2016年 2月公演 東京バレエ団初演 ブルメイステル版「白鳥の湖」 私にとって、ブルメイステル版が原点。 良いものはそのまま後世に残していかなければ将来もないと思うのです。 オデット/オディール:川島麻実子 オデット/オディール:上野水香 オデット/オディール:川島麻実子

 東京バレエ団の新芸術監督・斎藤友佳理が手掛ける最初のビッグプロジェクトは、来年2月にブルメイステル版『白鳥の湖』(1953年初演)をバレエ団として初演すること。長年の夢だったというこの公演について、スタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念モスクワ音楽劇場での打ち合わせから戻ったばかりの斎藤に聞いた。
 「知らない方のほうが多いと思いますが、ブルメイステルはチャイコフスキーと血縁関係がありました。『白鳥の湖』の初演は失敗に終わりましたが、ブルメイステルはチャイコフスキーが最初に構想した音楽をそのまま物語に反映させたいという思いが人一倍強かったのでしょう。クリンにあるチャイコフスキー記念館に行って、血縁関係があるからこそ普通は入れない所にまで入って調べ、チャイコフスキーが最初に作曲したオリジナルな形に戻したのです。第3幕のグラン・パ・ド・ドゥで使われる曲も含めてね」と、ブルメイステル版の意義を強調し、「バランシンが『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』であの音楽を使ったのは、ずっと後のことです」と付け加えた。
 そのブルメイステル版の舞台とはどのように出会ったのだろう。
 「初めてロシア(旧ソ連)を訪れた時、最初に行ったのはボリショイ劇場ではなくダンチェンコ劇場(モスクワ音楽劇場)でした。そこで最初に観たのが『白鳥の湖』だったのです。初恋の人は一生忘れられないと言うでしょう、それと同じ。すっかり心を打たれてしまった」その時、斎藤は11歳。小学生の少女がどれほど感銘を受けたかは、想像に難くない。「今までに色々なヴァージョンを観てきたけれど、私の中ではブルメイステル版が『白鳥の湖』の原点です」と言い切った。
 「『白鳥の湖』は何といってもクラシックバレエの代名詞です。その『白鳥の湖』を手掛けることで自分も成長したいし、ダンサーたちも共に成長して欲しいと思うのです」
 だが気掛かりなこともある。モスクワ音楽劇場では、ブルメイステルが生きていた時代と現在とでは踊りのスタイルが変わってきたと聞いたからだ。斎藤が求めるのは昔のままのオリジナルな形。「過去に戻らなければ将来はない。私はそう思います。古典と並行してフォーサイスやキリアンなど現代の作品もやらないといけないけれど、古典バレエは変に手を加えたりせず、良いものはそのまま後世に残していかなければ将来もないと思うのです」
 斎藤のこだわりは美術や衣裳にも及ぶ。「衣裳や装置を新しく作り直すことはよくありますが、ある劇場のものは村娘の衣裳がゴージャスになって貴族との違いがはっきりしなかったり、別の劇場のものはハンガリーの踊りがロシアのブーツを履いていたり。理に適っていないことが多いのです」と手厳しい。紆余曲折を経て、衣裳はモスクワ音楽劇場から借り、装置は日本で制作することに。「衣裳は昔、私が見たブルメイステルの意図が反映された衣裳です。借りられるなんて思ってもいなかったから、感無量。美術はブルメイステルが信頼していたルーシンが手掛けたものを基にします」と、嬉しそうに語った。
 斎藤の夫ニコライ・フョードロフ(元ボリショイ・バレエのプリンシパルダンサー)の父は長年ダンチェンコ劇場で美術を担当し、ルーシンの下で働いたこともあるそうだ。彼の母も同劇場で装置や衣裳に携わっていたというから、斎藤の感慨もひとしおなのだろう。
 ブルメイステル版の優れた演劇性については既によく指摘されているが、オデット/オディールを踊ってきたバレリーナからみるとどうなのだろう。
 「お姫様で現れるプロローグとお姫様に戻るエピローグは、短くても必要だと思います。白鳥の姿のままで人間に戻れた喜びを表すのは、少々無理を感じていました。人間の姿に戻ることができて、初めて本当に喜べる。それと、ブルメイステル版では第3幕のスペイン、ナポリ、ハンガリー、マズルカと、4つの民族舞踊のダンサー全員がロットバルトの手下なので、オディールにはものすごい応援団がついていることになる。ロットバルトの手下と一体化しているから、オディールが王子を誘惑するにも強さを出しやすいのです。それに、一体化するって、大勢で一つのものを作り上げることでしょう。ああ、これって東京バレエ団に合ってる、と思いました。とにかく、まだ芸術監督に就任したばかり。東京バレエ団ならではの良い『白鳥の湖』ができるよう、この公演に自分の持てる力のすべてを賭けたいと思います」と気を引き締めていた。

