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Photo: Shoko Matsuhashi

2021/05/19(水)Vol.422

東京バレエ団『カルメン』
斎藤友佳理芸術監督インタビュー
2021/05/19(水)
2021年05月19日号
バレエ
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東京バレエ団

Photo: Shoko Matsuhashi

東京バレエ団『カルメン』
斎藤友佳理芸術監督インタビュー

緊急事態宣言による東京文化会館の臨時休館により、〈上野の森バレエホリデイ2021〉での東京バレエ団公演が6月に延期となった『カルメン』。この間もたゆまず磨きをかけるダンサーたちの指導にあたる斎藤芸術監督に、この作品の根底にある魅力をうかがいました。

「アロンソ版は「生と死」に焦点を当てている点が特徴的
思いのままに生き、自由を失うくらいなら死んだほうがまし、というのがカルメン」

――東京バレエ団がアルベルト・アロンソ振付の『カルメン』を初めて上演したのは1972年。古くから親しまれている作品の一つですが、斎藤芸術監督にとっても大切なレパートリーの一つなのではないでしょうか。

斎藤友佳理:初めて踊ったのは1999年ですが、その前年、アレッサンドラ・フェリとマキシミリアーノ・グエラを迎えて24年振りの復活上演を行った際に、アロンソさんとその奥さまのソニアさんに直接習う機会を得ました。アロンソさんがミラノに出向き、時間をかけてフェリを指導すると聞いたので、それならば私たちも教わりたいと申し出たのです。私はモスクワから、ホセ役の首藤康之くんは海外公演で行っていたブラジルから、ミラノに向かったのを覚えています。

カルメンを踊る斎藤友佳理(1999年公演より)
Photo: Kiyonori Hasegawa

――素晴らしいチャンスでしたね。

斎藤:連日、それこそ1日中教えていただきました。アロンソさんはロシア語が堪能な方でしたから、ロシア語でコミュニケーションできたことが大きな助けとなりました。アロンソ版のカルメン役といえば、モスクワでよく観ていたマイヤ・プリセツカヤのイメージが強かったのですが、実はプリセツカヤという大スターは完全に別格。それは彼女でしか表現できない独自のカルメンで、アロンソさんのカルメン像そのものを最初に体現したダンサーはアリシア・アロンソ*だったそうです。(*アリシア・アロンソは振付家と同郷キューバ出身の名プリマ。1972年の東京バレエ団初演の際にタイトル・ロールを踊った)

――このバレエのカルメンとは、どんな女性なのでしょう。

斎藤:ローラン・プティにもマッツ・エックにも、メリメの原作に基づいたバレエ『カルメン』があるけれど、アロンソ版は「生と死」に焦点を当てている点が特徴的かと思います。アロンソ版の『カルメン』の舞台は闘牛場です。そこで闘う闘牛士の生き方は、常に「生きるか死ぬか」だけれど、カルメンの生き方はまさに闘牛士そのもの。思いのままに生き、自由を失うくらいなら死んだほうがまし。男性たちは皆、ひと目で彼女のその内に秘められた、燃えたぎるような強さ、その生命力の虜となってしまう。登場時に彼女が見せる腰に手を当てた独特のポーズがありますが、これが1ミリでも崩れると、その品性、プライドの高さが見えなくなり、全く違うカルメンになってしまうと教えられました。表面的な、安っぽい色気で男性を誘うようなことは決してしない。自分のカルメンはこうなんだ!と、アロンソさんは、ご自身でやって見せながら繰り返し言われました。

Photo: Shoko Matsuhashi

――1999年上演ののち、東京バレエ団では第1場の"喧嘩"のシーンなどを省略したハイライト版を上演してきたそうですが、実はこの省略された場面も、物語の展開上きわめて重要だそうですね。

