ウィーン国立歌劇場の日本公演では初の上演となる『ワルキューレ』でヴォータンを演じるドラマティック・バス・バリトンのトマス・コニエチュニー。劇的な表現力とパワフルな声量を誇り、力強い存在感を放つカリスマ・タイプの歌手だが、故国ポーランドでは演劇を学び、俳優として映画やテレビで活躍していたという一風変わったキャリアを持つ。有名映画監督のもとで演技指導を受ける一方で、ワルシャワのフレデリック・ショパン音楽アカデミーで声楽を学び、ドレスデンの音楽大学でも修練を積んだ。物静かな雰囲気の中に、秘めた情熱を感じさせる人物だ。
「私の最も若い頃の情熱は演劇に向けられていました。ポーランドで唯一の映画アカデミーに入学し、アンジェイ・ワイダ監督(『灰とダイヤモンド』)から直接演技の指導を受け、スクリーン・デビューもワイダの作品でした。その後もたくさんのテレビ映画に出演しましたし、俳優を続けながら将来は演劇の演出家になりたかったんです。そのための勉強をしていたとき、私自身も驚いたことなのですが、教師から「君は声楽家に向いている」と言われたのです。音楽大学へ進学する準備をするよう指導され、バス・バリトンとして声を鍛えました。何故かというと、当時バス・バリトンとして受験する生徒が少なかったから(笑)。私のオペラ・デビューはモーツァルトの『後宮からの逃走』のオスミンだったんですよ」
ワーグナー歌手として最初にセンセーショナルな成功を収めたのは《ニーベルングの指環》のアルベリヒ役だった。日本でも演奏会形式でのアルベリヒの熱演が大絶賛されたが、この成功は本人にとっては「とても皮肉なもの」だったという。
「オペラ歌手としてデビューして3年目の年に、レパートリーを広げたくて小さい劇場で色々な役を歌っていたんです。ハンブルクでジークフリート・シュヴァーク氏の指導を受け、ワーグナー向きの声だと言われたときは嬉しかった! 勇気を得て、ヴォータンを演じる準備を着々と進めていきました。その頃、ウィーンのホーレンダー総裁から声をかけていただいて、面白いプロダクションがあるからオーディションを受けてみないかと誘われ、私はすっかりヴォータンとして受けるつもりだったんです。しかし「既にヴォータンは決まっているのでアルベリヒを歌ってみる気はないか?」と言われてしまって…‥。そこから初めてアルベリヒを勉強し始めました。もともとヴォータンを歌うつもりでワーグナーの世界に入っていったのが、何故かアルベリヒとして有名になってしまった。アルベリヒももちろん興味深いですが、ヴォータンは私の人生そのものです。両方の役を演じることで壮大なストーリーを把握できるのは素晴らしいことです」
10月の来日公演で『ワルキューレ』を振るアダム・フィッシャーとは何度も共演を重ねており、お互いに信頼も厚い。
「ワーグナー指揮者として世界のトップですし、歌手のこともサポートしてくださる、とてもセンシブルな方です。新しい役をやるというのは歌手にとって大きなストレスですが、その上指揮者が難しい人だとストレスが倍増してしまうのです。フィッシャー氏は歌手にそのような負担をかける人ではないですし、大変良い協調関係が築けています。今回共演はしませんが、別の演目(『ナクソス島のアリアドネ』)で振られるマレク・ヤノフスキ氏とは『ワルキューレ』をレコーディングしました。彼も素晴らしい指揮者ですね」
ヴォータンに扮した自身が宣伝用のヴィジュアルに使われているチラシを見て、大喜びの表情。怒りに目を見開いた迫力満点のヴォータンは、舞台だけでしか見せないコニエチュニーの特別な顔のようだ。
「確か3年前くらいの撮影だったと思いますが、この写真は好きです。ウィーンのプロダクションは演出も素晴らしく、歌手にとって物語の中に自然に入り込んでいけるものを作っています。最近ヨーロッパでは演出家主導型のプロダクションも多いのですが、中には歌手や音楽のことをまったく考えないで、演出家のエゴだけで出来ているものもあります。私自身、演出家志望でしたから、あまりにオペラの本質とかけ離れた演出は受け入れられないのです。私が考えるヴォータンは、まず世界最高の権力者であり、そんなに「いい人」ではない(笑)。ワルキューレの母親たちはみんな違うわけですからね。女を飽きさせない男で、ワーグナーの夢が詰まっています。ブリュンヒルデに対する残酷な仕打ちは、私自身も父親ですからとても感情が入ります。ヴォータンは本当に、私の人生そのものなのです」
4月には、「東京・春・音楽祭」で演奏会形式の『ジークフリート』(マレク・ヤノフスキ指揮)でのアルベリヒと、ラフマニノフの歌曲などのリサイタルを行ったコニエチュニー。世界最高のアルベリヒ歌手と呼ばれる彼の「真の姿」が、11月には明らかになるだろう。
(インタビュー・文:小田島久恵 フリーライター)
2016年
10月25日(火) 7:00p.m.
10月28日(金) 3:00p.m.
10月30日(日) 3:00p.m.
会場:東京文化会館
作曲:R.シュトラウス
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ
指揮:マレク・ヤノフスキ
S=¥63,000 A=¥58,000 B=¥53,000 C=¥48,000 D=¥32,000 E=¥25,000 F=¥17,000
エコノミー券=¥13,000 学生券=¥8,000
2016年
11月 6日(日) 3:00p.m.
11月 9日(水) 3:00p.m.
11月12日(土) 3:00p.m.
会場:東京文化会館
作曲:R.ワーグナー
演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ
指揮:アダム・フィッシャー
S=¥67,000 A=¥61,000 B=¥54,000 C=¥49,000 D=¥33,000 E=¥25,000 F=¥17,000
エコノミー券=¥13,000 学生券=¥8,000
ウィーン国立歌劇場 トマス・コニエチュニー インタビュー |
東京バレエ団「ザ・カブキ」 |
佐々木忠次 追悼メッセージ |