現代最高のサロメ歌いの1人、グン=ブリット・バークミン

彼女が初めて『サロメ』を歌ったのは2010年チューリッヒ歌劇場であった。今年で3年目の再演になるが、チューリッヒ音楽祭プログラムの一環として再演されるのは、目玉公演の証だ。6月17、20、22日と続く公演の合間を縫ってインタビューを受けてくれたバークミンは、サロメとの出会いから丁寧に語ってくれた。

バークミン:
一番初めに『サロメ』を歌うように勧めてくれたのは、私のエージェントでした。ドイツのザールブリュッケン劇場は、そのようなデビューに最適な場所なので、その仕事を引き受けましたが、それが実現するよりも前に、チューリッヒにオーディションへ行くように言われました。指揮者のドホナーニが依頼して来たというのです。早速歌いに行くと、総支配人のペレイラ氏とマエストロ、ドホナーニから、『サロメ』の幕切れの長いシーンを歌うよう指示されました。最後まで歌い終わると、「さあ、君と一緒に『サロメ』をやろう」と、契約をくれました。狐につままれたような気分でした。私は当初の決断を今でも後悔していません。『サロメ』は本当に難しい役ですが、歌い甲斐があり、私に多くの贈り物をしてくれたからです。

――アントニア(『ホフマン物語』)やミミ(『ボエーム』)などの可愛らしい役を歌っていた人が、いきなりサロメに合う、と、どうして判ったのでしょう?

バークミン:理由は聞いたことがありませんでしたが、マエストロは「始めの2秒で、一緒にやれる、とすぐに判った」とおっしゃっていました。私はアントニアがデビューではなく、他の多くのドイツ人ソプラノと同じように『魔笛』のパミーナでデビューしました。ドレスデン音楽院を卒業した後、1998年にフライブルグ劇場の専属歌手となり、劇場付き歌手として、多くのオペレッタや古典的レパートリーの他、現代オペラも多々歌いました。それを経て『ヴォツェック』のマリーは歌っていましたが、難易度は『サロメ』と比べ物になりません。今まで歌って来たオぺラの中で『サロメ』は『エレクトラ』と並んで、最も難しいオペラです。

――どんな所が難しいですか?技術的に?

バークミン:
もちろん技術的にも難しいですが、それは正しいテクニックを持っていて、しっかり準備すれば解決できます。でも、激しい情熱をコンパクトにまとめた性格描写が要求され、音楽的正確さを崩さず、最後まで楽に歌える声を蓄えながら、あの燃えるような激情の役柄を演じるのは大変難しいことです。

――あなたはその、燃えるようなサロメをどういう人物として解釈していますか?

バークミン:
私は彼女が好きです。もちろん彼女の行動は常人ではありませんが、彼女の生い立ちから考えれば、理解ができるものです。物心ついた時から、全てを要求する権利を持ち、拒否されたことがない、なんでも与えられてきた彼女にとって、拒絶はあり得ないのです。もちろん、このシュトラウスのオペラにおけるサロメは、オスカー・ワイルドが戯曲としてユーゲントシュティール風に誇張したものですが、マニアックなほどエゴイストで、他人の事には興味を持ちません。そして拒絶された事実を受け入れられず、その唇を自由にするためだけに、ヨカナーンの死を切望するわけです。これだけの激しい情熱を持ち合わせている彼女ですが、ヨカナーンも自分の死を多少、後押ししているのです。完全拒否で、彼女を見る事すらしないのですから、彼女の情熱がより煮えたぎっても仕方ない部分もあります。これがもしイエス様ならば、キスくらいしてあげたような気がします。そして、彼女はそのキスにがっかりして、情熱を失ったかもしれないし、恋に落ちて、イエスの後をついて行ったかもしれないのに…実際ヨカナーンの首との接吻も、あれだけ望んで手に入れたのに、失望し、完全に無となって、その時点では生きて行く理由すら見つからず、死を受け入れるのです。

――その、常軌を逸した激しい情熱があなたのサロメから溢れ出ています。頭の動かし方など、狂気の匂いが漂っていますが、あなたは彼女を正気だと思いますか、狂っていると解釈していますか?

バークミン:彼女は、欲しい物は絶対手に入れる、という情熱を成就させるために、自ら狂気の世界に自分を追い込んでいるように思います。実際、あのような行動は、正気の沙汰では出来るものではありませんしね。

――狂気としても、神の使徒をあのように扱うサロメを歌う事は、ヨーロッパ人の大半を占めるキリスト教徒にとって、あなた方の神を冒涜することになりませんか?

バークミン:私はプロテスタントとして洗礼を受けていますが、神を冒涜するとは思っていません。悪も神が造り出した創造物の1つですから。

――それでは、サロメと共感できる部分が、ご自身の性格の中にあると思われますか?

