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2020/12/02(水)Vol.411

ウィーン国立歌劇場2021年日本公演
『コジ』と『ばら』の"深い関係"(その2)
2020/12/02(水)
2020年12月02日号
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公演中止のお知らせ

本年10~11月に予定しておりましたウィーン国立歌劇場日本公演は、世界的に長引くコロナ禍の影響を鑑み、ウィーン国立歌劇場と協議を重ねた結果、本年の日本公演を見合わせることになりましたことをここに謹んでお知らせ申し上げます。
詳細はコチラのページでご確認くださいますようお願い申し上げます。

ウィーン国立歌劇場2021年日本公演
『コジ』と『ばら』の"深い関係"(その2)

音楽評論家の堀内修氏による『コジ・ファン・トゥッテ』と『ばらの騎士』の"関係"を紹介する2回目。2つの作品に通じるものを見つめると、そこにあるのが誰にも通じる人生であると感じられることに・・。

ウィーンは振り返る
『コジ・ファン・トゥッテ』と『ばらの騎士』の、二つの三重唱

どうして3人が後ろを振り向いているように思えるのだろう? モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』第1幕で、出征する恋人たちを見送る姉妹と哲学者が「風よおだやかに」と歌う小さな三重唱で、3人は後ろを向いている。たとえ客席に向かって歌っていたとしても。
ヴァトーの「シテール島への巡礼」の絵と重ね合わせた舞台があったけれど、確かに共通している。あの絵にも前を向いた人物が描かれている。それなのに名残り惜しそうに振り返っているように思える。 美しい二重唱や三重唱でいっぱいの『コジ・ファン・トゥッテ』でも、「風よおだやかに」は優美なロココ的情感のある歌として知られている。やはり3人は明日を見てなどいない。
ここで「風よおだやかに」の三重唱が、もうひとつの「ウィーンのオペラ」の三重唱と通じているのに気づかないだろうか。いうまでもなく、リヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』第3幕で、オクタヴィアンが元帥夫人に「マリー・テレーズ!」と歌いかけて始まるあの三重唱だ。
オペラの幕開けで若い愛人との快楽を味わったばかりの元帥夫人は、すでに別れを予感している。この三重唱でオクタヴィアンに呼びかけられた元帥夫人は、舞台での演技はどうあれ、ゆっくりと振り返る。見い出されるのが過去の甘い逢瀬だけとは限らない。ウィーン国立歌劇場の日本公演で、この三重唱が始まった時、ハンカチを強く握り締めた人がいた。多分ひとりじゃない。皆が振り返ったのだ。

『ばらの騎士』より
Photo: WIENER STAATSOPER-Michael Poehn

『コジ・ファン・トゥッテ』が世に出た1790年、優美なウィーンの宮廷文化は終りを迎えようとしていた。
『ばらの騎士』が世に出た1911年、ハプスブルクの帝国と『古き良き時代」は終りに近づいていた。 でもナポレオンがウィーンを占拠するのは『コジ』初演より15年も後になってからで、第一次世界大戦は『ばらの騎士』初演から3年後に始まる。やはり芸術は時代に先行していたのだ。しかし今度のウィーン国立歌劇場日本公演は、大事件の直後あるいは真っ只中に行われることになりそうだ。
今度のウィーン国立歌劇場日本公演で上演されるのが『コジ・ファン・トゥッテ』と『ばらの騎士』だと言うのが、ただの偶然であるはずがない。もしオペラに人の心の痛みを柔らげ、社会の傷を癒す役目があるのだとしたら、ウィーン国立歌劇場にとうとうその崇高な役目をはたす時がきてしまったのだ。
ウィーンの美しい弦の響きが密やかに海を波立たせ、姉妹と老人とが離れる舟に別れを惜しむ時、私たちはきっと振り返る。
ずっと怖れていた事態がついに到来してしまったのを悟った貴婦人が、波立つ心を抑えながら幸福な二人を穏やかに祝福する時、私たちはきっと振り返る。
そして陶酔的な三重唱に身を委ねながら、夕陽に照らされて赤く輝きながら沈んでいく昨日の世界に、別れを告げるだろう。

堀内 修 音楽評論家

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