斎藤:彼女は誰よりも自分に正直で、何よりも秩序を嫌う。だからとても扱いにくい。第1場では、仲間たちと衝突するカルメン、それから、皆が彼女に仮面を付けさせようとする場面も描かれます。仮面とはつまり、彼女が嫌う秩序のこと。が、彼女はそんなものを被るくらいなら死んだほうがまし、と断固拒否するのです。

Photo: Shoko Matsuhashi

――カルメンには3人の男性が関わりますが、それぞれ、どんな人物として描かれるのでしょう。

斎藤:大暴れして連行されそうになったカルメンが、それを免れるために誘惑したのがホセ。このホセという人物のキャラクターをより明確にする役割を果たすのが、彼の上官のツニガです。ツニガは、法と秩序に身を捧げている人で、たとえるなら『レ・ミゼラブル』のジャベール警部! 部下のホセはいつも彼の顔色をうかがい、その命令に従う、カルメンとは正反対の人間です。いっぽう、闘牛士・エスカミリオはカルメンと全くの同類。同じ生き方をする彼に、衝突しながらもカルメンは強く惹かれるのです。
第2場では、カルメンがそんな3人の男性との関係を俯瞰し、考えをめぐらせる場面があります。"四角関係"と呼んでいるシーンですが、その時、彼女が見たのは「カルメンを愛している」と言ってツニガに反抗するホセ。任務より自身の思いを優先させ、上司に反抗的な振る舞いをする彼の姿にカルメンの心は揺さぶられるのです。ここで二人が踊るのが、「愛のアダージオ」と呼ばれる、リフトを多用した見応えあるパ・ド・ドゥです。

Photo: Shoko Matsuhashi

――アロンソ版ならではの役柄、運命(牛)はどんなキャラクターですか。

斎藤:カルメンの人生を左右する、まさに運命です。が、占いで「ホセに殺される」と出てもカルメンは生き方を変え、運命を修正しようとは思わない。最終場では、闘牛士エスカミリオと牛=運命の闘いに、カルメンとホセの"闘い"が重ねあわせられ、ホセに殺されるとわかっていても挑んでいくカルメンの姿が表現される。なんと偉大な発想か!と思います。

――いま観ても斬新で強烈な印象を放つ作品です。

斎藤:初演された当時の状況を考えると、きわめて革命的な作品だったと思います。社会と秩序、生と死、さらには自由でありたいという、人間が常に追い求めてきた思いが表現されているだけに、このバレエは時代遅れになることなく、多くの人々に愛されてきたのだと思います。また、キューバ出身のアロンソさんならではの独特のニュアンスが、腰の使い方や脚の運びなどに取り入れられていることも、大きな魅力につながっています。
現役時代の私は、シルフィードやジゼルなどの役柄を得意としていた印象があったかもしれませんが、実際に踊ってみたら、実はカルメンがいちばん性に合っているのではと思ったほどなんです(笑)
今回は、初演時からアロンソさんの指導を受け、長くエスカミリオを演じた高岸直樹さん、ツニガを演じた後藤晴雄さん、その後の上演で運命(牛)役を好演している奈良春夏さん──先日バレエ団を退団したばかりですが、この3人に指導補佐に入ってもらい、アロンソさんから習ったことを、若い人たちにしっかりと伝えるべく、リハーサルを重ねています。

インタビュー・文 加藤智子 フリーライター

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東京バレエ団
「カルメン」
「スプリング・アンド・フォール」

公演日

6月18日(金)19:00

会場:東京文化会館

予定される配役

「カルメン」
カルメン:上野 水香
ホセ:柄本 弾 ほか

「スプリング・アンド・フォール」
沖 香菜子、秋元 康臣 ほか

指揮:井田 勝大
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

入場料[税込]

S=¥13,000 A=¥11,000 B=¥9,000
C=¥7,000 D=¥5,000 E=¥3,000
※バレエホリデイ特別ペア割引あり(S、A、B席)
※バレエホリデイ体験シートあり(S、A席)