永遠のライヴァル対決!? 相次ぎ実現する座長公演

 マニュエル・ルグリとウラジーミル・マラーホフ。1980年代から世界中のバレエ・ファンを魅了し、それぞれにウィーン国立バレエ団、ベルリン国立バレエ団を芸術監督で率いるようになった今なお、現役のダンサーとしても舞台に立ち続ける大スターである。後に続くダンサーたちにとっては偉大なお手本でもある二人が、2013年4月には〈マニュエル・ルグリの新しき世界Ⅲ〉、翌5月には〈マラーホフの贈り物〉で、選りすぐりのメンバーを率いて東京で公演を行う。これまでの舞台を振り返ってみると、たとえば東京バレエ団に日替わりで客演しての2008年の『ジゼル』のように、この抗いがたく魅力的な二人のダンサーが、まったく別の、そして自分自身の個性と分かちがたく結びついた名作へのアプローチによって、現代のバレエの最良の部分をそれぞれに象徴しているのがよくわかる。そしてまた、彼らのダンサーとしての来し方が、対照的といっていいほどに違った道のりだったことにも気づかされる。

 ルグリのプロフィールは、じつに簡潔である。パリ・オペラ座。2009年に同団を定年(それも、延長を経て)で退団するまでのほぼ30年間は、要するにその一言でこと足りるのだ。パリに生まれ、同団バレエ学校を卒業して入団し、第一舞踊手を経ない“飛び級”で最高位のエトワールに。あえてコンクール歴できらびやかに飾り立てる必要もないほどの、堂々の一本道――花道、と呼びたくなるような――である。
 幅広いレパートリーがすでにあり、現存の振付家の名作、新作が次々とそこに加わる。若き日のシルヴィ・ギエムや後のモニク・ルディエールのように、心技ともに響き合うパートナーもそこにいれば、ルドルフ・ヌレエフのようなカリスマ的な師も、ローラン・イレールのように互いにしのぎを削る同世代のライヴァルも、わざわざ訪ね求めずともそこにいた。ルグリが名を成していった1990年代半ばあたりまでの時期は、オペラ座の長い歴史の中でもとりわけ輝かしい時代だったのである。
 磨き抜かれて完璧の域に達したともいえるテクニックと、振付言語やパートナーの意図を瞬時に理解し精密に描き出す表現力、そして音楽に対する鋭敏な反応は、そこで育まれた。特筆すべきは、決して派手ではない、むしろ一見すると簡素な作品でこそ、ルグリの魅力が最大限に発揮されることだろう。ルグリが作品を最大限に輝かせる、と言い換えてもいい。『アザー・ダンス』『イン・ザ・ナイト』といったロビンズの作品はその筆頭だし、ラコット版『ラ・シルフィード』のジェイムズにしても、他の19世紀起源の名作に比べて「軽めな主役」と取られがちだったところを、ルグリによってその心理描写の秘める可能性、巧緻を極めた規範的な踊りそれ自体が放つ風格や晴れがましさに、気づかされたようなところがある。

 一方マラーホフの歩みには曲折があり、見知らぬ土地への旅立ちがあり、さながら貴種流離譚を地で行くようである。生まれたのはウクライナだが、モスクワ舞踊学校に寄宿して学ぶ。素質・実力など十二分であったのに、卒業時に最高格式のボリショイ・バレエへの扉は開かなかった。パワフルな英雄をもって男性役の頂点とする芸術監督・振付家グリゴローヴィチの、そこは別の帝国だったのだ。モスクワ・クラシック・バレエの新進のスターとしてたびたび来日するようになると、その両性具有というよりはまだ性が未分化であるような透明感は、ファンの目を驚かせ、そして虜にした。
 この間すでにヴァルナ、モスクワといった権威ある国際コンクールで最高の賞を手中にしていたマラーホフには、ボリショイから入団の打診がある。だが彼は逆に、ロシアから離れる道を選ぶ。1992年から1996年にかけてウィーン国立歌劇場バレエ団、ナショナル・バレエ・オブ・カナダ、アメリカン・バレエ・シアター、そしてシュツットガルト・バレエ団と次々と契約したのは、まだ見ぬ作品やパートナーに憧れいずる魂に導かれての旅とも見え、確かにその過程で彼は欧米の当代最高の振付芸術に触れもしたし、アレッサンドラ・フェリやジュリー・ケントといった共演者を得た。上記のカンパニーは、どこも由緒ある名門ではない(ウィーンはオペラの金看板の陰に隠れ、他はみな20世紀に入って設立、あるいは再生した)。伝統に縛られない自由な環境は、マラーホフのずば抜けた、そして特異な天賦の才――従来女性ダンサーの美質とされていたしなやかさや繊細さを、高貴さや威厳と等価なものとして男性の踊りに取り入れた、というよりも、生来の身体条件がおのずと彼をそのように踊らせずにはおかなかった。ひいてはそれがバレエという芸術に対するマラーホフの使命であったと、つくづくと思わせるもの――を開花させるには、最適だったのだろう。
 年齢としては30代後半以降の、ベテランと呼ばれる時期に入ってからの二人は、濃厚な感情表現にさらなる説得力を増し、一方では軽みの表現においても、その人が今のこの年に達してしかありえなかったと思わせる絶妙の味わいを出している。ルグリの『オネーギン』と、『こうもり』のウルリッヒ。マラーホフであれば『チャイコフスキー』に、自ら演出した『シンデレラ』の甘い物好きの先輩バレリーナ(=義理の姉)等が記憶に新しいし、もちろん最初に挙げた『ジゼル』も、前者の例のひとつである。

 よく言われる「ダンサー生命は短い」とは、要するに「長く踊り続けることを許される人は少ない」ということなのかもしれない。そうした稀有のダンサーを時をおかずに見比べるという体験となると、さらに限られてくる。〈マニュエル・ルグリの新しき世界Ⅲ〉〈マラーホフの贈り物〉は、ぜひとも両方に足を運びたい。

マニュエル・ルグリの新しき世界 III

 

会場:ゆうぽうとホール

Aプロ
4月17日(水) 6:30p.m.
4月18日(木) 6:30p.m.
Bプロ
4月20日(土) 3:00p.m.
4月21日(日) 3:00p.m.

入場料[税込]

S=¥16,000 A=¥14,000 B=¥12,000
C=¥9,000  D=¥7,000

*学生券はNBS WEBチケットのみで2013年3月15日(金)より受付
学生券=¥2,000
★ペア割引券あり

マラーホフの贈り物 ファイナル!

会場:東京文化会館

Aプロ
5月21日(火) 6:30p.m.
5月22日(水) 6:30p.m.
Bプロ
5月25日(土) 3:00p.m.
5月26日(日) 3:00p.m.

入場料[税込]

S=¥16,000 A=¥14,000 B=¥12,000
C=¥9,000  D=¥7,000  E=¥5,000 

*エコノミー券はイープラスのみで、学生券はNBS WEBチケットのみで2013年4月19日(金)より受付
エコノミー券=¥3,000  
学生券=¥2,000
★ペア割引券あり

NBSについて | プライバシー・ポリシー | お問い合わせ