熊本のワークショップより 崔由姫(チェ・ユフィ)(左)とニーアマイア・キッシュ 写真提供:熊本県立劇場

クラウス・フロリアン・フォークト
チューリッヒ リサイタルより
〜変幻自在な相対する魅力〜

 クラウス・フロリアン・フォークトは彼の母国ドイツにおいて、ワーグナーが描く純ドイツ的英雄の権化のような存在だ。 背が高く、金髪という典型的ゲルマン民族の容姿に筋肉質なボディが適役なのだが、彼自身はそのイメージを自嘲するように、大好きなバイクに乗り、キャンピングが趣味という庶民的な姿で現地のマスコミに登場する 。 日本人から見るとブロンドの長髪をなびかせながら、白馬に乗って登場する王子様さながらロマンティックで優しい印象を受けるが、実際の彼に接すると、それら全てを持ち合わせているのだと解る。ファン達にはおっとりとサインしたり、写真撮影に応じたりする優しいスターだが、会話すると、ごく普通のサバサバした口調だ。そしてそれらの要素全てがより顕著に現れるのが、ドイツ歌曲だろう。フォークトはこれまでに聴いた誰よりも一番素の声で歌うが、鋼のように硬質でパワフルな声にまで到達する。語るように歌ったかと思えば、レガートをどこまでも膨らませたりする。暗く劇的な慟哭を聴かせたと思うと、ふと一筋の微かな光が差したような明るさを帯びる。そんな彼の声は、瑞々しいモーツァルト・テノールと強靭なヘルデンテノールという両極を変幻自在に行き来する。
 2月23日チューリッヒ歌劇場でのリーダーアーベントでもその相対性がエキサイティングだった。プログラム最初のハイドンでは座席数1000人強の空間にピッタリの、明るく開いた柔らかな弱声で子供が歌うように始めたが、そのうち長いレガートも聴かせ、そのレガートをクレッシェンドさせて 輝かしく膨らませた。
 次のブラームスに入る前に挨拶を挟み、「毎朝奥さんに歌ってます」と笑いを取りながら《おきなさい、愛しい人よ》を歌う。《甲斐なきセレナーデ》はその夫人との二重唱であった。プログラムには載っていないマーラーの曲を3曲「後半への導入に」とコメントしながら歌い、 休憩の後は「やあ皆さん、まだいてくれたのですね?」と茶目っ気を見せた直後、マーラーの《さすらう若者の歌》の暗さに支配される。 時折ハイドンの時のような明るい声を使うので、暗さが一層増し、柔らかなささやきがあるからこそ、ピンと張った声が引き立つ。 最後のシュトラウスはキラキラと歌いながら駆け抜け、アンコールも3曲披露した。「来日公演ではタンホイザーだけでなく、タミーノも歌って欲しい」という超人技も夢想させるのが彼の魅力だ。


〈バレエ・スプリーム〉 プレス懇談会レポート

(左から)ジェルマン・ルーヴェ、
レオノール・ボラック、フランソワ・アリュ、ユーゴ・マルシャン、
オレリー・デュポン、マチアス・エイマン、ミリアム・ウルド=ブラーム

 7月に開催されるパリ・オペラ座バレエ団と英国ロイヤル・バレエ団の合同ガラ『オペラ座&ロイヤル夢の共演〈バレエ・スプリーム〉』。この公演に関して、オペラ座の参加ダンサーと芸術監督オレリー・デュポン(〈バレエ・スプリーム〉のオペラ座チームのスーパーバイザーも務める)が登壇するプレス懇談会が、オペラ座バレエ団来日公演中の3月4日に開かれた。前日に『ラ・シルフィード』のジェイムズ役を踊ったユーゴ・マルシャンのエトワール指名が舞台上で行われたこともあり、ダンサーたちは高揚した表情で答えてくれた。
オレリー・デュポン「このプロジェクトはオファーが来たときすぐに『イエス』と答えました。とても野心的なプロジェクトですが、一番の目的は観客の皆さんにもダンサーにも楽しんでもらうことです。英国ロイヤル・バレエ団と素晴らしい瞬間をシェアできるのも大変有意義です。この2017年に、お互いがドアを開けて交流が出来るのですから。二つのバレエ団の異なるヘリテージ(伝統)を観客の皆さんに観ていただけると思います」
マチアス・エイマン 「オペラ座の中でも新しいジェネレーションが台頭してきて、僕やミリアムは中堅に近づいてきました。若いダンサーに助けを与えられるような経験になればいいですね。特徴的なレパートリーをもつロイヤルのダンサーから刺激を受けるチャンスでもあります」
ミリアム・ウルド=ブラーム 「マチアスはパートナーとしても敬愛していますし、この素晴らしい仲間たちと再び夏の日本で15日間を過ごすことが出来るのが嬉しいです」
 新エトワールのレオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェは、エトワール就任の時の演目『白鳥の湖』を日本で初披露する。
レオノール・ボラック「私たちのキャリアにとって重要なバレエです。ジェルマンは常に相手役に注意を払ってくれる優しいダンサーでいい友達でもある。それにご覧のように美男ですので(笑)、完璧なパートナーなんです」
ジェルマン・ルーヴェ「僕もまったく同じ言葉をレオノールに捧げたいです。優雅で生き生きとして、直観的なダンスを踊るバレリーナです。つねに僕を物語の世界へ導いてくれる、ガイド的なパートナーともいえます」
オレリーから「素晴らしいエンターテイナー!」と紹介されたプルミエ・ダンスールのフランソワ・アリュは『レ・ブルジョワ』を踊る。
「何度踊っても楽しい作品です。クラシックでもコンテンポラリーでもない独特のジェスチャーで、『メッセージを伝える』ということが重要な作品。日本のお客様は熱狂的に反応してくださるので、素晴らしい環境で踊れることに感謝しています」
 エトワール一日目の会見となったユーゴ・マルシャンは、まずその感想を聞かれると「まだ夢のよう。自分も周囲もミステリアスな気分の中にいます」と答えたあと、共演のオニール八菜についても語ってくれた。
「ともにキャリアを重ねてきたパートナーで、コリフェに上がるタイミングも一緒でしたし、国際的な賞も同時にいただきました。ガラでの共演も多いのです。一度しかない(エトワール就任の)瞬間をシェアしていただいた東京のお客様と、またお会いできるのが楽しみです。フランス風のバレエを伝えるバレエ大使の役を務められることを光栄に思っています」
 来日公演では優雅で若々しく、新鮮な驚きをもたらしてくれた6人のダンサー。母国日本での凱旋ガラとなるオニール八菜も加え、オペラ座チームの充実の演技に期待は募る。

       
       
Photo:Kiyonori Hasegawa
   

 3月3日(金)、東京文化会館大ホールで上演されたパリ・オペラ座バレエ団「ラ・シルフィード」終了後、主役のジェイムズを踊ったユーゴ・マルシャンがエトワールに任命されました!
本編終了後、カーテンコールが続く中、舞台上に芸術監督のオレリー・デュポンが登場、マルシャンのエトワール任命をアナウンスすると、辺りのざわめきとともに、やや緊張の面持ちだったマルシャンの表情が歓喜に緩み、あとには怒涛の拍手と歓声がわき起こりました。