オペラへの招待 [1]~うわさのペトレンコが、もうすぐベールを脱ぐ

インタビュー・レポート 2017年3月16日 21:49


この秋のバイエルン国立歌劇場日本公演に向けて、音楽ジャーナリストの飯尾洋一さんによる連載コラムがスタート。親しみやすい語り口で歌劇場や作品、オペラの鑑賞術を紹介します。

small_Kirill Petrenko C) W. Hテカsl.jpg
うわさのペトレンコが、もうすぐベールを脱ぐ

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)


 ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場といえばドイツを代表する歌劇場。19世紀半ばにはルートヴィヒ2世の庇護のもと、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」や「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を初演した名門中の名門である。

 そのバイエルン国立歌劇場で2013年より音楽総監督の重責を果たすのが、キリル・ペトレンコだ。今回、バイエルン国立歌劇場とともに待望の初来日を果たす。キリル・ペトレンコは2015年にベルリン・フィルの次期首席指揮者・芸術監督に選出されたことで、一躍注目を集める指揮者となった。

 ペトレンコを巡るストーリーはドラマティックだ。東京には毎日のように世界最高クラスの音楽家たちがやってくるというのに、天下のベルリン・フィルの次期芸術監督はいまだ来日したことがない。しかもこのウワサの才人は録音もごくわずか。どんな演奏をする指揮者なのか、ためしに録音を聴いてみようと思っても選択肢が極端に少ない。一昔前と違って、今はスター指揮者が次々と新録音をリリースするような環境にはないのだが、それにしてもメディア上でのキリル・ペトレンコの活動はかなり控えめだ。

 にもかかわらず(あるいはそれゆえに?)、日本国内でのキリル・ペトレンコへの期待は高まるばかりである。なにしろ、ベルリン・フィルの次期芸術監督決定までのプロセスが劇的だった。事前にさまざまな憶測を呼んだ楽団員投票日、ベルリン・フィルの発表は「決定に至らず」。固唾をのんで見守っていた世界中のクラシック音楽ファンが肩透かしを食らうことになった。それから数か月後、突然ベルリン・フィルは記者会見をインターネットで配信し、次期音楽監督がキリル・ペトレンコに決まったと発表した。「えっ、ペトレンコって......だれ?」(ざわ...ざわ...)。そこからだ。日本では十分に報じられていないが、この指揮者がいかにバイエルン国立歌劇場とともに快進撃を続けているか、バイロイト音楽祭での指揮ぶりはすばらしかった等々の評判が盛んに伝えられるようになったのは。ベルリン・フィルのデジタル・コンサート・ホールに収められたペトレンコのライブはお宝映像となった。

 今、自分のなかでキリル・ペトレンコは「幻の指揮者(期間限定)」に分類されている。過去を振り返って、セルジュ・チェリビダッケ、カルロス・クライバーと並べて三大「幻の指揮者」に列してもいいくらいだ。録音活動を拒否していたため海外ライブのラジオ放送が頼りだったチェリビダッケ、そもそも指揮すること自体がまれだったカルロス・クライバー、そして世界最高峰のオーケストラと歌劇場を率いるのに日本ではぜんぜん聴けないキリル・ペトレンコ。

 しかしキリル・ペトレンコはあくまで期間限定の幻の指揮者。ついにバイエルン国立歌劇場との来日でベールを脱ぐ。「こんなにすごい指揮者がいたのか」と海外から伝わる評判に臍(ほぞ)を噛むのもあとしばらくの辛抱だ。 ☆


small_Kirill Petrenko_South Pole c) W.Hoesl 5M1A7799 (600) (2).jpg

photo:Wilfried Hoesl


ページトップへ