世界の檜舞台で喝采を浴びた、サムライたちのバレエ。
モーリス・ベジャールの“忠臣蔵”ザ・カブキ 全2幕
Maurice Béjart THE KABUKI
photo:KiyonoriHasegawa
振付: モーリス・ベジャール 音楽: 黛敏郎
東京バレエ団 THE TOKYO BALLET 総監督:佐々木忠次 芸術監督:飯田宗孝
祝・25周年記念
12月17日(土)15:00
由良之助、日本最後の舞台! 由良之助:高岸直樹
彼の由良之助こそ、まさしく武士道精神のエッセンスといって差し支えない。さらに画期的なのは、この日本の美意識を、広く世界に知らしめてきた実績であろう。それというのも、たび重なる本作の海外公演──ヨーロッパ有数のオペラハウスにおける──において、高岸はベジャールの真意をこのうえなく適確に伝えてきたからである。二十世紀を代表する天才振付家が、日本の伝統文化の何にもっとも触発され、どこに創作の基盤を置いたのか──。高岸の舞台姿を見るだけで、それがおのずと明快に理解されるのである。 普段はもの静かで礼節を重んじ、教養高く謙虚、他者への思いやりは限りなく深い。いったん事あれば、不正を排し、義を通すことにいささかのためらいもなく、忠を貫き、死を恐れない。名誉こそが最大の価値。高岸が全身でアピールするそうしたサムライの指針は、従って第一幕第四場の、塩治判官の切腹から一挙に輪郭が際立ってくる。音楽(黛敏郎)が徐々に緊迫の度を増し、やがては最高潮に達するそのとき、高岸・由良之助は真のタイムスリップを遂げるのだ。初めのうち、やや訝しげに眺めていた「刀」に込められた魂を、現代の若者が身体の内側から咀嚼していく。そのプロセスがすなわち、高岸の一つひとつの動きの集積なのである。仇討ちの決意を示す長いソロは神々しいまでに屹立し、素のリーダーシップそのままの彼の由良之助に、見る者は思わずついて行きたくなるのだ。 だがその勇姿は、残念ながら日本ではこれが見納めとなる。バレエファンたる者、ラスト・サムライの輝ける最後の出陣を、両目を見開いてしっかりと見届けねばなるまい。
和モダン香る、新世紀の顔世。 顔世御前:上野水香
顔世御前とは、ある意味、日本の美のシンボルといえる。洗練され、神秘的で雅やか。だが、それにはおよそ不似合いな内面の強靱さ。そのような本質を表わすアプローチは複雑さをきわめている。誇張された身振りとも、大仰な顔つきともいっさい無縁なこの役は、あたかも「表現しないことによって、表現する」とでもいうべき矛盾を孕んでいるからだ。上野はこの難題に真っ向から立ち向かい、輝かしい勝利を収めている。というのも、彼女はベジャールの意図したフォルムにすべてを語らせ、役の心情を余さず伝える金字塔を打ち立てたのであるから。西洋の方法論で日本の魂を表出する、その理想の境地なのである。 上野のそうした至高の造形は、じつは本国に先立って、2008年、バレエ団の第23次海外ツアーにおいて実現されていた。ヨーロッパで大評判をとった後、祖国での初披露は2010年4月に行なわれた。当然ながら一気に日本の観客をも虜にしてしまったのである。 生来の恵まれた条件をフルに活かし、古典はもとよりカンパニーが誇る現代の名だたる振付家たちの名作群をも、ことごとくものにしてきている。彼女の才をここまでに導いた主因は、ベジャール作品を筆頭とする、じつに幅広いバレエ団のレパートリーにほかならない。いまやオールラウンドな表現者として完成されつつある上野のなかで、わけても象徴的な顔世御前。その意味でも、この役に臨む心意気はまた格別なものがあるに相違ない。
