Photo:Steven Haberland
40年余りにわたってハンブルク・バレエ団の芸術監督を務めるジョン・ノイマイヤーは、現代を代表するバレエ振付家である。1960年代末に若くしてその才能を認められ、以来、絶えることなく新作を世に送り出してきた。年齢が70代に差しかかった現在でも毎年のように多幕ものの大作を発表する、その旺盛にして息の長い創作力にはただ驚くばかり。同じく20世紀後半に活躍したモーリス・ベジャール、ローラン・プティらもすでに世を去った今、ノイマイヤーは残された数少ない巨匠のひとりである。
よく言われるように、彼の作品は主に三つのジャンルに分けられる。一つめは、チャイコフスキーの三大バレエを始めとする古典名作の現代的な読み返し。二つめは、マーラーやバッハ、ドヴォルザーク等の名作に振り付けたストーリーのない音楽的な作品。だが彼の名をそれら以上に高めてきたのは、古今の戯曲や小説を原作とした文芸バレエの数々である。女優バレリーナと謳われたマリシア・ハイデが初演し、今も世界中の舞姫たちが踊ることを切望する『椿姫』(1978年)がとりわけ有名だが、今回の来日公演に予定されている『リリオム』『真夏の夜の夢』も、ここに分類される。
ノイマイヤーの物語バレエのいちばんの魅力は、劇としてのスケールの大きさと心理描写の深さとをみごとに融合させているところにある。小説でいうところの「神の視点」というべきだろうか。ときに原作以上に複雑あるいは唐突な設定が、あたかも全てを知る存在が高みから絡まった糸を仕分けていくように、主人公の内面の真実に鮮やかに収斂してゆくのである。自ら綴った虚構の世界に入り込む作家自身の存在、回想や劇中劇といった重層的な仕掛けや、振付家自身が強いこだわりを持つという照明術に導かれるように、登場人物たちは過去と現在、妄想と現実を行き来する。結末に至るまでの道筋は(振り返ればきわめて緻密に計算されたものであることがわかるのだが)、決して単純なものではない。だがそれゆえに、幕が降りた後に残る重量級の感動には独特のものがある。
今回の来日で上演予定の『真夏の夜の夢』(1975年)は、妖精と人間の二役の重ねあわせ、『リリオム』(2014年)は「この世と天国の間にある場所の現出」によってヒロインの心象を描くという、いかにもノイマイヤーらしい作品である。若き日の瑞々しい感性と現在の自在の境地は、続けて上演されることで彼ならではのバレエ世界を、いっそう詳らかに示してくれることだろう。
長野由紀(バレエ評論家)
ハンブルク国立歌劇場
[特別出演]
アリーナ・コジョカル
Alina Cojocaru
Photo:Charlotte McMillan
カロリーナ・アグエロ
Aguero Carolina
カーステン・ユング
Jung Carsten
シルヴィア・アッツォーニ
Azzoni Silvia
エドウィン・レヴァツォフ
Revazov Edvin
エレーヌ・ブシェ
Bouchet Helene
アレクサンドル・リアブコ
Riabko Alexandre
レスリー・ヘイルマン
Heylmann Leslie
ロイド・リギンズ
Riggins Lloyd
アンナ・ラウデール
Laudere Anna
アレクサンドル・トルーシュ
Trusch Alexandr
イヴァン・ウルバン
Urban Ivan
Photos:Holger Badekow