NBS News Web Magazine
NBS日本舞台芸術振興会
毎月第1水曜日と第3水曜日更新

NEW2026/09/02(水)Vol.549

ダンス・プロジェクトWINN
ヴェネチア・ビエンナーレで世界初お披露目
2026/09/02(水)
2026年09月02日号
TOPニュース
バレエ

ダンス・プロジェクトWINN
ヴェネチア・ビエンナーレで世界初お披露目

NBSでは2027年2月に〈WHEN, IF NOT NOW?〉(仮題)略してWINNの招聘公演を行います。WINNは「年を重ねることは衰えではなく、人生、表現、そして芸術の力強く美しい進化である」ということを強い理念に掲げた新しいダンス・プロジェクトです。ジル・ロマン、ディアナ・ヴィシニョーワ、シルヴィア・アッツォーニ、マライン・ラドメーカー 、アレクサンドル・リアブコ ほか、世界のバレエ団を担ったキャリアをもつダンサーたちが参加しています。
ヴェネツィアで開催された第20回ヴェネチア・ビエンナーレ国際現代舞踊祭において、去る7月末に世界初お披露目となったWINN公演の様子をご紹介します。

ヴェネチア・ヴィエンナーレ国際現代舞踊祭とWINNの理念

まず、ヴェネチア・ビエンナーレについて。ヴェネチア・ビエンナーレは、1895年に始まった世界最古の歴史を持つ国際芸術祭で、2年に1度、約6カ月をかけてヴェネツィア島内各所の会場で開催されています。美術、映画、建築、音楽、演劇、舞踊と幅広い部門があり、第61回の今年、舞踊部門のヴェネチア・ビエンナーレ国際現代舞踊祭は20回目を迎えました(第1回は1999年)。今回は、アーティスティック・ディレクターを世界的な振付家であるウェイン・マクレガーが務め、「Time Does Not Exist(時間は存在しない)」をテーマとする開催に、世界中から150人以上のアーティストが集結し、連日多様な公演を展開。7月17日から8月1日までの開催期間中に約1万7,000人の観客を動員しました。
ここで、世界初のお披露目を果たしたのが〈WHEN, IF NOT NOW?〉(直訳するならば"今でなければいつ?")です。シュツットガルト・バレエ団のプリンシパルとして活躍したマライン・ラドメーカーと、ドルトムント・バレエ団のバレエ・マネージャーであるスラヴァ・トゥトキンが立ち上げたこのダンス・プロジェクトは、成熟したダンサーたちが直面する「年齢」という障壁への問題提起を目的としています。芸術性を高め成熟に達した時期に所属団体を離れざるを得ず、踊る機会を失ってしまう現状や、「加齢=衰退」と捉えられがちな社会のイメージに対し、成熟した身体と表現力だからこそ到達できる身体芸術の可能性を示すことを目指しているのです。こうした理念が今回のビエンナーレのテーマと強く共鳴し、この地での初お披露目が実現しました。

島内のいたるところにヴェネチア・ビエンナーレ国際現代舞踊祭やWINNの公演のポスターが見られる

公演の会場となったのは、ヴェネツィアの発展に寄与した商人マルコ・ポーロの邸宅跡地に位置するマリブラン劇場。17世紀に開場したヴェネツィアでも屈指の歴史を誇る名門劇場です。本年1月からシュツットガルトでクリエーションを開始したという彼らは、7月半ばにビエンナーレの会場の一つであるアルセナーレで仕上げのリハーサルを行い、初日の数日前に劇場入りしました。前日に劇場を訪問すると、舞台上では照明や音響の調整、場当たりなど最終の調整の真っ只中。ダンサーたちは、みな口をそろえて"長い準備期間を経て、ようやく本番を迎えることができる......!"と胸を高鳴らせている様子でした。朝から劇場の閉館時間までみっちりとリハーサル等が組まれ、この日の午後は今回の公演のために新たに作品を手がけた振付家ジョン・ノイマイヤーが客席から何時間もかけて照明を調整。劇場での時間が限られていたこともあり、劇場には独特の緊張感が漂いました。

マリブラン劇場の裏手に掲げられているマルコ・ポーロが住んでいたことを説明する石碑

リハーサル中
照明あわせをするノイマイヤー

WINN初公演の初日、午前中には講演会場にてジョン・ノイマイヤーのトーク・ショーが行われました。イギリスの批評家サラ・クロンプトンを聞き手に、自身の振付家としての歩みや、本プロジェクトへの共感と期待が語られました。質疑応答では、参加中の若手ダンサーやハンブルクから訪れた熱狂的なファンからの質問にも答えつつ、「踊りが表すものとは何か」といった本質的な問いに対し、同氏が熱弁を振るう姿が印象的でした。劇場では昼からゲネプロが行われ、直前まで入念な調整が続けられました。

トークショ―の様子
トークショーの会場となったのはビエンナーレ常設の本会場の一つ

確実性を揺るがす不安定さや捉えどころのない不安などのメタファーとなった記憶や憧れ、別れ、変容

いよいよ迎えた初日開演は21時。真夏のヴェネツィア特有のべたつく暑さが少し落ち着き、日が落ちきる少し前のほのかに明るい時間帯で、扉の前には開場を待ちわびる観客が集まり、劇場前の広場を埋め尽くします。公演のチケットは完売で、急遽当初販売していなかった3階席を開放したとのこと。劇場内には、ビエンナーレの観客のほかに、世界各国から多数の舞踊関係者やプロモーターが来場しており、本プロジェクトに対する関心の高さが窺われました。

