オペラの喜びと舞台の夢にあふれたエヴァーディング版《魔笛》 

インタビュー・レポート 2017年3月25日 13:59


演出が次々と現代的に塗り替えられていくドイツのオペラ界で、楽都ミュンヘンの至宝として変わらぬことなく上演されているエヴァーディング版「魔笛」。その魅力を音楽評論家の奥田佳道さんが紹介します。


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オペラの喜びと舞台の夢にあふれたエヴァーディング版《魔笛》 

奥田佳道(音楽評論家)


 月とシルエットを成す夜の女王に、パパパの二重唱に導かれ、ステージを彩るたくさんの子供たち。
 
 ここにオペラの喜びが、舞台の夢がある。深遠なテーマ、ドラマも美しく、さりげなく映し出される。もちろんユーモアはたっぷり。これぞメルヒェン。何度体感しても素晴らしい。


 神に愛されし者アマデウスをミドルネームに戴くモーツァルトが、天に召される年に紡いだ奇蹟の歌芝居「魔笛」──Die Zauberflote, The Magic Flute, La Flute enchantee, Il flauto magico──魔法の笛が多様なドラマに寄り添い、幻想的な空間を愛でたステージ。
 
 それが楽都ミュンヘンの「魔笛」。伝統と格式を誇るバイエルン国立歌劇場が、まさに宝物のように上演し続けているエヴァーディング演出の「魔笛」である。


 オペラ上演はもちろん進化する。モーツァルト、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス。ヴェルディにプッチーニ。わたしたちはたくさんの舞台を楽しんでいる。古典あり、大胆な読み替えあり。近年は抽象的なオブジェやプロジェクション・マッピングを効果的に用いた上演、それにセミ・ステージ形式のオペラも人気だ。


 しかしドイツ語の歌芝居であるジングシュピール「魔笛」は、20世紀後半のミュンヘン演劇界、オペラ界を牽引してきたアウグスト・エヴァーディングの、哲学的な問答もモーツァルトの戯れもお任せあれの舞台を経験しないことには、何も始まらないのではないか。40年近く経っても色褪せないエヴァーディングの演出、夢を育むユルゲン・ローゼのまさにファンタスティックな衣装、美術。古典の様式美がそこにある。その美しき環のなかで、今どきの指揮者や歌い手が羽ばたこうとしているのだ。


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 ミュンヘンの室内演劇場、ハンブルク国立歌劇場を経て1970年代中葉からバイエルン国立歌劇場の舞台を任され、同劇場の総支配人、バイエルン演劇アカデミーの総裁などを歴任したアウグスト・エヴァーディング(1928~1999)は、声高に申すまでもなく、筋金入りの、根っからのテアター・マンだった。ちなみにジョン・ノイマイヤーをハンブルクに呼んだのもエヴァーディングである。


 ハンブルクの「ローエングリン」にミュンヘンの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、バイロイトの「トリスタンとイゾルデ」、パリの「ドン・ジョヴァンニ」、ウィーンの「パルジファル」「シャモニーのリンダ」、ウィーンで製作された「ヘンゼルとグレーテル」ほか、歴史的な舞台は、まさに枚挙にいとまがない。メトロポリタン・オペラでの構えの大きなワーグナー、リヒャルト・シュトラウスを挙げる方もいるだろう。2000年から昨年まで新国立劇場で上演された「サロメ」もエヴァーディングの舞台だ。
 
 幾重ものメッセージを放つ「魔笛」の音楽とドラマに想いを寄せたエヴァーディングは、バイエルン国立歌劇場の音楽総監督(後に総裁を務めた)ウォルフガング・サヴァリッシュ(1923~2013)と相談の結果、第19曲=パミーナ、タミーノ、ザラストロによる三重唱<愛する人よ、もう二度とあなたを見ることはできないのでしょうか=私たちは、もう会えないのですか>を第2幕の「冒頭部」に移したが、その伝統は受け継がれているだろうか。
 
 バイエルン国立歌劇場はこの夏、十八番の「魔笛」をあらためて上演する。タクトを執るのは、エルサレム出身の鬼才アッシャー・フィッシュで、2016/17年シーズン、ミュンヘンでは「椿姫」「ファルスタッフ」「仮面舞踏会」「運命の力」そして「魔笛」を任されている。古典の様式美に、新たな光が差し込むか。開演が近い。


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photo:Wilfried Hoesl
 


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