新『起承転々』〜漂流篇VOL.1

春はめぐり来る

  NBSと東京バレエ団の創立者・佐々木忠次が死去したのは昨年の4月30日。春爛漫の1年で一番いい季節だが、やがてその日がめぐって来る。佐々木は一般には知名度は低かったが、オペラやバレエの世界においては世界的に知られた存在だった。昨年10月末には追分日出子著の評伝『孤独な祝祭 佐々木忠次』が、文藝春秋から上梓され、それを読んだ人から舞台よりも劇的な佐々木の人生に対する驚きの声を聞いた。追分さんは「佐々木さんの執念が、私にこの本を書かせた」というが、私も佐々木の執念が乗り移ったように感じる。佐々木はさまざまな業績を残したが、それを可能にしたのは人並み外れた執念の人だったからだと思う。
 私が佐々木からこの仕事を実質的に引き継ぐことになって、はや13年が経つ。佐々木は病を得て、長いこと表舞台に現れることはなかったが、それでも折々に佐々木の存在を背後に感じることがあった。佐々木がこのNBSニュースで『起承転々』と題したコラムを長年書き続けていたことを憶えている人も少なくないと思う。そのコラムは2008年に休載したが、それ以降、何人もの人から「髙橋さんは佐々木さんの後継者なのだから『起承転々』を引き継いで、舞台芸術が抱える問題を外の人々にアピールし、観客の理解を得る努力をしなければならないのではないのか」と言われ続けてきた。佐々木がバリバリ働いていた時代は、日本経済が右肩上がりで、バブル経済全盛からバブルが弾けた後もまだ日本全体に元気があったように思う。いまは右肩下がり、オペラやバレエを取り巻く環境も激変している。なかなか先が読めない時代だ。
 先日、パリ・オペラ座バレエ団の日本公演が終了したが、バレエ・ファンの間で入場料が高過ぎて手が出ないという声が飛び交ったようだ。実際、2年前よりも最高席のS券が2,000円高く27,000円になっている。その主な原因はバレエ団が宿泊するホテル代の値上がりや消費税のリバースチャージ方式導入などによる制作費の高騰だ。やむにやまれずS券を2,000円高く設定したが、それによってチケットの売れ行きが悪くなっては元も子もない。一般のバレエ・ファンにとってはホテル代が高くなっているのは想像がついても、消費税のリバースチャージは複雑すぎてなかなかご理解いただけないだろう。いずれも招聘公演にとっては深刻な問題だ。近年は採算がとれない公演が増えているが、それでもわが国の舞台芸術の世界を豊かにしてきた招聘公演を簡単にやめるわけにはいかないと思っている。そうした制作現場の状況を観客の皆さまに説明し、理解してもらう努力が必要だということをいまさらながら痛感している。私は生来の筆不精のうえ文章を書くこと自体苦痛なのだが、職務だから仕方ないと自分自身に言い聞かせ、重い腰を上げることにした。拙い文章にお付き合いいただくのは心苦しいかぎりだが、なにとぞご容赦いただきたい。
 2020年の東京オリンピック・パラリンピックまであと3年。あまり一般には認知されていないが、「オリパラ」はスポーツの祭典であるとともに文化の祭典でもある。オリンピック憲章にもうたわれているのだ。文化プログラムは昨年秋から動き出しているが、我々舞台芸術に関わる団体としては、業界全体が活性化する千載一遇のチャンスと捉えている。いまが重要な時期であることは間違いないのだが、なかなか2020年までの道筋が見えてこない。前述のホテル代の高騰や消費税のリバースチャージをはじめ大きな問題から小さな問題まで、問題が山積しているように思う。それらの現場からの声をこの欄を使って皆さまにお届けし、少しずつでもご理解とご支援を得ることが、私に課せられた使命なのではないかと思うようになった。これも佐々木の執念が背中を押しているのかもしれない。
 ちなみに『起承転々』というタイトルは28年前に佐々木が書き始めるときに私がつけたものだが、私が書き継ぐにあたって“転々”の後の心もとなさを表すのに“漂流”という言葉しか思い浮かばなかった。〈新『起承転々』~漂流篇〉漂流したままどこにたどり着くのか皆目見当がつかない。