ヴェルディが生涯最後に書いたオペラ『ファルスタッフ』は、シェイクスピアの喜劇をもとにしています。女性たちに言い寄る老騎士ファルスタッフが、機智に長けた女性陣に懲らしめられる物語。1893 年、スカラ座で初演されました。ヴェルディには2 つしかない喜劇オペラのうちの一つです。喜劇といっても、軽妙という表現はあてはまりません。ドラマに描かれる人間心理が綿密に描かれる音楽的充実は、まさに、ヴェルディが作曲家人生の集大成としてつくりあげたものだからです。
 今回上演されるのは、天才演出家ロバート・カーセンによる新演出版。「黒か白か、ではないことが“笑い” には必要」と語るカーセンは、『ファルスタッフ』にはシェイクスピアの英国的な面とヴェルディの音楽がもつイタリア的な面の両方がジャグリングしていることを観て欲しいと考えています。1950 年代後半という舞台設定も、このドラマに、貴族の黄昏と新興中産階級の台頭といった伏線があることを、観客がより受け取りやすくできるように考えられたものでしょう。

 英国的とイタリア的の融合…。これはまさに、英国人指揮者ダニエル・ハーディングがスカラ座で指揮をすることで実現するものではありませんか!! ハーディングは、1990 年代前半の10 代の頃からサイモン・ラトルのアシスタントを務め、19 歳で指揮者デビュー。1996年には最年少指揮者としてロンドンの音楽祭BBC プロムスにデビューを飾りました。2003年からはマーラー・チェンバー・オーケストラの音楽監督に就任するなど、若手ながらオーケストラ指揮者としての確かな実力はすでに広く認められています。オペラでは、リッカルド・ムーティの急な退任の後、2005 年12 月のスカラ座のシーズン開幕公演での成功をはじめ、エクサン・プロヴァンス音楽祭、ザルツブルク音楽祭と、活躍の場を広げています。近年では、オーケストラ指揮では日本でも数々の公演に登場しているハーディング。オペラ指揮者として、またスカラ座の時代を担う指揮者の一人としての登場に、大きな注目が寄せられています。

 ヴェルディ16番目のオペラ『リゴレット』は、フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの戯曲《逸楽の王》をもとに作られました。ユゴーの戯曲は、当時のフランス国王をモデルに、その享楽と、それに対する貴族の呪い、その呪いが道化師と娘に降りかかるという内容だったために初演の翌日には上演禁止となる問題作でした。ヴェルディによるオペラ化は、厳しい検閲との闘いの末、舞台をイタリアに移し、登場人物を架空の貴族にすることなどで実現しました。しかし、ヴェルディはこの物語のもつテーマである、好色な君主の放埓三昧な生活と、道化師の外見と誇り高い内面の二面性を表すことに妥協はしませんでした。このオペラには、リゴレットや娘のジルダのアリアをはじめ、マントヴァ公爵の「女心の歌」など、有名なアリアが並びますが、ヴェルディはさらに、重唱の効果を絶大に発揮することに成功しています。ヴェルディ中期の傑作は、すでに名声を獲得したヴェルディの大胆な音楽的試みとして生み出されたのです。

 「スカラ座の『リゴレット』はこれなんだ!」と、1994 年に23 年ぶりに聴衆を叫ばせたのが、今回上演されるジルベール・デフロ演出の『リゴレット』です。当時の音楽監督リッカルド・ムーティの肝入りで実現したこの舞台は、2000 年に日本のファンに披露されました。そして今回、ミラノ・スカラ座が、威信をかけるこの作品の指揮を託すのは、ベネズエラ生まれの若き逸材グスターボ・ドゥダメルです。2004 年グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールに優勝し、一躍脚光を浴びることとなったドゥダメルですが、スカラ座では、その優れた才能をいち早くキャッチ! 2006 年の『ドン・ジョヴァンニ』でのデビューで、それを確信したことが、今回の日本公演へと結びつきました。全身のエネルギーを注ぎ込む指揮ぶり、音楽に正面から向かい合う熱い思い、そして作品を深く敬愛するドゥダメルの指揮が、スカラ座の誇る“ヴェルディのオペラ” を担います。

 

※「リゴレット」については、当初〈オペラ・フェスティバル〉ちらし、ホームページ等でリュック・ボンディの新演出版の予定とお知らせしましたが、ミラノ・スカラ座の意向によりジルベール・デフロ演出版に変更になりました。なにとぞご了承ください。