解説 STORY・聴きどころ 指揮者・キャスト

序曲

 この作品には、1814年に書かれた決定稿のための序曲(「フィデリオ」序曲)のほかに、3つの「レオノーレ」序曲(第1番〜第3番)がある。3つの「レオノーレ」序曲は、通例通りオペラのテーマを使用しているが、決定稿とともに誕生した「フィデリオ」序曲は、全く独立したものとなっている。レオノーレの愛情と献身の勝利を告げるような力強さが示され、歓喜のドラマの幕開けにふさわしい盛り上がりをもつ。

第1幕

 門番のヤキーノが看守の娘マルツェリーネに愛を訴えようとするが、彼女はとりあわない。看守の助手としてフィデリオ(男装したレオノーレ)が来るまでは、マルツェリーネの心はヤキーノに傾きかけていたのだが、いまや彼女の心はフィデリオのことでいっぱいなのだ。看守ロッコに呼ばれてヤキーノがいなくなると、マルツェリーネはひとり、〈あなたといっしょになれたら〉と、フィデリオへの想いを歌う。そこに外出していたフィデリオが戻って来る。ロッコはフィデリオが仕事熱心なのはマルツェリーネの心を得るためだと思っている。娘の気持ちを知っているロッコは、フィデリオに娘婿として迎えたいと告げ、新家庭をもつにしても、まず大切なのは金だ、幸福は金があってこそ訪れると、人生哲学を語る(〈人間、金をもっていなければ〉)。

 明るい行進曲が聞こえ、ヤキーノが門を開いて兵士たちを招き入れる。兵士だけではなく、所長のピツァロもやって来たのでロッコは驚く。ピツァロは悪事仲間から届いた密書により、ピツァロがフロレスタンを不当に投獄していることを耳にした大臣ドン・フェルナンドが、調査のために前触れなく監獄を訪れようとしていることを知り、大臣が来る前にフロレスタンを始末してしまおうと決意する。邪悪で残酷なピツァロがフロレスタンの暗殺を心に決めて歌うのが劇的なアリア〈ああ、今こそチャンスだ〉。ピツァロは金の力でロッコにフロレスタンを殺すように命じるが、さすがにロッコも殺人に加担することは拒否する。ピツァロは仕方なく自分で手を下すことにするが、ロッコには墓穴を掘るよう命じる。フロレスタン殺害について二人が言い争っているのを隠れて聞いていたフィデリオ(レオノーレ)は、満身の怒りを込めて〈悪者よ、どこへ急ぐ!〉と歌い始める。激しい怒りの後、幸せだった日々の回想、願いが叶った日への希望とともに、固い決意が表される熱狂的なこのアリアは、全曲中最大の聴きどころの一つ。

 囚人たちのなかに夫の姿を確認し、逃がそうと考えているフィデリオ(レオノーレ)は、囚人たちの健康のためとロッコを説き伏せ、囚人たちを広場へと出す。男声四部合唱〈喜べ、自由の空気が〉は、囚人たちが、久しぶりに輝く太陽の光と新鮮な大空に触れる喜びの歌。しかしこの囚人たちのなかにフロレスタンの姿はない。失意のフィデリオ(レオノーレ)は、自分の夫の墓穴を掘るとは恐ろしいこと、と不吉な予感にとらわれながらも、ロッコから地下牢に助手として手伝うことにする。そこに、囚人を外に出したことを知ったピツァロが怒って駆けつけて来ると、マルツェリーネが知らせに来る。ヤキーノも加わっての四重唱〈お父さん、急いで〉に続き、ピツァロがやって来て五重唱〈勝手なことをする老いぼれめ〉へ。現れたピツァロは兵士たちに命じて囚人たちを牢獄に追い返し、ロッコの言い訳には耳も貸さずに、地下牢に行くように命じる。

第2幕

 暗い地下牢に思い鎖で繋がれているフロレスタンが〈ああ、なんと暗い所なんだ!〉と叫びをあげ、続いて〈人の世の春に、幸福は私から逃げ去った〉と、自分の不幸な運命を嘆く。絶望の叫びから始まり、妻レオノーレへの想いへと移り、愛するレオノーレに似た天使の幻影を夢見て死を憧れる狂気の陶酔が歌いあげられるこの曲はテノール歌手にとっては劇的表現力と技巧の両面が要求される難曲である。力尽きたフロレスタンが気を失ったところに、ロッコとフィデリオ(レオノーレ)がやって来て、仕事にとりかかる。この「墓穴掘りの場面」では、二人の対話(台詞)が、音楽の上で語られる「メロドラマ」形式の部分に続いて、夫の救出を願うフィデリオ(レオノーレ)とピツァロの命令に従うロッコが、それぞれの心情を二重唱〈ぐずぐずしてはいられない〉で歌う。用意ができた合図によってピツァロが地下牢へと現れる。ピツァロ、フィデリオ(レオノーレ)、フロレスタン、ロッコによる四重唱〈奴は死ぬのだ!〜その前に奴の誇りを〉は、ピツァロがフロレスタンを殺そうと銃を構えた瞬間から、夫の前にたちはだかるフィデリオ(レオノーレ)の怒りへ、さらに司法大臣到着を知らせるトランペットが響くまでの劇的な展開を盛り上げる。そして、再会と救出を喜ぶ夫婦は二重唱〈ああ、言いようのない喜び〉によって、心の昂りを力強く歌いあげる。

 慣例により、場面が転換される間に「レオノーレ」序曲第3番が演奏される。フロレスタンのアリアをはじめ、オペラの中の主要主題を多く含んだこの曲は、前の場面のレオノーレとフロレスタンの歓喜とフィナーレの大団円とをつなぐ大きな効果を果たす。

 司法大臣ドン・フェルナンドの到着によって、ピツァロの悪事は暴かれ、フロレスタンをはじめ、多くの囚人たちが解放される。自由と正義を讃える壮麗な合唱〈この日この時を待ちわびてきた〉によって理想の成就が高らかに唱えられ幕となる。