バイエルン国立歌劇場総裁 ニコラウス・バッハラーに聞く!①


 5月21日にミュンヘンで初演の幕が上がった新制作『タンホイザー』。ちょうど4か月後の9月21日に、いよいよ日本公演の初日を迎えます。
 2016/17年シーズンのオペラ新制作8演目のうち、音楽監督であるキリル・ペトレンコが手掛ける2演目の一つが、この『タンホイザー』。現地公演は全日程早々に完売、観客の期待の高さが伝わってきます。クラウス・フロリアン・フォークトを始めとした魅力的なキャストも話題ですが、今や、人気の指揮者や歌手は5年先まで予定が入っていると言われます。こういった新制作がどのように企画されていくのか、ニコラウス・バッハラー総裁にうかがいました。

____________________________________


--- バイエルン国立歌劇場で新制作のオペラを創る場合、プロジェクトはどのように始まっていくのでしょうか?

bach.jpg
ニコラウス・バッハラー
 新しいプロダクションを創るとなると、計画を始めるのは初演の4~5年前です。まず考えるのは指揮者。オペラにとって音楽が一番重要ですからね!それから、演出家を選び、キャストを決めていきます。
 新制作を創りあげていくというのは完全なるチーム・プレイです。初めから指揮者と演出家が、うまく協力しながら作品に向き合っていけるのが、理想的です。両者がよい関係を築くということは、プロジェクトの成功にとって重要なんです。とはいえ、私が知る限り、素晴らしい芸術家同士が仕事をする場合、問題が起こることは少ないですけれどね。
 『タンホイザー』の演出家ロメオ・カステルッチは、現在ヨーロッパにおいて大変著名なアーティストです。一方、指揮のキリル・ペトレンコは、おそらく彼の世代でトップの一人と言っていい才能の持ち主でしょう。こういった優れたアーティストたちは、一緒に仕事をしていくうちに、芸術的観点がどこかで折り合うものなのです。

 指揮者の大きな仕事の一つには、音楽的な選択があります。今回の『タンホイザー』であれば、ご存知のようにいくつか版がありますので、どの部分を使うかを決定していきます。当然、キャスティングにも関わっていきます。総裁として、私が果たす役目はこのチームの人選までです。もちろん何か問題が出た際は助け船を出しますが、作品を創りあげていくのは芸術家の仕事です。ミケランジェロが絵を描いている時に傍に行って、「ここをもうちょっと赤くしてほしいんだけど」なんて言えないでしょう!(笑) ある意味、私は人を選ぶことによって方向性を示した、とは言えるかもしれません。例えば、カステルッチ氏を起用するか、ほかの演出家を起用するかによって、出来上がる舞台は全く変わってきますから。


--- 新制作の際に、観客の嗜好や期待などを意識されることはあるのでしょうか?

ニコラウス・バッハラー
 いいえ ―― というより、それは不可能なことなのです。我々は車を製造しているわけではないのですから。もし車を作るのなら、今どういったタイプの車を人々が求めているか調べるでしょう。しかし、芸術とはそういうものではありません。我々が携わっているのは芸術であり、それが力強く、質の高いものであれば、人々は興味をもってくれます。――まあ、うまく行かなかった場合は、それまでですけれど(笑)


芸術は人々に驚きと、今までは思いつかなかった新鮮なヴィジョンを与えなくてはいけないのです


--- 観客は応えてくれる、という信頼がある?

ニコラウス・バッハラー
 そうですね、ミュンヘンの観客とはよい関係が築けていると思いますよ。就任当初はやはり難しいところもありましたが、今は観客も我々のやっていることをよく承知で、興味を持ってくれています。
 観客はいつも同じものが観たいのではなく、驚きを求めているのです。これは芸術において、とても重要なことだと思います。もし、観たものが全く想像通りだったとしたら、それは興味深いことでしょうか?
 芸術は人々に驚きと、今までは思いつかなかった新鮮なヴィジョンを与えなくてはいけないのです。もし劇場に来なかったら思いつかなかったような、「何か」を。それは必ずしも「新しい」事である必要はありません。
 例えば『タンホイザー』(のテーマ)は、自己のアイデンティティーを見つける旅です。これは誰しもが人生において経験することでしょう。人々は人生の中で、宗教的なこと、性愛的なこと、罪悪感などを体験していきますが、これはまさに"タンホイザーの旅"なのです。今回の舞台を見ることで、観客の皆さまが「何か」を見出してくださるよう、願っています


 バイエルン国立歌劇場のオペラ部門が誇る98%という観客動員率は、ヨーロッパの劇場の平均という50~60%をはるかに超えています。「これはとてもすごい数字です。ドイツに我々のような歌劇場は一つもありません」と誇らしげな表情を見せるバッハラー氏。このうち約80%が地元ミュンヘンの観客というから、両者の密接な関係は疑いようがありません。
 その秘訣をうかがうと、力強く「我々は観客との信頼関係を創りあげてきました。彼らは歌劇場の様々な上演作品に広く関心を持ち、繰り返し劇場に足を運んでくださるのです。バイエルン国立歌劇場は、今やミュンヘンの"生活の一部"なのです!」  (②に続く)





ページトップへ