ロビンズの粋、 ノイマイヤーの抒情、
キリアンの造形美、 ベジャールの爆発。

マエストロたちの傑作マスターピースはどれも美しく、音楽的。

Photo: Kiyonori Hasegawa

東京バレエ団が2度目の新国立劇場(中劇場)公演で披露するのは、斎藤友佳理芸術監督が3年前の就任時からその充実を方針の一つとして挙げてきた、20世紀の巨匠たちの傑作選。東京バレエ団の“顔”にもなっているベジャールとノイマイヤーに、近年バレエ団初演をはたして高評を得たロビンズ、キリアン作品を加えた極上のプログラムをお届けします。

まずミュージカル「ウェストサイド物語」でも知られる振付家ジェローム・ロビンズが、ショパンのノクターンを中心にしたピアノ曲を使って創作した「イン・ザ・ナイト」は、夜空のもとで3組のカップルが織りなす恋と人間模様を、粋を極めたセンスと音楽性で描いた作品。ジョン・ノイマイヤー振付の「スプリング・アンド・フォール」は、アントニン・ドヴォルザークの哀調を帯びた流麗な名曲「弦楽セレナーデ」にのせ、7人の女性ダンサーと10人の男性ダンサーが、甘美な抒情やみずみずしい躍動美の世界を繰り広げます。イリ・キリアンの「小さな死」は、モーツァルトのピアノ協奏曲と溶け合いながら、男女の繊細な関係を表現していく珠玉の小品。豊かな身体のボキャブラリーと造形美のマジックには驚くばかりです。そしてモーリス・ベジャール振付の「ボレロ」は、ごぞんじラヴェルの精密極まる音楽にのせて、赤い円台上の孤高の“メロディ”と群舞の“リズム”たちが展開する神聖なダンスの儀式。

「ボレロ」を筆頭に、「イン・ザ・ナイト」「スプリング・アンド・フォール」を上演しているのは、日本では東京バレエ団だけ。自慢の層の厚いソリスト陣が縦横に活躍する、ダンスの醍醐味がぎゅっとつまった公演をお見逃しなく!

3組のカップルが織りなす、
粋を極めたショパンの宵。

「イン・ザ・ナイト」

振付: ジェローム・ロビンズ  音楽: フレデリック・ショパン

「ウェストサイド物語」等のミュージカルでも知られる20世紀の巨匠ジェローム・ロビンズが、ショパンのノクターンを中心としたピアノ曲に振付けた、ロマンティックで詩情漂う名作。豪華な夜会服に身を包んだ3組のカップルが、夜空の下、それぞれの関係性や恋模様を匂わせながら洗練されたダンスを繰り広げる。

生粋のニューヨークっ子であるロビンズの作風は、アメリカ的な明るさをもちつつも、粋のきわみともいえるセンスと音楽性が身上。「20世紀のアメリカの傑作をレパートリーに」という芸術監督の斎藤友佳理の意思のもと、2017年2月に東京バレエ団初のロビンズ作品として初演され好評を博した。


肉体の聖なる儀式、
女性版と男性版で二つの興奮!

「ボレロ」

振付: モーリス・ベジャール  音楽: モーリス・ラヴェル

装飾的な要素をいっさい排除し、赤い円卓の上の“メロディー”と周囲をとりかこむ“リズム”とがラヴェルの音楽を大胆に象徴するこの作品は、その簡潔さゆえに、踊り手によって作品自体が形を変える。あるときは美の女神とその媚態に惑わされる男たちの繰り広げる“欲望の物語”、あるときは異教の神の司る“儀式”……。聖と俗の間を自在に往き来し、踊り手の本質をさらけだすこの作品は、初演以来半世紀の間に、多様な姿を見せてきた。

演出もさまざまであり、初演の際は、“メロディー”の女性を取り巻いて“リズム”の男性たちが配された。やがて男性の“メロディー”と女性の“リズム”、そして“メロディー”“リズム”ともに男性が踊る演出が生まれている。


「このあまりにもよく知られた曲が、いつも新鮮に聞こえるのは、その単純さゆえである。スペインというよりむしろ東洋にその源をもつメロディーは、メロディーそのものの上にさらに渦を巻いてゆく。しなやかで女性的、かつ情熱的なものを象徴する。このメロディーは、必然的に単調なものとなっている。男性的なリズムは、つねに一定のものを保ちつつ、その量と勢いを増すことによって、音の空間をむさぼり、ついにはメロディーをも呑み込んでしまうのである。」


哀調のセレナーデから、
甘美な抒情と躍動美が紡がれる。

「スプリング・アンド・フォール」

振付: ジョン・ノイマイヤー  音楽: アントニン・ドヴォルザーク

ジョン・ノイマイヤーが、アントニン・ドヴォルザークの哀調を帯びた流麗な名曲「弦楽セレナーデ」にのせて創作した作品。7人の女性ダンサーと10人の男性ダンサーによって、甘美な抒情やみずみずしい躍動美の世界が織りなされる。  「スプリング・アンド・フォール」という題名は、もともとイギリスの叙情詩人ジェラード・ホプキンズの詩作から借用された。詩人が言葉の語感やリズムによって文字通り以上の深い世界を表現するように、ノイマイヤーは題名の意味を、ダンスによって多義的でメタフィジカルな世界へと展開している。

舞台で繰り広げられるダンスの、めくるめく躍動の魅惑に身をまかせながら、人はそこに、生の喜びや甘美な感情、哀愁といったさまざまな意味を感じとっていくのだ。


「英語のこの題名には、"春と夏"という季節のほかに、"跳躍と落下"という意味もある。すなわち、モダンダンスのテクニックの原理である。人生の鏡としての季節は必ずしもこの作品のテーマではなく、ダンスそのものが人生の表現、作品のテーマなのだ」 


繊細でドキドキするほど美しい、
身体のマジック。

「小さな死」

振付: イリ・キリアン  音楽: ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト

モーツァルトの没後200年にあたる1991年、ザルツブルク音楽祭のために創作された。モーツァルトが作曲したこのうえなく美しく有名な二つのピアノ協奏曲(第23番、第21番)から、ゆったりとした楽章が選ばれた。キリアンは選曲についてこう語っている。 「熟考の末に選り抜いた音楽で、何かを挑発したり、意味深長な動機を示そうとしたりしているのではない。神聖なるものが存在しない、残酷さや横柄さをいたるところで目にするこの世界で、私たちが生活を営み、仕事をしているということを、私なりのやり方で示そうとした。舞台で用いられる古代の彫像のようなトルソーには、頭部と四肢がない。それらは故意に切り落とされたものだが、けっして彫像本来の美が損なわれることはなく、創造者の力強い才能が保たれている」 舞台には、6人の男性と6人の女性、6本の剣が登場する。剣はダンサーたちのパートナーのように動いたかと思うと、生身のダンサーよりもはるかに気難しく、融通がきかない一面も見せる。剣は、物語のプロットよりも存在感を放つシンボルなのだ。攻撃性、性的能力、エネルギー、沈黙、洗練された無分別、傷つきやすさ。どれもが、この作品で重要な役割を担っている。現代の「Petite Mort」は直訳すれば「小さな死」だが、フランス語とアラビア語ではオルガスムスを示唆する言葉である。


Photos: Kiyonori Hasegawa

※「イン・ザ・ナイト」はピアノ演奏、その他の音楽は特別録音による音源を使用します。