"パリ・オペラ座の放蕩児""ニジンスキーの再来"と称され、世界を舞台に八面六臂の活躍を繰り広げてきた人気スター、パトリック・デュポンが３月５日に急逝した。享年61。
1978年にパリ・オペラ座バレエ団と初来日してから、1999年に最後の日本公演を行うまで、ほぼ毎年のように来演。『ドン・キホーテ』を踊ってはあり余るエネルギーを炸裂させ、ベジャールの『サロメ』では、両性具有、変幻自在の魅力で会場を興奮の渦に巻き込むなど、1980年代から90年代の全盛期にデュポン旋風をもたらした。

1975年、16歳でパリ・オペラ座バレエ団に入団。翌年、ヴァルナ国際バレエコンクールで金賞と特別賞を獲得。1979年にノイマイヤーの『ヴァスラフ』で成功を収めたのを機に、1980年、21歳でエトワールに昇進。1983年には、東京バレエ団にベジャールの『ボレロ』で客演。1987年にナンシー・バレエ団の芸術監督に転身するが、まもなくオペラ座に戻り、1990年から５年間、芸術監督を務めた。
日本での人気が白熱するのは、1985年の第４回世界バレエフェスティバルの頃ではなかろうか。Aプロの最後を飾った『ドン・キホーテ』が素晴らしく、超絶技巧も何のその、パートナーのモニク・ルディエールとの丁々発止の掛け合いも小粋で、観客を楽しませる徹底したエンターテイナーぶりに感嘆させられた。

1988年世界バレエフェスティバル全幕特別プロ『白鳥の湖』の道化を演じるデュポンと、アニー・マイエ。
Photo: Kiyonori Hasegawa

その翌年は、春のオペラ座との来日に続いて、夏にも、バレエ団の精鋭たちを伴って〈デュポンと輝ける仲間たち〉で再来。ルディエールやギエムと定評ある『ドン・キホーテ』や『海賊』を踊ったほか、春に好評を博した『サロメ』もパワーアップ。シャンソンや「コーラスライン」にまで挑戦し、千秋楽の余興では、ジゼルに扮して笑いをさらうなど、多芸ぶりに驚くばかりであった。

1991年世界バレエフェスティバルのガラ公演より。マリー＝クロード・ピエトラガラとの「イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド」
Photo: Kiyonori Hasegawa

ヌレエフの後任として、オペラ座の芸術監督に就任してからは、メディアに頻繁に登場し、「デュポンのオペラ座」をアピール。舞台はと言えば、『ジゼル』や『ロミオとジュリエット』などの全幕ものから『牧神の午後』といったニジンスキーに因んだ歴史的名作、ベジャールの『第九交響曲』や『エチュード』に至るまで、どんな舞台でも、観客の目を釘付けにするオーラは圧倒的だった。
バレエ団を率いては２度来日。1992年の〈ディアギレフ・プロ〉に続き、1995年には、『ドン・キホーテ』全幕で、デュポンを筆頭にエトワールたちの日替わり競演を実現させ話題を賑わせる。
しかし、何と公演初日に、芸術監督辞任の発表。その後は、オペラ座との契約を打ち切られ、事故やトラブルに巻き込まれるなど、過去の栄光とは裏腹に苦難の年月が続く。2004年に恩師クロード・ベッシーの引退ガラ公演でオペラ座に復帰、『サロメ』を踊って大喝采を浴びる。その後は、表舞台から遠ざかり、不遇な運命にはニジンスキーと重なり合うものを感じざるを得ない。
2010年、公私のパートナーであるレイラ・ダ・ロシャと『Fusion』を上演、2017年、ボルドーにホワイト・イーグル・ダンス・アカデミーを設立し、後進の指導に当たっていた。
デュポンの天衣無縫の踊りを振り返ると、彼は本当の星になって天で光り輝いているのではないかと思う。どれほど麗しい希望や光を与えてくれたことか。心より感謝しつつ、冥福を祈りたい。

渡辺真弓（週刊オン・ステージ新聞編集長）