12月18日(日)15:00
21世紀の由良之助、堂々凱旋! 由良之助:柄本弾
歴代の由良之助役の系譜において、彼が登場した瞬間は鮮烈だった。新しい時代の新しい息吹へと、この役のサムライ・スピリットが確実に受け継がれつつあるのが実感されたからである。初演このかた、バレエ団の最大の財産の一つといえる本作の主軸を担うのは、真に選ばれし者のみである。柄本の漲るエネルギーは、ステージを切り裂くように縦横に駆け抜ける。いわば若さの本質が舞台いっぱいに躍動していたのだ。筋骨たくましい長身とは対照的な、ほんのりと少年の面影を残す甘いマスク。それはちょうど、「ボルゲーゼのマルス」として知られる古代彫刻の名品を思い起こさせる。ローマ時代に崇められていた雄々しき軍神。柄本は、あたかも美しき戦闘神が舞うように、颯爽と義士たちの先頭に立ち、力強く彼らを率い、目的に向かって微塵の揺らぎもなく突き進んで行ったのだ。 彼はすでに、昨年1月に『ラ・シルフィード』でジェイムズ役を演じ、また本年7月には二階堂と組んで『白鳥の湖』第二幕を学校公演で主演している。古典におけるプリンシパルとして、相手役を輝かせるサポート術、ソロで見せた気品と風格は、これからの躍進を裏付ける何よりの証となった。ことにジークフリート役では、初めてとはとうてい思えぬ頼もしさが全開しており、王子役へのあり余る可能性を示していた。これらの成果を踏まえたうえ、二度目の由良之助の進化ぶりには、いやがうえにも大きな期待がかかる。
注目を集める、19歳の大型新星! 顔世御前:二階堂由依
目を見張るプロポーション、しなやかな四肢、たおやかな風情。折れてしまいそうに繊細な姿態とはまるで裏腹に、二階堂のダンサー精神は驚くほどに強固である。彼女の顔世御前は、すでに昨年4月に輝かしいデビューを飾っており、あまたのバレエファンから注視を浴びる重要なきっかけとなった。このとき、弱冠18歳。堂々たる落ち着きに加え、役に入り込んでゆく余裕からは、およそ想像できなかった若さである。だがそれもそのはず、すでにして大物の片鱗をうかがわせていた資質は、ほどなく劇的に開花している。 それは、去る7月に上演された『白鳥の湖』第二幕の舞台だった。非公開の学校公演であったことがつくづく惜しまれたほど、二階堂のオデットのインパクトは絶大だったのだ。豊かに波打つ腕、上体のしなり、空間を大きく支配する全身。どれをとっても超弩級なのである。すらりと伸びた見事な脚線に目が行きがちになるなかで、見る者の心をもっとも捉えたのは、じつは彼女の「想い」の強さであった。ヒロインの悲痛を訴える想い、王子との出逢いに歓喜する想い、そして寄る辺なくかすかな希望を見出す想い。一音一音に沿ってオデットの切実な希求を伝えようとする、二階堂の瑞々しい表現意欲が、古典の格調を一段も二段も高めていたのである。これはただごとではない。新たなスター誕生の歓びは、このたびの顔世の「想い」の深さによって、確実に客席を沸かせることであろう。
ダンサー紹介:吉田裕(バレエ評論家)
予定される主な配役
12月17日(土)
由良之助/高岸直樹 顔世御前/上野水香 直義/柄本弾 塩冶判官/長瀬直義 高師直/木村和夫 伴内/高橋竜太 勘平/宮本祐宜 おかる/小出領子 力弥/井上良太 定九郎/松下裕次
12月18日(日)
由良之助/柄本弾 顔世御前/二階堂由依 直義/森川茉央 塩冶判官/宮本祐宜 高師直/松下裕次 伴内/氷室友 勘平/長瀬直義 おかる/佐伯知香 力弥/吉田蓮 定九郎/小笠原亮
photo:Kiyonori Hasegawa/Arnold Groeschel