ミラノ・スカラ座 2020年日本公演 音楽監督 リッカルド・シャイー インタビュー この『トスカ』は、ミラノ・スカラ座の進化&真価をみせる! Photo: Brescia e Amisano - Teatro alla Scala

華やかに、そして大成功を収めたミラノ・スカラ座シーズン開幕公演『トスカ』。
翌年1月初旬までつづく公演の合間の2019年12月、
音楽監督リッカルド・シャイーがインタビューに応えてくれました。

Photo: Brescia e Amisano - Teatro alla Scala

第1幕 ”テ・デウム”より

「歴史を持つ劇場でも観客を驚かせることが必要なのです。オペラ劇場は音楽を大切にすることが重要だと思いますが、並行して進化発展していくべきです」リッカルド・シャイー

ーー『トスカ』の大成功おめでとうございます。観客の反応は大変なものでしたね。

シャイー:何よりも観客の支持を得たということを実感できました。このオープニングに向けて劇場が一体となって稽古に励みました。オーケストラも合唱も歌手たちも私と一体になって演奏してくれました。真の劇作法に則った上演になったと思います。プッチーニが作曲した美しいアリア、テノールの2曲とソプラノの1曲、バリトンの1曲ばかりでなく、最初から最後まで素晴らしい音楽に浸ることができたと思います。

ーーマエストロもこの結果に満足されていますか? 日本の観客にもこの感動を実際に伝えることができるのですね。

シャイー:もちろん大変満足しています。このプロダクションを日本でも公演できることに大きな喜びを感じています。

ーー『トスカ』は、今まで一度もスカラ座のオープニングの演目にはなりませんでした。こんなに有名な作品がなぜ選ばれなかったのでしょう? プッチーニの作品でのオープニングは本当に稀です。今回はマエストロが『トスカ』の初演版での演奏をなさるということも話題になっていますね。

シャイー:プッチーニが1904年にスカラ座で『蝶々夫人』を初演した時には大失敗に終わっているんです。この大失敗はプッチーニにとって大きな苦しみになっていました。2016年のオープニングで私は『蝶々夫人』の初演版を演奏しましたが、当時受け入れられなかったその初演版は素晴らしい作品だと再認識させられました。以来、この初演版による上演も行われるようになってきています。そして最近『蝶々夫人』の校訂版が出版されました。今回の『トスカ』もまたプッチーニが1900年1月にローマで初演したオリジナル版での演奏をすることを決めました。プッチーニの作品は人気が高いけれど、スペクタクルではないのでスカラ座のオープニングには向かないと思われてきたのではないかと思います。

ーーここで教えていただきたいのですが、1900年の初演オリジナル版と最近出版されたロジャー・パーカーの校訂版とは同じ内容なのでしょうか?

シャイー:そうです。校訂版は後でカットされた部分が復元されて初演のオリジナルに戻っているのです。ロジャー・パーカーの校訂版というのは実は4カ月前に出版されたばかりで、手書きの楽譜を見ること以外、この初演版は今まで誰も見ることができなかったのです。
 プッチーニは初演後にカットしたり書き直ししたりと手を加えることが多かった作曲家です。これはプッチーニの才能がずば抜けていて当時の時代としては型破りな、大胆にも前衛的な作風であったために初演後にその大胆さを抑えるような書き直しをしたのではないかと思われます。
 今回上演の初演版『トスカ』は8カ所で約40小節が加えられていますが、通常上演されている版と大きな違いはありません。でも、この8カ所は初演以来一度も演奏されたことが無いのです。それを今回演奏することはそれ自体重要なことだと思います。特に注目したいのはトスカのアリア〈歌に生き恋に生き〉の後のスカルピアとトスカの対話です。ここに対話があることはとても興味深い。ここで使われている和音はこのオペラの冒頭の音楽、スカルピアのテーマなのです。それと幕切れにカットされた14小節の復活です。私はリコルディ社で初演版の手書き楽譜を見て、本当に驚きました。このオーケストラによるコーダは通常上演されるフィナーレの二倍以上の長さがあるのです。これを劇場の舞台でどのように実現できるのだろうかと思いました。でも同時にテノールのアリア〈星は光りぬ〉のメロディーが絶望的なフォルティッシモで響くところに感動しました。これは是非とも現代の観客の皆さんに聴いていただきたいと思ったのです。ここは演出家にとっても一つの挑戦だったと思います。トスカが身を投げてから幕切れまでの間をどのように見せるか解決するのは難しい課題だったと思います。演出家は魂が永遠に空中を舞うイメージを作りました。

ーー指揮者として今回の最新テクノロジーを駆使した壮大な演出をどう思われますか?

