【ミラノ・スカラ座】ロバート・カーセン演出ノートから見る『ファルスタッフ』


13-04.06Scala01.jpg奇才演出家として知られるロバート・カーセン。去る1月にミラノでの初演を迎えた『ファルスタッフ』も、想像していなかったような驚きの連続する舞台が聴衆を沸かせました。"きわめてイタリア的"で、"きわめてイギリス的"なカーセン演出『ファルスタッフ』。カーセンの演出ノートから、この奇才演出家が『ファルスタッフ』をどう見つめたのかをご紹介します。



イタリア的かつイギリス的に!

 スカラ座と英国ロイヤル・オペラとの共同制作となった『ファルスタッフ』に、演出家ロバート・カーセンは特別な意義を認めています。このオペラはイタリア語の台本にもとづきヴェルディが作曲した「きわめてイタリア的な」作品である一方、「きわめてイギリス的な」作品でもある、という考えからです。オペラ『ファルスタッフ』がシェイクスピアの戯曲を原作としていることはよく知られていることですが、カーセンは、その舞台がイギリスであること、さらにここには典型的なイギリス人気質がとりあげられていることにも焦点をおいています。


『ファルスタッフ』の舞台は、ロンドンからほど近い町ウインザー。
この町には独特の社会的空気が息づいている。
そこには、自分が貴族階級に属しているがゆえに今なお好きなことができると思っている落ちぶれた老貴族ファルスタッフが暮らす一方で、フォードに代表されるような、金のありがたみに執着するが、貴族の優雅な物腰は持ち合わせていない新興の中産階級がいる。
かたや、スタイルをもたないブルジョワジー。
かたや、過ぎ去った栄光の時代の記憶を体現する貧しい貴族階級。
こうした階級対立は、もちろんイギリス特有のものではなく、その他の国々、たとえばイタリアにも見ることができる。

(演出ノートより)

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傑作喜劇と哀愁

オペラ『ファルスタッフ』の場合、主人公をはじめ、どの登場人物にも過剰な思い入れをしてしまうことはないかもしれません。途中でどんなにドキドキすることがあっても、最後はハッピーエンドで終わることがわかっているからだと、カーセンは分析します。そのうえで、カーセンならではのファルスタッフ像がつくられています。


どれほれほど愉快きわまりない話であっても、この作品にはどことなく哀愁(メランコリー)が感じられ、とりわけファルスタッフの性格には秋の香りがただよっている。
ファルスタッフは虚栄心のかたまりのような男であり、そこがまた笑える点でもあるのだが、その一方で、そこはかとない悲哀を感じさせる男でもある。
ファルスタッフという人間の中にわれわれが読み取るのは、人生ははかなく、いつ終わるやもしれないという洞察である。
このオペラには、そうした過ぎ去る時間を哀惜する思いがある。
とりわけ、今や消え失せた時代を体現する高貴な騎士ファルスタッフにとって、その思いは強い。
そうした思いはシェイクスピアの作品の中に色濃くにじみ出ており、ヴェルディはそのことを知り抜いていた。
付け加えておくなら、ファルスタッフのうぬぼれは理由のないものではない。
ウインザーの女房たちが、でっぷりとした体型にもかかわらず、彼のようなタイプの男に惹かれていたのかもしれないと考えるなら、彼は決して見当はずれだったわけではないのだ。

(演出ノートより)

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人生を謳歌する祝祭性

カーセンは、さまざまな人間心理がコメディ的な対立をしながら表されるこのオペラの真骨頂はバイタリティーそのもの、「人生を喰らい尽くそうとする欲望、おいしい食べ物や飲み物に対して向けられる強い欲求」にあるとしています。そして、五感の祝宴として表現するために、飲み食いするシチュエーションを散りばめました。アリーチェとメグが同じ手紙をもらったことが判明するのがレストラン、ファルスタッフがアリーチェを口説きにかかるのはキッチン、さらに最後の大団円も祝宴のテーブルで幕をおろします。みんなが一緒に昼食や夕食をとることの楽しさ、陽気なもてなしがおこなわれることが、この作品の中の祝祭性を見るという発想に結びついているのです。最後に示される「世の中すべて冗談」というシェイクスピア風メッセージも、カーセンは祝祭ととらえています。


われわれは自分自身の人生を演じる役者にすぎない。最後は芝居のように幕が引かれる。
シェイクスピアの詩学を汲むこうした比類のない直観は、この作品の中にたっぷりと感じとることができる。
そして、『ファルスタッフ』のような喜劇においては、すばらしいフィナーレが、自分自身を笑い飛ばすべきだということを教えてくれる。
なぜなら、しょせんわれわれは、ちっぽけな問題をことさら大きく騒ぎたて、ややこしくする滑稽な生き物なのだから。
「世の中すべて冗談!」 その言葉は祝祭であり、同時にまた世界のヴィジョンでもある。
そして、すこやかに、かつ正しく世界を見るようにとわれわれを誘う。

(演出ノートより)

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ロバート・カーセン

カナダ出身のロバート・カーセンは、トロントのヨーク大学の演劇科に入学し、その後イギリスのブリストル・オールドヴィク演劇学校に移り、演技を学んだ。このことが、後に彼の演出に大きく影響していることはいうまでもないが、演出家としての才気は、すでに在学中から眼を引くものでもあった。実際、在学中にある教師から「君のアイディアは人を夢中にさせる。いつか演出をしようと考えていないのか?」と問われたことが、カーセンを演出の道へと進ませる契機となった。
グラインドボーンでの演出助手として、演出家のキャリアをスタートしたカーセンは、1990年代前半から活躍の場を広げ、これまでにエクサン・プロヴァンス音楽祭、パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座、ケルンやアムステルダムの歌劇場、ヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場、メトロポリタン歌劇場、フィレンツェ歌劇場、イングリッシュ・ナショナル・オペラ、ザルツブルク音楽祭などで活躍。数々の受賞歴をもち、現代を代表する演出家の一人に数えられる。


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