東京バレエ団とブルメイステル版『白鳥の湖』

 2016年2月、チャイコフスキー記念東京バレエ団は創設以来のレパートリーであるゴールスキー版に代えて、劇的な演出で知られるブルメイステル版『白鳥の湖』を上演する。
 ブルメイステル版と言えばスタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念モスクワ音楽劇場の十八番であり、パリ・オペラ座やミラノ・スカラ座でも上演される名演出だ。東京バレエ団の新芸術監督・斎藤友佳理はダンサーとして、またバレエマスターとして永くモスクワで研鑽を積み、モスクワ音楽劇場がラコット版『ラ・シルフィード』を初演した際には振付補佐として招かれている。半世紀ぶりに『白鳥の湖』をリニューアルするに際して斎藤がブルメイステル版を選択したのは、バレエ団が劇的バレエを志向するモスクワ流派を継承することを再確認するものだろう。
 ウラジーミル・ブルメイステルは1904年にペテルブルグ近郊で生まれた。母方の祖父はチャイコフスキーの従兄弟に当たる。音楽の素養があった母の影響を受けて、ブルメイステルは初め音楽を、モスクワに移ってからは演劇を学んだ。その後、恋人に誘われて入った演劇学校でバレエに興味を持つようになったが、踊りを習い始めたのが遅かったため第一級のダンサーになるのは困難だった。彼はバレエにおいて新しいドラマトゥルギーを創造する振付家の道を選択した。
 ブルメイステルのバレエで最も有名なのが『白鳥の湖』であり、1953年4月にモスクワ音楽劇場で初演された。演劇学校時代よりスタニスラフスキー・システムに心酔していた振付家は、群舞からバレリーナに至るダンサーの階級に沿って踊りの妙技を披露する、古典バレエの様式に従ったプティパ=イワーノフ版に依拠するのではなく、可能な限りチャイコフスキーの原曲に立ち返ろうと考えた。「ダンサーは舞台の上で登場人物の人生を生きなければならない。舞踊によって人生を表現し、人物の感情や心的体験を開示する。」チャイコフスキーの音楽はこれを実現するだけのドラマトゥルギーを十全に備えていた。
 全幕は4幕(または3幕4場)から構成され、これにプロローグとエピローグが付け加えられる。序奏が始まるとすぐに幕が開き、オデットがロットバルトの魔法によって白鳥に姿を変えられるプロローグが演じられる。これにより観客は物語の発端を容易に理解できるようになった。
 第1幕の大きな変更点は、第4曲「パ・ド・トロワ」(ここでは王子の4人の友人による「パ・ド・カトル」)のあと、プティパ=イワーノフ版以来「黒鳥のグラン・パ」として第3幕で踊られていた第5曲「パ・ド・ドゥ」のアントレとアダージオが原曲の位置に戻されたことで、これは王子と宮廷の女官によって踊られる。
 第2幕の湖の情景はイワーノフの原振付に沿ってピョートル・グーセフが若干の改訂を施したが、今回の東京バレエ団の舞台ではイワーノフ版に戻される予定だ。
 第3幕はブルメイステルの独自性が最も際立った幕である。花嫁候補のワルツが終わるとオディールとロットバルトが手下を従えて登場する。各国の民族舞踊はロットバルトの手下たちによって踊られるが、最初のスペインの踊りと最後のマズルカで踊りの合間に女性ソリストとオディールが入れ替わり、王子を誑かす趣向になっている。
 ロットバルトの踊りのあと「黒鳥と王子のパ・ド・ドゥ」が続くが、ここでブルメイステルは、チャイコフスキーが初演第2キャストのアンナ・ソベシチャンスカヤのために追加した「パ・ド・ドゥ」(バランシンの『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』で知られる)のアダージオと男性ヴァリアシオンの曲を挿入した。但し、黒鳥のヴァリアシオンとコーダは第19曲「パ・ド・シス」の最後の2曲を使用している。
 終幕はチャイコフスキーのオリジナルにほぼ忠実な音楽配置だが、王子が湖畔に駆け込んできたあと「パ・ド・シス」の第3曲を挿入して、失意の白鳥たちが退場する情景を描いている。
 エピローグでは王子の献身的な愛により悪魔が滅び、オデットは元の娘の姿に戻って王子と結ばれる。ハッピーエンドで終わるところはチャイコフスキーの原曲に照らして議論が残るかも知れないが、20世紀的な人生の幸せと喜びを称揚する幕切れに賛同する向きも多いと思う。現代の日本の観客が新しい東京バレエ団のブルメイステル版『白鳥の湖』をどのように受け止めるか、今から楽しみである。

東京バレエ団 ブルメイステル版
「白鳥の湖」


【公演日】

2016年
2月5日(金)6:30p.m.
2月6日(土)2:00p.m.
2月7日(日)2:00p.m.

会場:東京文化会館

【予定される主な配役】

オデット/オディール:上野水香(2/5) 、渡辺理恵(2/6)、川島麻実子(2/7)
ジークフリート王子:柄本弾(2/5)、秋元康臣(2/6)、岸本秀雄(2/7)
ほか、東京バレエ団

指揮:アントン・グリシャニン
演奏:東京シティ・フィルハーモーニック管弦楽団

【入場料[税込]】

S=¥12,000 A=¥10,000 B=¥8,000 C=¥6,000 D=¥4,000 E=¥3,000
エコノミー券=¥2,000 学生券=¥1,000

*エコノミー券はイープラスのみで、学生券はNBS WEBチケットのみで2016年1月12日(火)より受付。
※ペア割引あり(S,A,B席) ※親子ペア割引あり(S,A,B席)