パリ、ロンドン騒然!ダンス・演劇・アートの垣根を超えた天才たちの話題のコラボレーション!
Sylvie Guillem Robert Lepage Russell Maliphant
エオンナガタEONNAGATA
イントロダクション
職業外交官、時に軍人、アマチュアのスパイでもあったシャルル・ド・ボーモン、別名シュヴァリエ・デオンは、名誉と敗北、栄光と追放のどちらをも良く知っていた。その数奇な人生以上に目を引くのが、彼の並々ならぬ大胆さである。エオンはおそらく、任務遂行のために女装した最初のスパイであろう。そのせいで様々な敵を作り、エオンに常にドレスを着用するよう強要したルイ16世もその一人だった。人々は次第に、彼が男なのか女なのか分からなくなっていった。 「エオンナガタ」の制作者らは、この質問を違ったかたちで問いかけている。もしもシャルル・ド・ボーモンが男であり、そして女でもあったら? 演劇とダンスのはざまで、「エオンナガタ」は剣に対して扇を突きつけ、剣士と遊女がせめぎあう。同時に本作は、セクシュアリティーというよりもジェンダーの探求をする中で、ある性が、もう一方の性によって表現される可能性を模索している。この作品は、歌舞伎の技法である女形(オンナガタ)を参考にしており、出演者が高度に様式化された表現で女性を演じる。これによってシュヴァリエ・デオンに新たな光を当て、彼の謎は、人間のアイデンティティーそのものの神秘なのではないか、という点を明らかにしている。 シャルル・ド・ボーモンの毅然とした態度は、ただちに「エオンナガタ」の制作者たちの共感を呼んだ。シルヴィ・ギエムは古典バレエ界の名高い反逆者で、コンテンポラリー・ダンスに転向したダンサーだ。近年、彼女はロンドン、東京、シドニーやパリで「Push」や「聖なる怪物たち」といった公演を行い、その気品、エネルギー、精緻さ、ユーモアで観客を魅了してきた。ロベール・ルパージュは過去20年間にわたり演劇表現の枠を広げ、ジャンルを横断し、未知の領域に分け入り、大勢の多様で熱狂的なファンを集めてきた。ラッセル・マリファントはしばしば、彼の世代の最も重要なイギリスの振付家と評される。彼は武道、古典ダンス、そして最新の照明技術を作品に織り込み、その作品には流動性とパワーが息づいている。 照明デザイナーのマイケル・ハル、衣装デザイナーのアレキサンダー・マックイーン、そしてサウンドデザイナーのャン=セバスティアン・コテらの協力を得て、ギエム、ルパージュ、マリファントは、夢から晩年へ−そしてその逆へと交差する、奇妙で独創的なクロスオーバーを創り上げた。 (公演資料より)
騎士EON×女形=エオンナガタ!? 18世紀に数奇な運命を生きた両性具有のスパイ。 その謎がいま、解き明かされる。
ルイ15世の特別なスパイで、男性でも女性でもあった三文字の名前の人物は?──カナダのフランス語圏のクロスワード・パズルにこんな問題として登場するという”EON“ことシュヴァリエ・デオン。以前からこの人物に興味を持っていたカナダ出世の演出家ロベール・ルパージュが、稀代の舞姫シルヴィ・ギエムから「一緒に作品を創りましょう」とアプローチされた時、真っ先に「それならテーマはEONだ!」と閃いたというのは、もう必然だったと言えるだろう。ルパージュにとって唯一の誤算は「僕自身もシルヴィやラッセル(マリファント)と共に踊らなければならなかったこと(笑)。まさか50歳にもなって自分が踊る破目になるなんて想像もしていなかったが、今ではより表現の幅が広がったとシルヴィには感謝してるよ」。 同じことはギエム自身にも言える。アクラム・カーンとコラボレートした「聖なる怪物」では自分の声で自分のことを語ったが、今回はエオンとしてテキストを語らなければならず、最初の頃は踊りながら台詞を身体に入れていったという。コンテンポラリー・ダンス出身のマリファントにとっても、いつものように抽象的な動きではなく、具体的な意味を伴う踊りは戸惑うことも多かったとか。 そう! 各々の分野で世界的な名声を確立している3人が、未知なる領域に足を踏み入れたのが「Eonnagata」なのだ。3人は手分けして、あるいは時には一緒に、エオンの人生の節目を演じる。大きなテーブルの上で遊びに興じるギエムは少年時代のエオンか? と思った瞬間、歌舞伎によく見られる手法のように赤いリボンが彼女の体内から引き出され、それは少年から女性への変化とも受け取れるのだ。 3つのテーブルは、時にはエオンが辿った外国への街道にもなったり、エオンが作家ボーマルシェとやり合った舞台にもなるなど大活躍。アレキサンダー・マックイーンの衣裳に身を包んだ3人が嬉しそうな表情で斜めにしたテーブルを次々にすべりおちるムーブメントは、複雑な生を強いられたエオンのつかの間の喜びのように見えて、胸が痛い。3人共に大好きだという日本文化へのオマージュは、宙に浮いた着物が次第にねじれて、まるで見返り美人のような格好になっていくくだりや、フェンシングが妥当なはずの剣での闘いがチャンバラ風になっていたり。各場面を分けるのに効果的に用いられているスポットライトの墨絵のような陰影も含め、この舞台の至るところに見受けられる。 エオンという人物自身、性だけでなく、言語も、国の意識もあいまいだったという事実も教えてくれる「Eonnagata」。 「未知の文化や芸術に初めて触れた時、こんなに違うのに、なぜこんなに感動するのか知りたいと思った」というギエムの「私の人生を通しての一大テーマ」が、この作品を深く貫いていることに感動する。 (佐藤友紀 フリーライター)
シュヴァリエ・デオン(Le Chevalier D'Eon)
本名シャルル・ド・ボーモン。シュヴァリエとは、フランス語で「騎士」の意味。18世紀のフランスで最強の騎士として知られた彼は、ルイ15世の寵愛を受け、外交官、スパイとしても活躍。幼少期に女性として育てられたといい、時に女装をして宮廷の舞踏会や外交の場に現れ、その美貌ゆえ、「男」なのか「女」なのかが常に話題となっていた。後半生を女性として過ごした彼は、晩年までドレス姿で騎士として剣の勝負に臨み、83歳でその数奇な人生を閉じたという。
Photo:Érick Labbé