新『起承転々』〜漂流篇VOL.22 イケイケ、GO! GO!

イケイケ、GO! GO!

 正月を迎えるたびに、つい口をついて出る句がある。「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」(一休宗純)。私がいつ冥土に行き着くかはわからないが、東京バレエ団は今年55回目の門松を立て、めでたく創立55周年を祝うことになった。東京バレエ団の方はこれからも毎年門松を立て続け、永遠に冥土に辿り着かないことを願うばかりだ。
 55はGO! GO! に通じるから、今年は東京バレエ団にとって「イケイケ」の年にしなければならないと思っている。NBSと東京バレエ団の関係を知らない人も多いにちがいない。NBSは今年で創立38年目になるが、NBSの前身は創立者の佐々木忠次が東京バレエ団を立ち上げるにあたってつくった制作会社の株式会社ジャパン・アート・スタッフだから、実質的にはNBSは東京バレエ団と同じ55年の歴史がある。東京バレエ団とNBSはコインの裏表なのだ。
 東京バレエ団が50周年を迎えたとき、当代最高の振付家とうたわれるジョン・ノイマイヤーは「民間でこのスケールのバレエ団を50年も続けてこられたのは奇跡だ」と讃えてくれたが、それからさらに5年も生き長らえ、「奇跡」を更新し続けている。55周年記念公演のラインナップは別欄で掲載のとおりだが、3月の『海賊』初演、10月の勅使川原三郎氏の新作、12月には『くるみ割り人形』を37年ぶりに一新するほか、ウィーン国立歌劇場やミラノ・スカラ座に出演する海外ツアーも予定している。55年という節目でチャレンジングな取り組みをする一方、今後の生き残りをかけて東京バレエ団を支える確固たる財政基盤を築くことを55周年プロジェクトの最大の課題に据えている。
 私はこの苦界に身を沈めて40年近くになるが、身も蓋もない言い方だが「地獄の沙汰も金次第」だとつくづく感じる。「お金がある社会が良い社会である」と言われるように、極論すればオペラにしろオーケストラにしろお金のある団体が優れた団体だと言える。お金で優秀なダンサーと優秀な指導者を引っ張ってくれば、まちがいなく優秀なバレエ団になるのだ。
 日本人の若いダンサーたちは国際バレエコンクールでの受賞を足がかりに、海外の有名バレエ学校に入学したり、「就活」して世界各地のバレエ団に散らばっている。才能の海外流出が続いているが、根底にある問題は日本ではバレエだけではなかなか生活ができないことだ。欧米の一流バレエ団並みの報酬が得られ、舞台に立つ回数がそこそこ多く、踊りたいレパートリーをもっている団体があれば、多くのダンサーが日本に戻って踊りたいと思うのではないか。
 オペラやバレエ、オーケストラなどの舞台芸術の団体は入場料収入だけで運営できないので、国からの助成金やスポンサー、寄付金は必要不可欠だ。55周年プロジェクトの課題は財政基盤の強化だから、集中的に助成金の増額、企業スポンサーの獲得、寄付金募集に死に物狂いで取り組む覚悟だ。助成金に関して言えば、文化予算全体の増額はあまり期待できそうにないから、頼みの綱である文化庁ならびに芸文振(独立行政法人日本芸術文化振興会)には、より有効な助成金の活用方法を考えてもらいたい。55周年プロジェクトを実りあるものにするために、従来の助成金額に加え、55周年の“ご祝儀”を上乗せしてくれないものかと勝手に期待している。ファンドレイジング(寄付金募集)事業もなかなか結果に結びついていないが、今年こそ外部の専門家の知恵と力を借りてでも、なんとか成果を出したいと思っている。55周年を機に手をつけなければならないことはたくさんあるが、最終的な目標は東京バレエ団を、団員やスタッフの報酬、年間の公演回数、労働条件などの面においても欧米の一流バレエ団並みにすることだと思っている。
 創立者の佐々木忠次は50周年の際に刊行した『50年のあゆみ』に、「創立して50年も続いている芸術団体は、観客の支援や各方面からの経済的な援助なくしては存続できなかったわけだから、公共の財産だと考えるのが当然かとも思う」。さらに続けて「ニネット・ド・ヴァロワがつくったプライベートのバレエ団が、いまから58年前の1956年に、王室勅書により今日の『英国ロイヤル・バレエ団』になったように、見識ある為政者が国際的に高い評価を受けている東京バレエ団の活動を認め、国立や都立といった公共のバレエ団にする日がきてもおかしくないのではないかと考えている」と書き残している。どう考えても現在の日本の状況からして国立や都立は無理だとしても、海外の一流バレエ団並みの財政基盤をつくらなければ、海外の一流バレエ団に対抗できない。これが解決できないと、今後の東京バレエ団の発展は覚束ないだろう。私も佐々木と同様、東京バレエ団は公共の財産だと思っている。東京バレエ団はすべてのバレエファンのものである。財政基盤の強化という55周年プロジェクトの困難なミッションをなんとか達成するために、いままで以上にバレエを愛する皆さまから熱く力強いご支援を寄せていただきたいと願っている。