽の都ウィーンの顔 といえば、ウィーン国立歌劇場とフォルクスオーパー。国立歌劇場がちょっと澄ましているのに対し、フォルクスオーパーは気さくに語りかけてくれます。“フォルクス”とはドイツ語で“市民”という意味。老若男女を問わず、ウィーン市民はフォルクスオーパーの公演を生活の一部として楽しんでいます。心を揺さぶるメロディの洪水、渦巻くように流れるダンス、溢れ出す人生の楽しさ・・・それらすべてが渾然と一体となったのが、伝統的なウィーン・オペレッタなのです。
  これまでフォルクスオーパーは7度の日本公演の実績がありますが、しばらく来日が途絶えておりました。今回の9 年ぶりとなる日本公演を実現するにあたって、“オペレッタの殿堂”の威信をかけて用意したのがこの3 本。日本公演だけのスペシャル・キャストによる『こうもり』、浅草オペラでおなじみの『ボッカチオ』、それに「庭の千草」で有名なオペラ『マルタ』。すべてフォルクスオーパーの実力がいかんなく発揮されるプログラムですが、なかでもフォルクスオーパーがこだわったのが『マルタ』の上演。『マルタ』こそ、芸術性と娯楽性が融合した今日のフォルクスオーパーを象徴する作品であり、ぜひとも日本の観客に観てほしいとのこと。
  誰でも悲劇的な人生よりも喜劇的な方がいいと思っています。喜劇に音楽や歌がついている喜歌劇的な人生は、もっといいに決まっています。フォルクスオーパーの公演をご覧になれば、必ず幸福な気分に浸れます。さあ、これからは喜歌劇的な人生をおくりましょう。そのためには、まず日本に居ながら“音楽の都”の市民になれるこの機会に、フォルクスオーパーの喜歌劇を存分に楽しんでください。そして、どうぞ人生を楽しんでください!








 ウィーン・フォルクスオーパーはオペラ、オペレッタ、ミュージカル、ダンスのための劇場。音楽に関連した高いレベルの舞台が上演されており、18〜20世紀のオペラとならんで、オペレッタ、名作ミュージカル、コンテンポラリーダンスなど毎年100を超える演目が上演されています。
 2007年9月に、1300席を擁するこのレパートリー劇場の監督の地位をルドルフ・ベルガーから引き継いだのは、ブルク劇場の俳優ローベルト・マイヤー。オペレッタ、オペラ、ミュージカル、バレエに並び、5番目の部門として、「フォルクスオーパー・スペシャル」に演芸とパロディ風な演目を加えることで、フォルクスオーパーは演劇・音楽劇場としてもその存在感を示しています。
 現在のウィーン・フォルクスオーパーは、1898年に「皇帝祝典市立劇場」としてオープンしましたが、当初上演されていたのは芝居のみでした。オペラやジングシュピール(歌唱劇)がはじめて上演プログラムに取り入れられたのは1903年のこと。そして翌1904年にはウィーン市立劇場からフォルクスオーパー(市民オペラ座)へと名前が変更されました。
 『トスカ(1907年)』と『サロメ(1910年)』がフォルクスオーパーで初演されています。世界的に有名な歌手マリア・イエリッツァ、レオ・スレザーク、リヒャルト・タウバーなどがそのキャリアの一歩を踏み出したのは、フォルクスオーパーでした。また、アレクサンダー・ツェムリンスキーはここで指揮者として活躍し、1906年に初代カペルマイスター(首席指揮者)に就任しています。第一次世界大戦の後、フォルクスオーパーはウィーン第二の代表的なオペラハウスへと発展しましたが、1929年以降は再び軽いオペレッタも上演する「ウィーンの新たな演芸場」となりました。第二次世界大戦後には、破壊されたウィーン国立歌劇場の仮小屋としての役割を果たしました。
 1955年に国立歌劇場が再開されると、フォルクスオーパーは再びオペラ、オペレッタ、ミュージカルを上演する独立した音楽劇場となり、その後、フランツ・ザルムホーファー(1955-63)、アルベルト・モーザー(1963-73)、カール・デンヒ(1973-86)、エーベルハルト・ヴェヒター(1986-92)、ヨアン・ホレンダー(1992-96)、クラウス・バッハラー(1996-99)、ドミニク・メンタ(1999-2003)、ルドルフ・ベルガー(2003-2007)と続く歴代総監督によってフォルクスオーパーの現在の姿が形づくられています。








 
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