ロマン派の詩人バイロンの詩劇をもとに、波乱万丈の物語が華麗な踊りの数々で綴られてゆくバレエ『海賊』。異国情緒あふれるバザールやパシャの宮殿、海賊たちと奴隷商人の鍔迫り合いや裏切りの応酬、海賊の首領と美女の愛の物語など、盛りだくさんの見どころが詰まった作品は、今や世界でも人気の演目になっている。多くの振付家が独自の解釈や振付・演出を盛り込んだ版を発表しているが、忘れてならないのが1997年に発表されたアンナ=マリー・ホームズ版だ。ロシア・バレエの香りを濃厚に感じさせるボリューム感たっぷりの舞踊場面や、登場人物たちが見せる表情豊かな演技は、現代における古典バレエ上演の王道とも言えるもの。ロシア以外では長く幻となっていた『海賊』全幕上演の封印を解くきっかけになった作品としても知られる。
2019年東京バレエ団初演より Photos: Kiyonori Hasegawa
東京バレエ団がホームズ本人を指導に招いて本作の初演を行ったのは、2019年の春のことだ。幕が上がった瞬間、風を受けて進む海賊船の勇壮なありさまに目を奪われる。奴隷市場で売られようとしていた美しい娘メドーラと海賊の首領コンラッドの恋を軸に、奔放な海賊たちと、この地を支配するパシャ、各国から捉えてきた女たちを売りさばいて富を得ようとする奴隷商人の思惑が、ぶつかり合って火花を散らす。きらびやかなパシャの宮殿で、海賊の隠れ棲む洞窟で、美麗な衣裳に身を包んだ主役たちや群舞による踊りが、次々に繰り広げられる。
上野水香と柄本弾、沖香菜子と秋元康臣ら、初演のメイン・キャストたちが、情熱的な登場人物の性格を自らの身体にしっかりと取り込み、眩しいほど生き生きした踊りを見せていたのは、まだ記憶に新しい。脇役たちのキャラクターが、振付やマイムで細やかに描写されているのも、ホームズ版の大きな魅力だろう。強く華やかなメドーラに対し、月のようにほんのりと輝くギュルナーラ。コンラッドの窮地をたびたび救うアリの、哀愁さえ感じさせる忠実さ。冒険譚に裏切りのスパイスを加えるランケデムやビルバント。とりわけアリとランケデムの踊りは、その役を射止めた男性ダンサーにとって実力の見せどころだ。初演ではテクニックに定評のある宮川新大や池本祥真らが交互に役を務め、素晴らしい跳躍や回転を披露して、観客を大いに喜ばせた。
洞窟での勇ましい海賊たちの踊りや、パシャの宮殿で女性たちが咲き誇る花のように舞う群舞が、いかにも古典らしい豊かな厚みを感じさせたのも心に残る。アメリカン・バレエ・シアターをはじめ、世界の数々のバレエ団にあてて指導をしてきたホームズは、東京バレエ団のためにも新たな工夫を行ったと聞く。ダンサーたちが真摯にそれに応えることで、この『海賊』の最大限の魅力が引き出されたのは間違いないだろう。
2019年東京バレエ団初演より Photos: Kiyonori Hasegawa
21世紀の今『海賊』を上演するにあたり、現代的な解釈やユニークな振付構成を採るバレエ団が多い中、入り組んだバザールの迷路のようでもある物語やプティパ/セルゲイエフの振付を尊重するホームズ版は、スピーディでありながらオーソドックスな重厚感を失わない。それはロシアのバレエを熟知する芸術監督斎藤友佳理が率いる現在の東京バレエ団に、しっくりと馴染む。今回の再演では、メドーラ役の秋山瑛、コンラッド役の宮川新大、アリ役の生方隆之介はじめ、初役のダンサーが目白押しだ。嵐の海のように先の見えない時代に、爽快な風を吹かせてほしい。
新藤弘子(舞踊評論家)
9月23日(木・祝)14:00
9月24日(金)19:00
9月25日(土)14:00
会場:東京文化会館
メドーラ:
沖 香菜子(9/23)、上野 水香(9/24)、秋山 瑛(9/25)
コンラッド:
秋元 康臣(9/23)、柄本 弾(9/24)、宮川 新大(9/25)
アリ:
池本 祥真(9/23)、宮川 新大(9/24)、生方 隆之介(9/25)
ギュルナーラ:
伝田 陽美(9/23)、三雲 友里加(9/24)、中川 美雪(9/25)
指揮:冨田 実里
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
S=¥13,000 A=¥11,000 B=¥9,000
C=¥7,000 D=¥5,000 E=¥3,000
U25シート=¥1,500
*ペア割引あり[S,A,B席]
*親子割引あり[S,A,B席]