〈マニュエル・ルグリの新しき世界〉はルグリのバレエへの情熱が生み出したプロジェクトである。もちろん、パリ・オペラ座のエトワール時代に手がけた〈ルグリと輝ける仲間たち〉も、彼の情熱なくして生まれることはなかっただろう。だが、オペラ座を離れ、ウィーン国立バレエ団の芸術監督となったいま、彼のバレエへの思いがさらに深まり、増しているように思えてならないのだ。いまのルグリからは、より自由な表現への探求心、そしてバレエと語り合い、共に新たな可能性を模索しているかのような楽しさを感じるのである。そのことを肌で実感できるのが〈マニュエル・ルグリの新しき世界〉なのだ。
さて、3回目となる今回の公演でも、最大の見どころのひとつは、やはりルグリ本人の踊りだろう。ダンサーとしての第一線を退いてから、彼が踊る姿を目にする機会が多くはないことに加え、ルグリの歴史といまをじっくりと味わえる演目が並んでいるのだから。まず、オレリー・デュポンと踊る2作品はオペラ座時代の彼を象徴する作品だ。「シルヴィア」は長らく共に踊り、映像化もされている、まさにその役を踊る。一方の「ル・パルク」は、オペラ座来日公演の際、ルグリの本来のパートナーであるデュポンが産休で来日できず、日本での共演がかなわなかった作品。「こうもり」と「ルートヴィッヒ2世-白鳥の王」はルグリのウィーンでのレパートリーだ。とりわけ「こうもり」のウルリック役はルグリにしかできない、洒落た三枚目ぶりに驚かされる。そして、ルグリ本人振付によるソロもあるというのだから、なんと贅沢な公演だろう。
では、ルグリが信頼を寄せる共演者たちにも目を向けてみよう。
まず、第1回公演の鮮烈さが、いまなお忘れがたいデヴィッド・ホールバーグ。「失われた時を求めて」の冷たく妖しい美しさ。オレリー・デュポンと踊った「アザーダンス」の優しさと茶目っ気。現在、ホールバーグはボリショイ・バレエとアメリカン・バレエ・シアターという、歴史も作風も全く異なる二つのバレエ団のプリンシパルとして活躍している。元々持つ演技力と豊かな感性に更に磨きがかかった姿を目にするのが楽しみだ。
ハンブルク・バレエからはシルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコが初参加。バレエ団の来日公演「ニジンスキー」と「人魚姫」では、その圧倒的な演技に魂が震えるほどの感動を覚えたものだ。「ハムレット」でもきっと、この二人ならではのドラマティックな世界が繰り広げられることだろう。もうひとつ興味深いのは、東京バレエ団と共演する「スプリング・アンド・フォール」だ。ハンブルク・バレエと東京バレエ団は同じレパートリーを持つものの、ひとつの舞台で共演することはまずない。両者のダンサーが同じ作品を踊るこの機会を是非逃さないように。
ウィーン国立バレエ団からは4人のプリンシパルが参加。マリア・ヤコヴレワは情緒的で透明感あふれるダンサー。「こうもり」ではルグリに一歩もひけを取らない華やかさを見せてくれるだろう。リュドミラ・コノヴァロワは安定したテクニックで、古典からコンテンポラリーを踊りこなす。ホールバーグとの「テーマとヴァリエーション」が楽しみだ。ニーナ・ポラコワはルグリとパートナーを組むことも多く、今回も「ルートヴィッヒ2世-白鳥の王」で共演する。キリル・クルラーエフは、マリー・アントワネットを断頭台へと誘う運命を踊ったかと思えば、数日後には「こうもり」の浮気な亭主ヨハンを踊ってしまうという芸達者ぶり。
今回初参加となるのがスペイン国立ダンスカンパニーの秋山珠子とディモ・キリーロフ・ミレフ。予期せぬ動きや脱力。人の身体はどこまで、そして何を表現できるのだろう。古典バレエとは全く異なる身体の動きに注目だ。
そして、〈マニュエル・ルグリの新しき世界〉に欠かすことのできない人物と言えば、パトリック・ド・バナをおいてほかにはいないだろう。そもそも、ド・バナとの出会いがなければ、果たしてこのタイミングでこのプロジェクトが生まれただろうか。過去2回の公演でも、ド・バナ振付の「ホワイト・シャドウ」「マリー・アントワネット」「クリアチュア」などが好評を博してきた。今回、ド・バナ本人がパートナーに選んだのは、スペイン舞踊家ヘレナ・マーティン。ド・バナの新境地にも期待しよう。
前回の公演は、東日本大震災と続く原発事故の影響で多くの来日公演がキャンセルになるなか、震災から4カ月後に開催された。その舞台が私たちに大きな力と希望を与えてくれたことも記憶に新しい。今回の〈マニュエル・ルグリの新しき世界Ⅲ〉でも、新たな世界に挑戦し続けるルグリと、舞台に全身全霊をかけるダンサーたちがきっと、私たちに深い感動と明日へとつながるパワーを与えてくれるに違いない。
(柴田明子 バレエ評論家)
※12/11記
本文中で「シルヴィア」の初演キャストをオレリー・デュポンとマニュル・ルグリと記載しておりましたが、モニク・ルディエールとマニュエル・ルグリの誤りでした。お詫びするとともに、該当箇所の原稿を訂正いたしました。