シャイー:演出家は聡明さをもって物語を視覚化したと思います。例えば、幕開きは通常のサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会ではなく、アンジェロッティが逃亡して走り続ける様子を見せました。この数秒の音楽の間に舞台装置も転換する必要がありました。演出家のアイデアを実現させたスカラ座の技術スタッフの優秀さには改めて感心しました。このプロダクションは舞台自体が動いて劇場的効果を出しているというところに新しいオペラの上演法を見ることができると思います。

ーースカラ座ならではの舞台?

シャイー:スカラ座の優秀なスタッフがいてこそ実現できたと思います。また、この劇場が改修されて舞台機構が新しくなり、技術的に困難な舞台も実現できるようになったのも重要なことです。スカラ座で非常にクオリティの高い公演が行われているのはこの舞台機構のお蔭だと言えるでしょう。古い歴史を持つ伝統的な劇場でも新しい時代の観客の嗜好に沿った上演を心掛けることが必要だと思います。観客を驚かせることも必要なのです。オペラ劇場は何よりも音楽を大切にすることが重要だと思いますが、並行して進化発展していくべきです。

ーー今回日本で主役トスカを歌うサイオア・エルナンデスについて一言よろしいですか?

シャイー:今日活躍するソプラノ歌手の中でも最高に素晴らしい声の持ち主の一人だと思います。新しい世代の期待の星と言えるでしょう。2018年のスカラ座オープニング『アッティラ』で大成功を収めて以来、スカラ座での出演を重ねています。ドラマティックなソプラノ・リリコとして今後の活躍が期待されています。トスカはすでに彼女のレパートリーですし、今回最初から熱心に稽古に参加して一緒に役作りをしました。日本でも成功を収めることと確信しています。

Photo: Brescia e Amisano - Teatro alla Scala

サイオア・エルナンデス(トスカ)

 
 

『トスカ』をどう演出するか?

リヴェルモア:30年前は多くのイタリア人が『トスカ』を暗譜して台本の言葉をよく知っていましたけれど、現代人はそうではありません。だからこの物語を奥深く話して聞かせることが必要だと思ったのです。この作品の美しさに観客が魅了される舞台を作り上げることを目標にしようと思いました。

プッチーニは映画の
ストーリーボードのような作曲をしている

リヴェルモア:プッチーニの音楽には歌手たちの動きまでもすべて書かれているのです。彼は映画のストーリーボードのような作曲をしています。それを視覚的に表現しようと思いました。プッチーニの音楽はこの100年来映画音楽の作曲家に一番コピーされているんですよ。プッチーニのテーマは行動も深い感情もすべて音楽で表しているのです。プッチーニが書いた行動は変えることができないのです。勝手に解釈して表現することもできません。あまりにも正確に書かれているからなのです。だから、僕もスコアに忠実に再現しようと努めました。

第1幕のフィナーレ テ・デウムは壮大に

リヴェルモア:この場面は壮大に仕上げました。もちろんプッチーニがそのように望んだからです。プッチーニはマニアックな所があって、例えば聖体行列にしても、教会の僧侶たちの階級による行列の順番にまでこだわっていました。これも再現しました。舞台には合唱、児童合唱、助演など約200名もの人が登場して行列します。この壮大さは、教会が権力を持っていた時代を表しているのです。まるで軍隊のように教会の内部も階級による支配がありました。1800年代の教会は世の中が近代化されていくことや自由な思想が生まれることを恐れていたので、より厳しい戒律のもとにあったのです。聖体行列はまるで軍隊のパレードのようなものでした。