新『起承転々』〜漂流篇VOL.29 世界トップ・レベルの証明

世界トップ・レベルの証明

 東京バレエ団海外ツアーの帰途の機上でこの拙稿をしたためている。私は6月30日に英国ロイヤル・バレエ団日本公演の最終公演を終えるや深夜便でウィーンに向かい、バレエ団と合流した。今回は6月19日に日本を発ち、ポーランドのウッチ、ローマ、ウィーン、イタリアのネルヴィ、ミラノを巡る1か月にわたる長いツアーになった。今回のハイライトはウィーン国立歌劇場とミラノ・スカラ座という世界最高峰のオペラハウスに立て続けに出演することだ。東京バレエ団は日本国内よりもむしろ海外のほうが有名で評価も高いように感じる。現地のテレビ局や新聞の取材依頼がいくつもあり、私もウィーンでORF(オーストリア放送協会)と有力紙「クローネン・ツァイトゥング」の取材を受けた。「クローネン・ツァイトゥング」の記者から「東京バレエ団は世界的に有名だが、東京オリンピックの開会式には出るのか?」と聞かれ、苦笑してしまった。今のところそんな話はない。公演初日にはNHKウィーン支局の取材を受けた。NHKの記者から「ウィーン国立歌劇場やミラノ・スカラ座に出演することにどういう意味がありますか?」と質問された。とっさに「東京バレエ団が世界のトップ・レベルのバレエ団であることが証明できる」と答えた。その直前にドミニク・マイヤー総裁から、これまでウィーン国立歌劇場が招聘したバレエ団は1973年と1986年のボリショイ・バレエ、1974年のベジャール・バレエ団の前身である20世紀バレエ団、2000年のパリ・オペラ座バレエ団、そして東京バレエ団の4団体しかないと聞かされたばかりだったからだ。4つのバレエ団しか招聘されていないということは意外な驚きだったが、東京バレエ団は名誉なことに1986年、1989年に続き、今回が3回目の出演になる。
 ミラノ・スカラ座でも記者会見が設けられていて、RAI(イタリア放送協会)ほか、有力紙の記者が集まった。東京バレエ団がスカラ座に出演するのは、1986年、1989年、1993年、1999年、2010年に次ぎ、今回が6回目になる。今回の4公演を加えると計28回公演したことになる。スカラ座でもどこのバレエ団を招聘しているか尋ねてみたが、ここ40年の間、1998年のフランクフルト・バレエ団、2000年のパリ・オペラ座バレエ団、2007年と2018年のボリショイ・バレエ、そして東京バレエ団の4団体だけだという。私は控えめな性格だが、東京バレエ団がウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座から招聘されている限られた団体の一つであるという事実を誇示し、威張って国内外にアピールしてもいいのではないかと、急に気が大きくなった。東京バレエ団はウィーン国立歌劇場やミラノ・スカラ座にお金を払って劇場を借りて公演をしていると思っている人がいるらしい。実際、日本の芸術団体の中にはお金を払って現地のオーガナイザーに頼み、箔づけのために海外公演を行っているところが多いことも知っている。東京バレエ団はすべて招聘されて出演しているから、しっかり出演料をもらっている。手弁当でやったことは一度もない。公演の内容が評価されなければ、これまで32か国で775公演まで数字を積み上げることはできなかっただろう。
 こうした海外での実績があるからこそ、世界の有名バレエ団のひとつと認知されるまでになっていると自負している。当方の広報活動が足りないせいだが、日本国内においても、もう少し東京バレエ団の海外での評価が周知されないものかと思っている。日本のバレエ団が世界のトップ・レベルのバレエ団と伍して活躍していることを広く知らしめることは、我が国のバレエ界全体にとっても意義があるのではないか。
 今回のスカラ座での公演では、『ザ・カブキ』のほか、バランシン振付の『セレナーデ』、キリアン振付の『ドリーム・タイム』、ベジャール振付の『春の祭典』を上演した。『ザ・カブキ』だけでなく、このトリプル・ビル(3本立ての公演)を観て、東京バレエ団の芸術的レベルの高さに驚嘆したという声を多く聞いた。一糸乱れぬコール・ド・バレエ(群舞)の美しさは、ボリショイ・バレエよりもパリ・オペラ座バレエ団よりも東京バレエ団のほうが上だろう。東京バレエ団の創立者・佐々木忠次が、創立当初から日本のバレエ団が海外のバレエ団と対抗するには、コール・ド・バレエの強化しかないと看破したのは、まさに正鵠を射ていたといえよう。海外のバレエ団は多国籍のダンサーで構成されていることが多いが、日本人を主体にした繊細なコール・ド・バレエの美しさこそ、東京バレエ団最大の武器だ。これがあるから、東京バレエ団は世界のトップ・レベルと闘えるのだ。
 ボリショイ・バレエにしてもパリ・オペラ座バレエ団にしても、ロシア、フランスの国家機関である。一方、東京バレエ団はNBSという民間の貧乏財団が運営している。財政基盤には雲泥の差がある。バレエはグローバルな舞台芸術だが、バレエを取り巻く世界の状況が大きく変わっていても、我が国の舞台芸術を支える文化行政は旧態依然だ。誰も東京バレエ団に世界と闘ってほしいと思っていないのかもしれないが、今回のツアー体験を通じて、私の中では東京バレエ団をさらに世界に認めさせなければならないという、使命感のようなものがふつふつと沸き上がっている。