ウィーン・シリーズ ウィーン国立歌劇場 2016年日本公演 リッカルド・ムーティ ロングインタビュー 『フィガロの結婚』は 私自身の音楽人生にとって重要な作品

photo:Wiener Staatsoper / Axel Zeininger

 3月11日から17日まで「東京・春・音楽祭」のコンサートのために来日したマエストロ・ムーティ。実は来日の5週間前に大腿骨を骨折、手術という予測もしない事故に見舞われて、2月のシカゴ響の定期も3月に予定されていたパリでのコンサートもキャンセル。でも、東京でのコンサートは絶対にキャンセルしないとおっしゃり、毎日リハビリに励み、無事元気に来日された。空港に用意されてあった車椅子も使わず、杖を使用することもなく真っ直ぐに歩いて空港ロビーに現れた姿に私も安堵した。東京におけるシカゴ響のあの素晴らしい演奏の記憶も新しいが、アジア・ツアーを終えてイタリアに戻って以来1カ月以上も指揮活動を休んでいたマエストロの復帰第一番目のコンサートである上に、初顔合わせの合同オーケストラの指揮という大きな課題も抱えて、マエストロのスケジュールは午前午後とリハーサルでいっぱいの状態だったため、取材は一切お断り。無事にコンサートが終わった18日、空港へ出発前のお時間をいただいてお話を伺うことができた。

ウィーン国立歌劇場との共演は
第二の故郷に帰るような気分

__『フィガロの結婚』は多くの劇場での上演のほかに録音も録画もなさっていますが、ウィーン国立歌劇場との共演ということに特別な感情はありますか?

ムーティ: ウィーン国立歌劇場との共演ということはウィーン・フィルとの共演ということでもあります。ウィーン・フィルとは46年もの長い間毎年コンサートをしています。日本に初めて来たのも1975年のウィーン・フィルとのコンサートでした。ウィーン国立歌劇場には1973年に『アイーダ』でデビューして、その後もニュープロダクションで色々な作品を指揮しましたよ。特にアン・デア・ウィーンでのダ・ポンテ台本のモーツァルト三部作の成功は嬉しい思い出として心に残っています。ウィーン・フィルと録音したモーツァルトの作品は『フィガロの結婚』『コシ・ファン・トゥッテ』『ドン・ジョヴァンニ』のダ・ポンテ台本三部作の他にも『魔笛』『皇帝ティートの慈悲』などがあってどれも思い出深いです。ウィーン国立歌劇場との共演は第二の故郷に帰るような懐かしい気分です。

__『フィガロの結婚』にまつわるエピソードなどはありますか?

ムーティ: 特別なエピソードというものはありませんが、特に愛着を持っている作品です。『フィガロの結婚』は私が初めて取り組んだモーツァルトのオペラなのです。フィレンツェの首席指揮者になったばかりのことで、アントワーヌ・ヴィテツというフランスの演出家の演出でした。その後、1981年にスカラ座で演出家ジョルジョ・ストレーレルと共演しました。ストレーレルとの出会いは私にとって作品に向かい合う意識を高める大きなきっかけになりました。この『フィガロの結婚』を聴いてマエストロ・カラヤンが1982年にザルツブルクで『コシ・ファン・トゥッテ』を指揮しないかと誘ってくださったので、私自身の音楽家人生の歴史にとっては大変重要な作品なのです。ウィーン国立歌劇場のプロダクションはジャン=ピエール・ポネル演出のとても分かり易い舞台です。素晴らしいプロダクションに恵まれたことはとても幸運だったと思っています。

モーツァルトがイタリア人の
歌手に歌わせることを望んだ

__今回のキャストは若手のイタリア人が起用されていますね。

ムーティ: 若手といってもすでに国際的に活躍している将来有望な歌手たちが揃っています。エレオノーラ・ブラットはローマ歌劇場日本公演でも『シモン・ボッカネグラ』のアメリアを歌いましたが、最近は『ボエーム』のミミで絶賛されました。ローザ・フェオーラとアレッサンドロ・ルオンゴはラヴェンナ・フェスティバル出身ですがアメリカでも成功を収めています。イルデブランド・ダルカンジェロはもう若手というよりはキャリアを積んだ偉大な歌手の仲間入りをしているのではありませんか? ナショナリズムではありませんけれど、忘れてはならないのはモーツァルトがイタリア人の歌手に歌わせることを望んだということです。特にダ・ポンテの台本は、書かれた言葉の意味を奥深く理解できなければ理想の演奏にはなりませんから、きれいなイタリア語の発音ができても、ただ単に言葉の意味が分かっても、それだけでは十分ではないのです。もちろん、イタリア人でなくても勉強を積んで心底言葉の意味を理解することはできると思いますが、習得するには多くの時間を必要とします。今回、イタリア人のキャストで公演ができることを嬉しく思っています。

__イルデブランド・ダルカンジェロは昨年の英国ロイヤル・オペラ日本公演で『ドン・ジョヴァンニ』のタイトルロールを歌いましたが、マエストロ・ムーティのお蔭でモーツァルトの歌い方を学ぶことができたと言っていました。モーツァルトの歌い方など演奏法の秘訣は何でしょうか?

