新『起承転々』〜漂流篇VOL.7 引っ越しオペラの存亡

引っ越しオペラの存亡

 この拙稿が皆さんの目にふれるのは、バイエルン国立歌劇場日本公演の最中か、それが終ってからだと思うが、今回はオペラ引っ越し公演について、おそらくオペラ愛好家の皆さんが一番関心のないことを書きたいと思っている。
 ヨーロッパの代表的なオペラハウス、ミラノ・スカラ座やウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラハウスなどは、観客動員率95~98パーセント以上を誇っているが、その中には相当数の観光客も含まれている。そもそも劇場は観光資源でもあるのだ。オペラの引っ越し公演は、世界の一流オペラハウスの建物だけ残して中身をすべて日本に運んでくるわけだから、現地と同じものが日本に居ながらにして観ることができるというのが売りだ。近年、中国や韓国、台湾などのアジアの近隣諸国には、立派なオペラハウスが建っていて、オペラやバレエも徐々に盛んになってきているようだ。オペラやバレエは世界中で公演されているグローバルな舞台芸術だから、アジアの近隣諸国のオペラ好きが、ヨーロッパまで行くよりも東京での引っ越し公演を観に来てくれればいいと思っている。昨今、急増している訪日観光客が昼間は観光やショッピングをして、夜は引っ越しオペラを観にいくというふうにならないものか。デービット・アトキンソン著の「新・観光立国論」をとても興味深く読んだが、「日本は世界有数の観光大国になれる潜在力があって、2030年までに8200万人を招致することも不可能ではない」と主張している。文化と観光を連携させようというのは、去る6月下旬に制定された「文化芸術基本法」にも通じる。これはこれまであった「文化芸術振興基本法」の一部が改正されたもので、「振興」から「活用」に力点を移した内容になっている。これからはいっそう観光、街づくり、国際交流、福祉、教育、産業等関連分野との連携を視野に入れた総合的な文化政策の展開が求められることになる。観光や国際交流の観点からも、引っ越しオペラは他のアジア諸国にはない訪日観光客のための有力なコンテンツの一つになるのではないかと思っている。
 一方で、いまオペラの引っ越し公演を実現するにあたっての大きな問題は、訪日観光客の急増によって、ホテル代が高騰していることだ。引っ越しオペラの場合、総勢300人から500人が来日する。それに滞在日数を掛けると、5000泊から8000泊にもなる。これまでなら団体客の場合、団体割引が適用されていたが、訪日観光客の急増で正価の個人客で一杯になるのだから、いまさら団体客をとる必要がない。ホテル側は売上げのことを考えれば割引の団体客はご遠慮いただきたいというのが本音だろう。
 NBS(公益財団法人日本舞台芸術振興会)はその名のとおり舞台芸術を振興することを使命としているが、観客の高齢化は深刻な問題だ。若い世代の観客を育てなければならないのはわかっていても、若い人たちの興味が多様化しているので、オペラに関心をもってもらうには入場料の高さが大きな障壁になっている。とりわけ、引っ越しオペラは入場料が最高席で5~6万円台にもなる。当方も格安な学生券やエコノミー券を発行したり、オペラ体験シートなどの企画券をつくって、若い人たちにオペラに興味をもってもらおうと必死だが、高齢化の波に押し流されるばかりだ。
 宿泊代の高騰や消費税のリバースチャージ方式(※1)の新たな導入など、昨今オペラの引っ越し公演を取り巻く状況は急激に変わり、現行の入場料の値上げを余儀なくされている。値上げをすれば、ますますオペラの客離れが進むだけで、オペラの引っ越し公演をこれまでと同じ条件下で継続していくことが困難になっていく。もっと入場料を下げることができれば、オペラの間口が広がることは間違いないのだ。その対策の一つとして、このたびオペラ引っ越し公演の20年以上にわたる長年の共催者である日本経済新聞社とともに、〈オペラ・フェスティバル〉法人賛助会を新たに設けることにした。オペラの引っ越し公演という民間による国際文化交流事業を志のある企業からの寄付によってサポートしてもらいたいと願っている。
 そもそも海外のオペラハウスは国立や公立などの公的な機関であり、地元を離れ国外で公演するのは国際文化交流事業の一環であって、収益を目的としない公益事業とみなされている。企業によるメセナ活動もひところほどの盛り上がりはないものの定着してきたといわれる。諸外国と違って、わが国の政府が関与しない引っ越しオペラのような国際文化交流事業こそ、民間企業からのご支援が必要なのだ。日本は欧米と比べて寄付の文化が根付いていないことは日々痛感しているが、NBSが舞台芸術の振興を使命にしている以上、少しずつであっても寄付に対するご理解を促し、寄付文化の土壌を耕していくのも役割の一つだと思っている。ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラ、ベルリン・ドイツ・オペラ…‥これまでNBSが手がけてきたオペラの引っ越し公演を除いたら、わが国の音楽史はいささか淋しいものになるのではないか。わが国の音楽文化を豊饒なものにしてきたオペラ引っ越し公演を存続させるために、次世代の観客を育てるために、企業のメセナ活動として、あるいはCSR活動の一環として、〈オペラ・フェスティバル〉法人賛助会にご入会いただくことによって、オペラの引っ越し公演を支えていただけることを切に願っている。(※2)

※1 消費税のリバースチャージに関しては、「起承転々~漂流篇VOL.2(2017年5月)に掲載しました。
※2 詳細は本ページの別項をご覧ください。