英国ロイヤル・オペラ 2015年日本公演 演出家カスパー・ホルテンに聞く『ドン・ジョヴァンニ』に描かれる 夢、幻想、そして現実 Photo:ROH / Bill Cooper

リハーサル中のカスパー・ホルテンと初演で
ドンナ・アンナ役を演じたマリン・バイストロム
[2014年初演前の撮影]

——今回の『ドン・ジョヴァンニ』は、ホルテンさんが英国ロイヤル・オペラのために演出した2作目のオペラになります。この作品を以前演出したことはありますか?

ホルテン: だいぶ前ですが、1999年にデンマーク王立歌劇場で初めて演出しました。また、2012年には『JUAN』というタイトルで、『ドン・ジョヴァンニ』の映画も発表しました。それを含めれば、今回の演出が三度目になります。
 以前演出したオペラを新しく手がける場合、難しく感じる作品もありますが、『ドン・ジョヴァンニ』の場合は三度ともまったく違ったアプローチで取り組むことができました。映画の場合は自然主義的な手法が必要ですが、今回の舞台演出では、大部分が主人公のイマジネーションの中で起こるという、いわばヴァーチャルな世界を扱っています。

——演出のコンセプトについてお話しいただけますか。

ホルテン: だれもが自分なりのドン・ジョヴァンニ像を持っているとは思いますが、私の考えでは、彼はきわめて豊かなイマジネーションの持ち主で、女性と知り合うと彼女が心の中で望んでいること、夢や欲望を読み取ることができ、一瞬だけその夢をかなえてあげることができるのです。その意味では彼は芸術家肌だといえるでしょう。でもそれは幻想であり、女性たちはそれに気づかず、彼が創り出した世界を信じてしまい、あとで傷つくのです。誰も本当のドン・ジョヴァンニに会うことはないのです。
 こうした世界を描くには、プロジェクション・マッピングを用いるのがぴったりではないかと、舞台美術のエス・デヴリンと構想を練っている時に考えつきました。舞台上の建物は、いってみればドン・ジョヴァンニ自身であり、彼の頭の中の象徴でもあります。そこに彼が創り出す夢や幻想−−そして彼が付き合った多くの女性たちの名前−−をプロジェクションで映し出し、しかもそれらがいかに儚いものであるかも示しています。最終的にはすべてが消え去り、彼は独り取り残されるのです。

——今回のプロダクションでは、この「地獄落ち」の場面が議論を呼びましたね。

ホルテン: ドン・ジョヴァンニのような人物にとって、究極の罰とはなんだろうかと考えた時に、それは孤独なのではないでしょうか? 結局、彼は孤独になることが怖いから、次々と女性を誘惑しては、その瞬間だけ現実を忘れようとするのです。その意味で、彼にとっての「地獄落ち」は独りになることなのではないかとこの演出では考えます。

ドン・ジョヴァンニ役とドンナ・アンナ役の歌手との
リハーサル中のカスパー・ホルテン(中央)
[2014年初演前の撮影]

——3人の女性たちが単なる被害者ではなく、それぞれ意思を持った人間として描かれているのも印象的でした。

ホルテン: オペラでも芝居でも、登場人物にレッテルを貼るのは好きではありません。現実の世界には完全な被害者というのは少ないですし、より複雑な人物像を描きたいと思っています。オペラの中で、ドン・ジョヴァンニは2065人の女性をものにしたことが語られますが、その一人一人が個別の人間であったわけです。したがって、オペラに登場する3人の女性を異なる人間として描くことで、彼が付き合ったすべての女性にそれぞれのストーリーがあったことを代表しているのです。
 なかでもドンナ・アンナは興味深いキャラクターだと思います。彼女は特にいろんな感情の狭間で苦しんでいます。ドン・ジョヴァンニがひどい男であることを分かっていながら彼に惹かれてしまう−−こうした例は現実にも多くありますし、そういった葛藤を描きたかったのです。ドンナ・アンナの最後のアリアでは、彼女が人生においていかに3人の男たち−−婚約者、父親、ドン・ジョヴァンニ—との関係に苦しみ、最後は全員から離れて、自分の人生を歩んでいくのかを示したつもりです。

——従者のレポレロはドン・ジョヴァンニをどう見ているのでしょうか?

ホルテン: レポレロもドン・ジョヴァンニの魅力に惹きつけられてしまった一人です。主人の行動を批判しているように見えますが、実際にはその才能や創造性に憧れており、彼なしではやっていけません。主人の人生を通して自分の人生を生きているのです。
 彼は、ドン・ジョヴァンニが女性と真剣な関係になりそうになると嫉妬心を抱くのです。その意味で、唯一ドン・ジョヴァンニと真の関係を結べそうなドンナ・エルヴィーラにはいちばんライヴァル心を持ち、彼女を遠ざけようとします。しかし最後にドン・ジョヴァンニが窮地に陥った時には、何もしてあげられず、彼もまた去っていくしかないのです。

——この演出では、オペラのフィナーレの音楽が通常の版と違いますね。

ホルテン: 第2幕のフィナーレは、通常ではドン・ジョヴァンニ以外の登場人物たちが六重唱を歌って大団円になるわけですが、これはモーツァルトがプラハで初演した時には歌われましたが、のちにウィーンで再演した時にはカットしているので、彼自身迷いがあったのだと思われます。今回の演出では六重唱の前半をカットして後半だけ採用し、しかもピットから歌われます。最後の場面では、ドン・ジョヴァンニがその行いに対してどんな報いを受けるかということに焦点を当てたかったからです。

*このインタビューは2015年3月に行われました。フィナーレについては、その後6月の再演ではさらに変更が加えられ、六重唱すべてがカットされての上演となりました。


2015年日本公演
英国ロイヤル・オペラ
ヴェルディ作曲『マクベス』


指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:フィリダ・ロイド

【公演日】

2015年
9月12日(土)3:00p.m
9月15日(火)3:00p.m
9月18日(金)6:30p.m.
9月21日(月・祝)1:30p.m.

会場:東京文化会館

【予定される主な配役】

マクベス : サイモン・キーンリサイド
マクベス夫人 : リュドミラ・モナスティルスカ
バンクォー : ライモンド・アチェト
マクダフ : テオドール・イリンカイ

【入場料[税込]】

S=¥55,000 A=¥48,000 B=¥41,000 C=¥33,000  D=¥26,000 
エコノミー券=¥10,000 学生券=¥8,000

*エコノミー席はイープラスのみで、学生席はNBS WEBチケットのみで8月7日(金)より受付。

2015年日本公演
英国ロイヤル・オペラ
モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』


指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:カスパー・ホルテン

【公演日】

2015年
9月13日(日)3:00p.m
9月17日(木)6:30p.m.
9月20日(日)1:30p.m.

会場:NHKホール

【予定される主な配役】

ドン・ジョヴァンニ : イルデブランド・ダルカンジェロ
レポレロ : アレックス・エスポージト
ドン・オッターヴィオ : ローランド・ヴィラゾン
ドンナ・エルヴィーラ : ジョイス・ディドナート
ドンナ・アンナ : アルビナ・シャギムラトヴァ
ツェルリーナ : ユリア・レージネヴァ
マゼット : マシュー・ローズ
騎士長 : ライモンド・アチェト

【入場料[税込]】

S=¥55,000 A=¥48,000 B=¥41,000 C=¥33,000  D=¥26,000 
エコノミー券=¥10,000 学生券=¥8,000

*エコノミー席はイープラスのみで、学生席はNBS WEBチケットのみで8月7日(金)より受付。