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 上野水香の名を知らないバレエファンは、まずいないだろう。マスコミへ登場する機会も多く、一般の認知度も抜群。近年、急速にその魅力を増し、華と実力を兼ね備えたプリマとしてのキャリアを歩んでいる。このところ立て続けに踊った『白鳥の湖』のオデット/オディール役の演技をみれば、そのことは火をみるよりも明らかだ。以前の舞台では、プリマになるために生まれたかのような非の打ち所のないプロポーション、高度なテクニックを活かした清新な演技で観るものを圧倒した。しかし、近年はその表現が豊かになり、大人の艶が備わってきた。日本バレエ新時代をリードする大器がついに成熟のときを迎えつつあるのである。
 上野の躍進の要因のひとつとして、ウラジーミル・マラーホフ、ジョゼ・マルティネズら海外の一流スターとの共演が挙げられよう。その経験が彼女の踊りに一層のスケールを、表現により深みを与えているのは間違いない。しかし、東京バレエ団加入後度々共演を重ねる高岸直樹の存在を忘れてはならないだろう。高岸は、長年バレエ団の顔として活躍、欧米のダンサー顔負けの偉丈夫である。陽性で力強い表現が持ち味であり、大ベテランながら若々しさを失わない。テクニックも万全である。彼が舞台に立っているだけで観るものは安心感を覚えるのだ。『ボレロ』の“メロディ”、『ザ・カブキ』の由良之助といったベジャール作品における骨太の演技では、世界的名声を得るに至っている。
 ふたりが全幕初共演を果たしたのが04年の『ドン・キホーテ』。第一幕、広場の場では、キトリ役上野のコケティッシュな魅力が炸裂。つぶらで大きな瞳で訴えかける視線の演技も冴え渡った。高岸もそれに負けまいと豪快に伊達男・バジルを演じる。両者の開放的な演技がぶちかりあい、スペインの港町が舞台の陽気な恋物語をいやが応にも盛りあげた。グラン・パ・ド・ドゥでは、大型ペアならではのゴージャスな踊りが圧巻。客席に大きな熱狂をもたらした。その舞台の興奮が蘇える。大人の魅力が増した上野と、彼女とのパートナーシップを着実に深め合ってきた高岸。両者がよりパワーアップした舞台をみせるであろうことは想像に難くない。開幕を心待ちにしたい。
 バレリーナの個性は色とりどり。そのなかでも、一見派手さはないものの踊りの随所に光るものをみせ、観客の目をおのずと惹きつける踊り手がいる。小出領子はまさにそのタイプの典型といえるだろう。まず技術が精確である。そして何よりも音楽性豊か。美しいラインを生み出し、無駄のない踊りで空間を支配する。チャーミングかつ清楚、色に染まらない表現力が持ち味だ。いっぽうで芯の強さも併せ持つ。シルヴィ・ギエムと共演した『田園の出来事』のヴェラ役では、義母役のギエム相手に火花散る演技をみせ堂々渡り合った。踊る喜びを全身に讃える“謳う身体”と、ときにのぞかせるドラマティックな資質。その二つこそ小出が観るものを惹きつけてやまない理由である。
 小出の全幕主演の舞台といえば、マニュエル・ルグリと組んだ『眠れる森の美女』が記憶に新しい。ルグリとの相性はよく、小出の可憐なオーロラ姫に魅了された観客も少なくない筈。だが、バレエ団内でペアを組む機会の多い後藤晴雄とのパートナーシップにも格別のものがある。後藤は色気と艶、程よい肉感性を持った踊り手。しなやかな踊りが持ち味である。『ザ・カブキ』『春の祭典』などベジャール作品での活躍が目覚しい。独特の甘い雰囲気を活かし古典全幕の王子も得意とするところだ。
 ふたりは、04年『くるみ割り人形』で共演。初の全幕主演の小出を後藤は文字通り寄り添うようなサポートで盛り立てた。グラン・パ・ド・ドゥでは、互いのステップの一つひとつが音楽と響きあい幸福な一致をみせる。それを見守る客席の空気も次第に温かくなっていくのが肌で感じられた。アダージオからヴァリエーション、そしてコーダへ。「舞台が終わってしまうのが惜しい」と思わされるような至福の時間が流れていた。その時以来の全幕共演が『ドン・キホーテ』で実現する。後藤はバジル役を経験済み。今回もその色男ぶりを存分に発揮、舞台を盛りあげること必至といえる。いっぽう、小出は初役となるだけに、一体どのようなキトリ像を生み出すのか興味が尽きない。緻密な役作りで知られる小出のこと、きっと新たな一面をみせてくれるだろう。目が離せない舞台になりそうだ。
photo: Kiyonori Hasegawa
 
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