ムーティ: モーツァルトを歌うには演奏のスタイルを理解しなければなりません。これはなかなか難しいことです。モーツァルトは非常に人間的でグルックのように人生を遠くから眺めるのではなく、人生を内側から見ていたと思うのですが、その感情表現は厳格さをともなって演奏することが大切なのです。もちろん、それは硬くて冷たい表現とは違います。一時、モーツァルトの演奏は音をヴィブラートなしで保って、まるで汽笛やサイレンのような歌い方が正しいなどと言われた時期がありましたが、それは根拠のない解釈だと思います。モーツァルトがイタリア人歌手に歌わせたかったのも彼がナポリで、チマローザやパイジェッロなどナポリ楽派の音楽家の影響を受けたからでしょう。ナポリに行かなくても天才であったに違いないと思いますけれど、ナポリ楽派の作曲家たちとの交流があったからこそイタリア語に精通していたし、多くのオペラ作品を生み出したともいえるでしょう。忘れてならないのは、当時は北イタリア、特にミラノはオーストリアの支配下でしたし、オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘マリア・カロリーナはナポリ王と結婚してナポリの女王でしたから、ナポリとウィーンはとても近い関係にあって多くのナポリ楽派の音楽家がウィーンで活躍していた時代だったということです。モーツァルトのスタイルとは、イタリアの情熱的な感情表現とアルプスを越えた向こう側の国の厳格さとのバランスの取れた演奏のことだと思います。

ヴェルディとモーツァルトには
時代を超えた大きな共通点がある

__マエストロ・ムーティといえばすぐに頭に浮かぶのはヴェルディですけれど、マエストロにとってモーツァルトもまた敬愛する作曲家だと伺ったことがありますが…‥

ムーティ: ヴェルディはモーツァルトとは時代が異なる作曲家ですけれど、ヴェルディ作品の演奏もモーツァルトと同じく厳格さを伴った感情表現が必要です。ヴェルディというとどうしても大袈裟な感情表現や大声で叫ぶような歌い方をしがちですが、これは間違った解釈です。ヴェルディ作品はベルカントから生まれているのですから。もちろん、後に発展して1900年代に向かって行きますが、ヴェルディとモーツァルトには時代を超えた大きな共通点があると思います。それは言葉を大切にするということです。オーケストラも歌詞を理解して演奏しなければなりません。そして歌手をサポートしていくことが大切なのです。これは伴奏とは意味が違います。室内楽のように共に演奏するのです。一つの和音を弾くにしても、その重さや響きや音色はそれに伴う言葉の意味によって変わって来るのです。例えば「君を愛す」という意味の言葉の後の和音はたとえフォルテで書かれていても、「君を恨む」という言葉の後の音色とは同じではないはずです。同じ音を使った和音でも違う表情の音色にする必要があるのです。ですから指揮者は特に言葉の意味をよく理解して演奏しなければならないのです。そこがモーツァルトとヴェルディを演奏するうえで大切なことで、ワーグナーの作品とは大きく違うところです。ワーグナーも言葉は大切なのですが、オーケストラの構造自体が濃厚ですから交響楽的な音楽に言葉を乗せて行くことになります。ところが、モーツァルトとヴェルディの作品は言葉と音楽との縦の関係が重要で、この言葉のこの意味からこの音があるというほど言葉と音楽が深い関係にあるのです。特にモーツァルトのイタリア語台本による作品を演奏するためにはイタリア語を深く理解していなければなりません。一見単純に見えますけれど、奥が深くて大変難しいのです。

 マエストロはモーツァルトもヴェルディも人間のドラマを人間の視点で描いている作曲家なので私達の心の慰めになるとおっしゃっていた。
 今年7月に75歳になる巨匠は、今年三度目の来日となる11月の公演をとても楽しみにしているとおっしゃって、帰国の途につかれた。

2016年日本公演 ウィーン国立歌劇場
『ナクソス島のアリアドネ』

【公演日】

2016年
10月25日(火) 7:00p.m.
10月28日(金) 3:00p.m.
10月30日(日) 3:00p.m.

会場:東京文化会館

作曲:R.シュトラウス
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ
指揮:マレク・ヤノフスキ

【入場料[税込]】

S=¥63,000 A=¥58,000 B=¥53,000 C=¥48,000 D=¥32,000 E=¥25,000 F=¥17,000
エコノミー券=¥13,000 学生券=¥8,000

2016年日本公演 ウィーン国立歌劇場
『ワルキューレ』

【公演日】

2016年
11月 6日(日) 3:00p.m.
11月 9日(水) 3:00p.m.
11月12日(土) 3:00p.m.

会場:東京文化会館

作曲:R.ワーグナー
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ
指揮:アダム・フィッシャー

【入場料[税込]】

S=¥67,000 A=¥61,000 B=¥54,000 C=¥49,000 D=¥33,000 E=¥25,000 F=¥17,000
エコノミー券=¥13,000 学生券=¥8,000

2016年日本公演 ウィーン国立歌劇場
『フィガロの結婚』

【公演日】

2016年
11月10日(木) 5:00p.m.
11月13日(日) 3:00p.m.
11月15日(火) 3:00p.m.

会場:神奈川県民ホール

作曲:W.A.モーツァルト
演出:ジャン=ピエール・ポネル
指揮:リッカルド・ムーティ

【入場料[税込]】

S=¥65,000 A=¥60,000 B=¥54,000 C=¥49,000 D=¥33,000 E=¥25,000 F=¥17,000
エコノミー券=¥13,000 学生券=¥8,000

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