東京バレエ団「オネーギン」

――あなたは、ガエターノ・ドニゼッティのオペラ『アンナ・ボレーナ』を、これまですでに何度か指揮されています……。

ピド:はい、そのとおりです。『アンナ・ボレーナ』が世界中見渡してもあまり頻繁に上演されない作品であることを鑑みれば、これは異例なことといえます。わたしはこの作品を一つの単独のオペラとして、またこの作品とともにドニゼッティの「女王三部作」と言われる、『マリア・ストゥアルダ』および『ロベルト・デヴェリュー』と組み合わせて指揮する機会を得ました。『アンナ・ボレーナ』は、舞台上の演出をともなう上演と演奏会形式の両方を指揮しています。

――『アンナ・ボレーナ』は、ドニゼッティが悲劇的オペラの作曲家として認められる出世作となりました。コミカルなオペラもシリアスなオペラも合わせて、ドニゼッティのこの35番目のオペラ作品が、これ以前のものと比較して傑出しているのはどのような点ですか?

ピド:『アンナ・ボレーナ』は、形式という視点だけから見ても、ドニゼッティにとって大きな進歩でした。このオペラは、シェーナ、レチタティーヴォ、アリア、カバレッタの連なりが保たれているという意味においてベルカント形式の一つの理想的な手本といえます。しかしそれと同時にドニゼッティは、全体を通じた音楽劇的アーチの構築とその保持に、このオペラがかなり長いにもかかわらず、成功しています。
1830年のミラノのカルカーノ劇場における初演は、ドニゼッティにとって大成功でした。これは驚くことではありません。なぜならば一方でしっかりとした劇的構成、もう一方で素晴らしい音楽を備えたこの作品は、心を奪われる魅力に溢れています。そしてこれらの作品要素が登場人物を引き立てます。『アンナ・ボレーナ』は、ドニゼッティの中の名筆、珠玉と言えるでしょう。わたしたちはウィーンのプロダクションのために、リコルディ社の新しい校訂版を使用し、カットはごくわずかな部分にとどめました。

――ところで名筆といいますと、マエストロは画家一族のご出身です。家として、ご自身の中の“画家”の感覚やイメージを感じられることはありますか?

ピド:これは実際、時として一つの良いアプローチになります。たとえば色は気分、感情、雰囲気または表情を象徴します。ですから色と響きという要素のコンビネーションは、まったく理にかなっています。これは『アンナ・ボレーナ』に限ったことではなく、ベルカント・オペラ全般にあてはまります。

――ドニゼッティの音楽による性格描写は、このオペラにおいてはどの程度行われていますか?

ピド:もちろんエンリーコ8世は、たちの悪い、受け入れられないところのある、とんでもない王です。彼はあまたの女性を愛し、そして同じくらい多くの女性を欺きます。しかし彼には力と権力があります。アンナ・ボレーナも同じように多様な性格の持ち主です。並はずれた野心家であり、彼女の願望はエンリーコとの結婚によりイギリスの女王となることでした。それと同時にパーシー卿を過去に愛し、そして心の底から愛し続けます。ドニゼッティはパーシー卿を、ロマンティックなテノール役の典型として構想しました。アンナ・ボレーナとジョヴァンナ・シーモアのライバル関係はとても精緻に描かれています。この2人の関係は際立たせなければなりません! ジョヴァンナも一面的な性格ではなく、さまざまな感情に突き動かされます。彼女はエンリーコ8世を愛していますが、権力も愛しています。そしてアンナ・ボレーナに対しては、深い悔恨の念を抱いています。ドニゼッティは、これらの登場人物すべてのために、それぞれに特別に音楽を作っています。冒頭のエンリーコとジョヴァンナの間のみごとな二重唱、二人の女性の間の素晴らしいデュエット、三重唱そして立派なフィナーレです!

――このオペラの中で、指揮者として特別に高い壁に挑むような、特に難しい箇所はありますか?

ピド:とりわけレチタティーヴォが大変です! レチタティーヴォは、しばしば聴衆に退屈と感じられてしまう恐れがある箇所です。そのためにレチタティーヴォが歌われる際はきわめて入念に、すべてのニュアンスを際立たせなければなりません。ある箇所でラレンタンド(だんだん遅く)することは、また別の箇所での静寂な一瞬とまったく同じくらい必要かつ重要なのです。ここで重要なのは精密に仕上げることです! そして舞台との深部にまでおよぶ対話が成立するように、聴衆の関心をオーケストラにも向けることは、わたしが挑む壁です。合唱もこのオペラにおいてはまさに主役級に重要です。

――マエストロは、とりわけ徹底的に正確に準備する指揮者として評判です。

ピド:実は、わたしはいつも同じように反復するルーティンが大嫌いなのです! このため、プレミエごと、一つの作品の上演ごとに新たに作品を勉強し直します。結局毎回何か新たに学ぶことがあります。常により高い成熟度に到達することが可能なのです。このようにしてわたしの解釈も毎回変わります。基本構想は変わりませんが、細部に関してはやはり多くが変化します。またこれとは別に、作品に対する自分の解釈をそのときの配役に合わせる必要があります。歌手というものは男性も女性も、一人ひとり、みなそれぞれ根本的に異なるので、指揮者としてこれに対応しなければなりません。基本的にまさにベルカント・オペラを上演するためには、きわめて精緻に熟考を重ねることが求められます。その一つの例は、こんにちわたしたちが上演する劇場は、その大部分が19世紀に建てられた、つまり、ドニゼッティの耳にも響いた音響の劇場なのですが、ただし、使用楽器が当時から今までの間に変化したために、強弱の指示を読み込む際に考慮が必要である、ということなのです。歴史的楽器で出すフォルティッシモは、現在の使用楽器で出すフォルティッシモと比較すると、明らかに音が小さく、重量感もありません。つまり、もしも強弱の指示をそのまま1対1で適用したら、舞台上の歌手の活躍のチャンスは奪われ、その声はオーケストラの響きに「覆われて」しまうことでしょう。
いつも、公演の後は少し悲しくなります。わたしはそのどの作品ともさらに長く取り組んで、できることならば、そこで体得したばかりの知識をすぐにでもまた作品に盛り込んで演奏したいと思うものですから……。


G.ドニゼッティ作曲『アンナ・ボレーナ』

指揮:エヴェリーノ・ピド/演出:エリック・ジェノヴェーゼ

会場:東京文化会館

10月27日(土)3:00p.m.
10月31日(水)6:30p.m.
11月 4日(日)3:00p.m.

入場料[税込]

S=¥59,000 A=¥52,000 B=¥45,000
C=¥38,000 D=¥29,000



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