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2021/01/06(水)Vol.413

勇気と希望の音楽、文化の灯火を保つ
ウィーンの年末年始
2021/01/06(水)
2021年01月06日号
TOPニュース

勇気と希望の音楽、文化の灯火を保つ
ウィーンの年末年始

世界中が「いつもと違う」過ごし方を余儀なくされた年末年始。クラシック音楽ファンにとっては大晦日のジルベスターや年初のニューイヤーのコンサートへの大きな影響を実感することとなりました。なかでも、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートが史上初の「観客無し」の開催となったことは、ニュース報道などでも話題に。
2020年にヨハネス・ブラームス 国際コンクール声楽部門で優勝し、ウィーンを拠点に活躍するソプラノ歌手、森野美咲さんに、ロックダウン下で迎えたウィーンの様子をレポートしていただきました。

静なるジルベスター
「禁止」だったハズ!?

ウィーンのジルベスター(大晦日)と言えば、市庁舎前で温かなプンシュを飲みながら、大騒ぎのカウントダウンが恒例だ。クリスマスマーケットはそのままジルベスターマーケットに姿を変える。どこかの屋上に上がれば、360度街中で上がる花火を眺めることができるだろう。ウィーンに来たばかりの頃は爆竹の音にとても驚いたものだ。しかし今年は異例のロックダウン大晦日。外出禁止、花火禁止である。人々はどのようにジルベスターを楽しむのだろうか。
そもそもウィーンのクリスマスと大晦日は、日本の皆さんのイメージとは少し違うかもしれない。オーストリアではクリスマスは家族で静かに、大晦日は恋人や友達と集まりワイワイ過ごす。だから年に一度の大晦日の大きなパーティーの禁止は、オーストリア国民にとってそれなりにショックだったはずだ。しかし! そこは大らかなオーストリア人。零時前になると「禁止」という言葉の意味はなんだったっけ?と不思議になるほどあちこちで爆竹や花火の音が鳴り響き、年明け後もしばらくその騒ぎは続いた。あいにくこの日は深い霧で辺りはよく見えなかったが、花火の騒ぎはむしろ例年以上だったように感じる。静なるジルベスター、とはいかなかったようだ。

史上初、無観客のニューイヤーコンサートが
与えてくれた勇気と希望

今年の楽友協会でのニューイヤーコンサートは史上初の無観客で行われた。
世界中から拍手が贈れるアイディアも導入したが、指揮をとるリッカルド・ムーティは最後まで無観客演奏に抗議していた。やはり音楽は生演奏のものだ。いくら全世界に生中継しても、そこに聴衆がいるかいないかでは全く違う。特にポルカやマーチ、ワルツは民衆あってこその音楽だ。50人でもいい、究極1人でもいい、目の前のお客さまあっての演奏なのだ。音楽という「瞬間芸術」はどんなに一流の映像機材をもってしても、その場にいなければ本当の意味で「体験」することはできない。

79歳の巨匠リッカルド・ムーティによる、素晴らしいスピーチの一部を紹介したい。

「ウィーン・フィルは今、美しく歴史的なこの場所で、ブラームス 、ブルックナー、マーラーや名だたる演奏家達の魂に包まれている。
音楽家は武器を持っている。それは人を殺めるものではなく、心に花を咲かせる武器だ。
音楽は私たちに喜び、希望、平和、平等、そして愛をもたらしてくれる。
音楽というものはただのエンターテインメントではない。
音楽、そして音楽家には使命がある。社会をより良くするという使命だ。
世界中の人が健康について考えを巡らせた一年だと思うが、音楽は心の健康を助けてくれる。
文化というものは未来を良くする為に欠かせない要素の一つなのだ。」

ムーティの言葉と音楽は、私たちに勇気と希望を与えてくれた。制限される街で花火が上がり続けるように、文化の灯火も消えることはない。これからどんな時代が来ようとも、私たちは表現し続けるし、どんな場所であっても歌い続けるだろう。今後オンラインコンテンツは更に増えるだろうが、時間と心が許す限りぜひ客席にも足を運んで欲しい。そこにはその場でしか共有できない、かけがえのない芸術が生まれる瞬間があるはずだから。私たちがまたお客さまの前に立てるようになった時、そこで生まれる芸術はこれまでの何倍もの意味を持って、聴衆の心に届くのかもしれない。

ささやかな楽しみ "Bleigießen"(ブライギーセン)


オーストリアの新年のささやかな楽しみに、ブライギーセン(訳:鉛注ぎ)がある。
新年を占うおみくじのようなもので、新年の幸運の象徴(豚、蹄鉄、キノコなど)の中から好きな鉛形を選ぶ。スプーンの上で熱し、鉛を溶かして一気に水の中に注ぎ落とし、できた形や影で一年を占う。ブライギーセンはスーパーマーケットや雑貨店等で3ユーロ程で購入できる。

幸運の象徴とされる鉛形。溶かすのがもったいない可愛らしさ?(写真提供:森野美咲)

森野美咲(在ウィーン・ソプラノ歌手)

◾️ウィーン国立歌劇場の劇場正面には、「2021年は良くなるだけです! 明けましておめでとうございます」のネオンが灯った。公式Instagramから動画でご覧いただけます。
https://www.instagram.com/p/CJd7hVvHHDk/?utm_source=ig_web_copy_link