開演前の様子

公演のタイトルは『Scirocco』。サハラ砂漠から地中海を越えてヴェネツィアに吹き付ける熱風を意味します。ここでは確実性を揺るがす不安定さや捉えどころのない不安などのメタファーとなって、記憶や憧れ、別れ、変容などをテーマに、独立した第1部『ヴェニスに死す』、第2部『溜め息橋』の二部で構成されています。
ヴェネツィアでの初演ということになぞらえてトーマス・マンの「ヴェニスに死す」をモチーフにした第1部は、振付家・演出家・映画監督でもあるハヴィエル・デ・フルトスによる映像を物語の枠組みとし、原作者トーマス・マンと主人公グスタフ・フォン・アッシェンバッハの対話の中で、芸術や憧れ、死生観についての考察が展開します。映像をつなぐのは、イムレ&マルネ・ファン・オプスタール(NDTやバットシェバ舞踊団出身の兄弟振付ユニット)による『Obsession(オブセッション:直訳すると脅迫観念)』、オマール・ロマン・デ・ヘスス(ニューヨークを拠点とするコンテンポラリーダンスカンパニー「Boca Tuya」の創設者兼芸術監督)による『Identity(アイデンティティ)』、ライナー・ベール(ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団でダンサーとして活躍した振付家)による『Horizon(ホライゾン)』と題された3つのパートから成っています。ダンサーそれぞれの個性に適したソロやデュオ、トリオ、小編成のアンサンブルで異なる振付言語が見事に融合され、緊密な中で躍動する身体が、まるで観客を旅へいざなうかのよう。抽象的なコンセプトを舞台に表出させました。

『オブセッション』
『アイデンティティ』
『ホライゾン』
『ホライゾン』

「ヴェニスに死す」をモチーフにした第1部
Photos: Leszek Januszewski

ジョン・ノイマイヤーによる第2部のモチーフとなっているのは、ヴェネツィアにある白い大理石造りの美しいアーチ橋「溜め息橋」です。かつて宮殿で有罪判決を受けた囚人が、覆われた橋の小さな格子窓から「人生最後の美しいヴェネツィアの景色」を眺めてため息をついたという伝説に基づき、イギリスの詩人バイロンが命名したというこの橋は、恋人たちの聖地であり、街を見渡す最初と最後の場所ともされています。
舞台上には橋を彷彿とさせる脚立が置かれ、ショスタコーヴィチの音楽とクルト・ヴァイル、フリードリヒ・ホレンダーの歌曲にあわせて、ノイマイヤーらしい演劇的構成で、記憶、葛藤ややさしさ、郷愁、そしてダンサーたちの身体に刻まれた個々の物語が、抒情的に展開していきます。ノイマイヤー自身がプレトークで「ダンスとは世代の表現であり、融合。観終わった後に明確に説明できるような物語はないが、異なる経験と背景をもつ優れたダンサーたちのモザイクの中に、重層的な感情の景色が広がるはずだ」と話していたように、キャリアを重ねたダンサーたちがもたらす深みや存在感、表現の豊かさが際立った作品となっていました。

第2部ノイマイヤー作「溜め息橋」
Photos: Leszek Januszewski

全パートに使用された衣裳は、ファッションブランドBOSSが手がけ、磨きが上げられた身体のムーブメントを見せるのに効果的な役割を果たしています。
作品への期待と高揚感に包まれた劇場は、幕が下りると盛大な拍手とスタンディングオベーションに包まれました。終演直後にはラドメーカーとトゥトキンによるアフタートークも行われ、改めて本プロジェクトの意義が語られるなど、盛りだくさんの1日で、劇場の扉が閉まったのは日付が変わる少し前、深夜0時前のことでした。

アフタートークの様子

ヴェネツィアでは翌日も1公演が行われ、大盛況に終わったWINN船出の公演。彼らは秋以降ドイツやオランダでの公演がすでに決まっており、その後満を持して来年2月に東京に上陸します。上演を重ねるごとに磨きがかり、より一層深みを増した日本初演の舞台に期待が高まります。

文責:NBS

【2026年7月31日、8月1日公演出演者】

Part 1: 『ヴェニスに死す』
ドラマトゥルーク: アイラ・ゴールドベッチャー
映像監督・振付: ハヴィエル・デ・フルトス

「Obsession」(オブセッション)
振付:イムレ&マルネ・ファン・オプスタール
出演: マライン・ラドメーカー、シラス・ヘンリクセン、マーラ・ガレアッツィ、イゴーネ・デ・ヨング、カヨコ・エヴァーハート

「Identity」(アイデンティティ)
振付: オマール・ロマン・デ・ヘスス
出演: ジル・ロマン、ディアナ・ヴィシニョーワ、シルヴィア・アッツォーニ

「Horizon」(ホライゾン)
振付:ライナー・ベール
出演: アレクサンドル・リアブコ、ほか全員

Part 2: 『溜め息橋』
振付: ジョン・ノイマイヤー
出演: ディアナ・ヴィシニョーワ、マライン・ラドメーカー、シラス・ヘンリクセン、マーラ・ガレアッツィ、イゴーネ・デ・ヨング、シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ

なおWINN公式Instagramでは、日々さまざまなコンテンツが投稿されており、作品の世界観をご覧いただく事ができます。

WINN 公式ホームページ
https://www.winn-dance.com/

※日本公演チケット情報などその他詳細は9月下旬頃に発表予定です。