バークミン:もちろん、同じ事は実生活ではできませんが(笑)、私の中にも似たような悪の要素はあると思います。そうでなければ、この役は演じる事ができないと思います。その悪のつぼみを舞台の上で開花させ、疑似体験して完結させているので、私の私生活は穏やかに成り立っているのかもしれません(笑)。私にとって舞台でサロメになることは、セラピーを受けているのと同じ効果があるのかもしれませんね……」

――『サロメ』のエピソードは聖書に載っているものなので、あなた方ヨーロッパ人には身近に感じられるのかもしれませんが、全く異なった宗教的背景を持つ日本人にはどのようにこの作品を観て欲しいですか?

バークミン:
いい質問ですね。日本人の立場からこれをどう観てもらうかは、今まで考えてみませんでした。ちょっと考えてみます…エモーションを感じ取って欲しい、でしょうか。制御不可能なエモーションを体験して欲しいです。そしてデカダンスな音楽を堪能し、絶対的な権力を手に入れると、人間性を失うという事について考えて欲しいです。これは政治の世界でも言える事なので、そうやって観ると、日本の皆さんにも身近に感じていただけるかもしれません。

――日本にいらしたことはありますか?

バークミン:
はい、2005年の桜が散る頃、名古屋万博でシェーンベルクの『グレの歌』を歌いに行きました。それから7年が経ってしまいましたが、また日本に行けることを楽しみにしています。日本の庭園、建築、ファッションなどの様式美が好きです。また、日本食も大好きです。そして何よりも日本の聴衆の皆さんの温かさには驚かされました。西洋の音楽なのにしっかり準備して聴きに来て下さるようで、偏見なしに聴いて下さいます。熱心なファンも多く、熟年の世代だけではなく、若い世代にもファン層が広がっているところも素晴らしいと思います。ドイツではプログラムや都市の性格上、クラッシック音楽は若者と無縁と捉えられている街もあります。日本人演奏家のレベルも高く、名古屋万博でのオケも素敵な演奏をしてくれました。

――ウィーン国立歌劇場の『サロメ』をどう捉えていますか?

バークミン:
何十年も前の演出なので、初演の頃はいまとは違うこともあったかもしれません。現在までの間に、個性的なサロメ歌いの歌手達が、それぞれ多少の脚色を加えながら、今日にまで伝えて来ているはずなので。そういう意味での難しさはありますが、この題材にピッタリの、ユーゲントシュティールの絵が散りばめられている舞台は、この作品の本質を捉えた視覚効果を与える事に成功しています。是非日本の皆さまに楽しんでいただきたいです。

R.シュトラウス『サロメ』

指揮:フランツ・ウェルザー=メスト/演出:ボレスラフ・バルロク

10月14日(日)3:00p.m. 東京文化会館
10月16日(火)4:00p.m. 東京文化会館
10月19日(金)7:00p.m. 東京文化会館

入場料:
S= ¥59,000 A= ¥52,000 B= ¥45,000 C= ¥38,000
D= ¥29,000 E= ¥19,000 F= ¥15,000

[予定される主な配役]
サロメ:グン=ブリット・バークミン
ヨカナーン:マルクス・マルカルト
ヘロデ:ルドルフ・シャシンク
ナラボート:ヘルベルト・リッペルト

W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』

指揮:ペーター・シュナイダー/演出:ジャン=ピエール・ポネル

10月20日(土)3:00p.m. 神奈川県民ホール
10月23日(火)5:00p.m. 神奈川県民ホール
10月28日(日)3:00p.m. 神奈川県民ホール

入場料:
S=¥59,000 A=¥52,000 B=¥45,000 C=¥38,000
D=¥29,000 E=¥18,000 F=¥14,000

[予定される主な配役]
アルマヴィーヴァ伯爵:カルロス・アルバレス
伯爵夫人:バルバラ・フリットリ
スザンナ:アニタ・ハルティッヒ
フィガロ:アーウィン・シュロット
ケルビーノ:マルガリータ・グリシュコヴァ

G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』

指揮:エヴェリーノ・ピド/演出:エリック・ジェノヴェーゼ

10月27日(土)3:00p.m. 東京文化会館
10月31日(水)6:30p.m. 東京文化会館
11月 4日(日)3:00p.m. 東京文化会館

入場料:
S=¥59,000 A=¥52,000 B=¥45,000 C=¥38,000
D=¥29,000 E=¥19,000 F=¥15,000

[予定される主な配役]
アンナ・ボレーナ:エディタ・グルベローヴァ
ジョヴァンナ:ソニア・ガナッシ
エンリーコ8世:ルカ・ピサローニ
パーシー卿:シャルヴァ・ムケリア 
スメトン:エリザベス・クールマン

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