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【ウィーン国立歌劇場】メディア情報(10/3)

2012年10月 3日 15:59

◆週刊新潮 10月3日(水)発売号(10/11号)

「TEMPO」欄にウィーン国立歌劇場「サロメ」の紹介記事が掲載されました。 "ウィーン・フィルで32年ぶり絢爛「サロメ」"


◆朝日新聞 10月1日(月)夕刊

ウィーン国立歌劇場総裁ドミニク・マイヤー氏のインタビューが掲載。"伝統をアップデート"(吉田純子記者)


「アンナ・ボレーナ」が日本最後の公演となるエディタ・グルベローヴァ 最新インタビュー

2012年6月 1日 15:10


30年間にわたってオペラ・ファンを熱狂させた"女王"の告別公演に! 
「今度の『アンナ・ボレーナ』が日本で最後のオペラになります」


取材・文:山崎睦(在ウィーン 音楽評論家)


12-06.01_01.jpg4月24 日、ウィーン国立歌劇場の監督部門が置かれている3階廊下で広報部スタッフとともに待機するなか、エディタ・グルベローヴァが現れた。ターキッシュ(トルコ)がかった鮮やかなブルーのコスチュームがよく似合って、見るからに元気そうな彼女に一堂ほっと一安心。2日後に同劇場でのリサイタルを控えているのだ。今回のインタビューにあたり、劇場側は"女王様" にふさわしい設えということで、もっとも豪華で格式の高い"皇帝のティーサロン"を準備して、すべてが特別待遇だ。この秋のウィーン国立歌劇場日本公演で彼女の演目になる『アンナ・ボレーナ』をテーマに話を進め、それ以降の来日について尋ねたところで、衝撃の引退宣言が出たのだ。「ちょうど良い機会ですから、ここではっきりさせておきたいのですが」と前置きしてから、「今度の『アンナ・ボレーナ』が日本で最後のオペラになります」といきなり言われて、筆者は動転。気を取り直してリサイタルなどでの単独来日の可能性を打診したところ、「それも、もう考えていません。長年にわたって私を応援してくださった日本のファンの方々にお別れするのはつらいですし、お世話になった主催スタッフの皆さんに対しても同様の気持ちですが、ここで区切りを付けます。SAYOU-NARA !」。そしてヨーロッパでも2015 年春以降の予定は入れていないのだと語った。
1980 年の初来日以来、30 年以上を通じてわが国では熱烈なファン・グループが形成されて、一人の歌手に対する広範な支持層の広がりという点では例を見ない存在がグルベローヴァだ。たしかに現在65 才(1946 年12 月23 日生まれ)のグルベローヴァは、一般に歌手生命が短い高音歌手としては、すでに記録的な年齢に達しているわけであって、ここで引退宣言があっても不思議ではない。だが"天下無敵" のコロラトゥーラであり、不世出のディーヴァには、いつまでも歌っていてもらいたいという願望が大きすぎるあまり、もう彼女のライブが聴けなくなるなどとは想像もしたくなかったのだ。じつに潔い、見事な引き際である。


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1970 年のウィーンで、まずモーツァルト『魔笛』の夜の女王で認められ、76 年にR. シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』のツェルビネッタで世界的にブレークしたグルベローヴァだが、このままドイツオペラに留まっても、自分のリリコ・レッジェーロの声がカヴァーできる役柄は制限され、発展の可能性は限定される。悩んだ末にトライしたのがドニゼッティ『ランメルモールのルチア』だ。


――『ルチア』での空前の大成功により、ベルカント・オペラの方向が開けたのですよね。

グルベローヴァ:はい、そのときからドニゼッティ、ベッリーニの作品が私の中心的レパートリーとなり、ライフワークになりました。そのなかでもドニゼッティの"女王三部作" といわれる『マリア・ストゥアルダ』、『ロベルト・デヴェリュー』、そして今度日本で歌う『アンナ・ボレーナ』は私にとってひときわ重要です。このうち『ボレーナ』は作曲家の出世作と評価され、実際に歌っていても若い意欲と活気あふれる音楽に啓発される素晴らしい作品です。私自身、イギリス・チューダー朝の歴史に強い関心があるので、様々なかたちでエリザベス一世が出てくるこれらの作品は史実としても
興味深く、『ストゥアルダ』は若きエリザベス、『ロベルト』は最晩年のエリザベス、そして『ボレーナ』は彼女の母親、アン・ブリンの物語です。ここでドニゼッティは娘を役柄として登場させませんが、今回のウィーンの演出でも子役が出てきて、観客に二人の親子関係を印象付けるような舞台になっているんですよ。


――長い歌手生活は、まさに波乱万丈でしたでしょうね。

グルベローヴァ:ウィーンに出てきて、最初の7年間はたいへん苦労しました。たまに『魔笛』や『ホフマン物語』のオランピアのチャンスがありましたが、座付きソプラノとして『パルジファル』の花の乙女グループ1の1、『メデア』や『ダフネ』で女中1、とか名前もなく番号で呼ばれる役が多く、意気消沈の毎日でした。


――若い頃から最強の高音をお持ちだったから、グループでも一番上の1番ですけど。ほかに『椿姫』のフローラ、『蝶々夫人』のケート・ピンカートンとか、いまではとても考えられない端役ですね。そうそう、ワーグナー『ジークフリート』の森の小鳥を聴いていますよ。

グルベローヴァ:ああ、あれはちょっとしたお遊びというか(笑)。ただ、ここで言いたいのは、小さい役柄というのは先の発展に継らないですよ。物事はすべてそうでしょうが、大きく困難な課題を与えられて、それを乗り越えようとがんばる、その努力が将来の発展に繋がっていくものです。


――大きな挑戦ということで、ドニゼッティ、ベッリーニの数々の大役を歌ってこられて、あなたのおかげで長年埋もれていた作品が再び上演されるようになったことはオペラ史上、たいへん意義のあることに違いありません。

グルベローヴァ:この夏からベッリーニの、上演される機会のない『異邦人』に着手します。まずミュンヘンにおける演奏会形式で、それで13 年にはチューリッヒで舞台上演にかけます。15 年冬にはアン・デア・ウィーン劇場を予定していて、私の最後のオペラということになりますね・・・。


photo:Wiener Staatsoper/Michael Poehn


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