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  シルヴィ・ギエム〈愛の物語〉  
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    2003年日本公演評  
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 シルヴィ・ギエムの名前は聞いていたが、当代随一の舞姫という以上の知識はなかった。
 音楽と言葉と舞台装置で総合的に観客を圧倒するオペラに較(くら)べて、バレエはダンサーの肉体の動きがすべてであり、肉体だけで果(はた)してどこまで深く人間の内面を表現できるのか。オペラファンの私はいささかクールな観客であったかもしれない。
 見終わっての乾燥は、肉体の動きは言葉の壁を易々(やすやす)とこえるということ。どの観客も肉体を持つゆえ、共感もまた、肉体的に感得させられるからだろう。
 「三人姉妹」でギエムが踊る次女のマーシャは、田舎教師クルイギンとの結婚を後悔し、ヴェルシーニン中佐との恋に生の望みを託している。他の姉妹も、モスクワに戻れば今の閉ざされた生活から開放されると思っている。だがそれは果されない。
 姉妹の思いと希い(ねがい)だけが、羽根のように綿雪のように、暗い宙を舞う。
 クルイギン役のアンソニー・ダウエルは英国ロイヤル・バレエの重鎮、ヴェルシーニン役のマッシモ・ムッルはミラノ・スカラ座のスターという豪華な男性陣だが、何といってもギエムの動きが目を射る。長身で手足も長く、正確で超絶的な動き、というだけでは説明のつかない何かがギエムにはある。風に流されていく薄い花弁のような、はかなさとたおやかさ。
 生身の女でありながら、肉体を超えて聖霊と化したように見えるのは、恐らく、体の中心を通る一本の軸はゆらがないままで、その軸から長く伸びた手足、とりわけ手指の先までもが、流れるように自在に動き、どこにも無理な力を感じさせないせいだろう。脱力の美なのだ。それでいて指先の爪(つめ)の動きを軌跡として辿(たど)れば、優雅で滑らかな曲線が現われるに違いない。
 音楽はピアノだけ。その一音一音が、雪のように舞台に降り積もり、姉妹の暗いかなしみと響き合う。そして最後には、闇を舞っていた白い羽のような彼女たちの夢や希い(ねがい)が、寄り添う三角形のかたまりとなって、ひっそりと無音の中に終息する。これは物語ではなく詩である。回転や跳躍という激しい動きをわずかな反動もつけずにこなし、その筋力さえも感じさせない技術が可能にした、静かな詩だと感じた。
 最後の「マルグリットとアルマン」(椿姫)にもその「筋力が極まった果ての柔らかさ、はかなさ」はあるが、ギエムの「聖なる無力感」は「三人姉妹」の方により生かされていたように思う。
朝日新聞 2003年6月4日付より転載。





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